12 / 32

第12話

◇  ◇  ◇  麗らかな春光の差し込む昼下がり。学食の隅に腰掛けた利央は、ぽけーと口を半開きにして、空を見上げていた。  目で追う先は、二羽のアゲハ蝶。仲睦まじく浮遊する姿はなんとも風情があり、疲れ果てた心を癒してくれる。 「……珍しい、利央が暇してるなんて」 「洋介?」 「考え事?」 「いや、むしろ脳を休息させてるところ」 「あははっ、なんだそれ。仕事でなんかあった?」  カタンッと前の席を引き、腰を下ろした洋介は、興味深げに頬杖を突いた。  どこまで話していいのやらと口籠る利央の頬を突き、それとなく先を促す。普段は小言が多いくせに、案外、聞き上手なところもあるものだから憎めない。  利央は首に掛けていたヘッドホンを取り、テーブルの端へ放った。 「……お前はさ、自分の知り合いが、不当な扱いされてたらどう思う?」 「たとえば?」 「金持ちに飼われて、デスゲームやらされてんの」 「へえ、やっぱ激しめプレイ希望の客だったか」 「もういいっ、お前とは話さない!」 「待て待て待てって! ……はあ、冗談が通じないなあ」  席を立とうとする姿を引き留め、洋介はやれやれと首を振る。まるで被害者気取りだが、冗談を言うにしても、時と場を弁えるべきだ。  じとっと鋭い眼光で睨め上げたところで、相手は動じない。むしろニタリっと、頬を緩ませて額を小突いてきた。 「必死じゃん、これ好きな子の話?」 「なんで?」 「わかるよ、恋してる顔だから」 「はあ〜もうどうでもいいから、早く応えて〜」 「あははっ、まあそりゃ解放してやりたいって思うけどさあ……要は、本人がそれを望んでるかってとこだよな」 「どういう意味?」  話の流れから、また茶化されるのかと思いきや。返された声は、意外にも真剣なものだった。顔を上げれば濃いブラウンの瞳と重なり、瞳孔が僅かに拡張する。利央は引き込まれるように声をなくし、薄い唇が紡ぐ先を待った。 「利央さ、パイク・シンドロームって聞いたことある?」 「なにそれ?」 「水槽に入った肉食魚が、ガラス板で仕切られた先の小魚を襲うために、何度も板に打つかるんだ。けど当然、板は割れないで、代わりに自分の身体が傷付く。そのうち肉食魚は襲うのを止めて、ガラス板を外しても、目前の小魚を襲わなくなるっていう実験」 「その魚、最後はどうなったの?」 「餓死したよ。目前のご馳走に、手を出さないままな」  手に持っていたスマホを開き、すすすっとタイムラインを遡る。そうしてお目当ての記事を見つけると、洋介はチャットアプリでリンクを共有した。 「人は過去の経験から学習する。そのペットさんも、過去に何度も壁にぶち当たって、なにも変わらないって、学習しちゃったんじゃないかな? ……もしそうなら、いくらこちらが手を差し伸べたって、相手はその手を掴まない」 「そんな……っ! じゃあ、どうすればいいんだ!?」 「人の潜在意識を変えるのは容易じゃない。それだけの衝撃と痛みが伴う」  カタッとスマホを横へ置くと、舞い込んだ風に促されるように目元が細められる。鮮やかな花々を映し出すはずの瞳は、いつの景色を追っていたのだろう。降り落ちる白の幻影が虹彩を掠め、名残惜しげに色を落とした。 「お前がそいつの『痛み』になってやれるなら、とことん付き合えよ……どの道を選んだって、結局辿り着く先は地獄だ」  消え入りそうな声でそう零すと、洋介は席を立ち、今度は利央の横へと移動する。グイグイッと肘で押してスペースを確保し、なにをするのかと覚えば。高性能プロセッサー搭載の、どデカいラップトップを開き始めた。 「学祭のポスター作ったんだ。見る?」 「まだ早くない?」 「デザイン案レベルだからいいんだよ」 「じゃあ見るけど……って、お前さあ。これはないだろ?」 「え? なに?」 「誤字が酷い。仮にもグラフィックデザイナーなら、もっと隅まで気を配れって」 「どこ?」 「ここ、『さ』と『ち』が逆。本来なら、『AIロボットと仲良くおさんぽ』、だよな? なんか、際どいエロ動画のタイトルみたいになっちゃってる」 「AIロボットと仲良くおち――……あら~やだぁっ♡」 「いや、『あら〜♡』じゃなくてさ……」  このまま大判サイズのポスターを印刷すれば、大学の沽券に関わる大問題だ。即修正、Ctrl+Sを連打し、利央はついでに不注意な友人の後頭部を叩いた。

ともだちにシェアしよう!