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第14話

「あれ。ユノ、このパイは?」 「あ……テラさんが、リザベルさんと一緒にどうぞ、って……」 「わぁ、嬉しいな。有り難く頂こうか!」 起きられたのは二時間後だった。 体を綺麗にする為二人でシャワーを浴び、やっとの思いで部屋に戻る。リザベルさんはテラさんが持たせてくれたパイをオープンで温め直し、嬉しそうにコーヒーを淹れた。 何で起き抜けからあんなにシて、元気なんだ。 控えめに言って化け物だと思う。全力で引いてると、彼は俺に手招きした。 「今度御礼を言いに行かないとね。ほら、ユノも一緒に食べよう」 「え、えぇ」 拒否するのもそれはそれでしんどいので、同じテーブルについて朝食を食べた。 「ウォンさんとテラさん、すごく優しくて、温かくて。あれが家族なんだな、って思いました」 パイを食べながら、思わずぽつりと零した。 「良いなぁ……」 あれが理想の家族の形だ。 夫婦は一般的に血が繋がっていない。ウォンさんとテラさんは遠縁だから別としても、他人同士であれだけ温かい空間を作り出せるのは奇跡だと思った。 あれこそ祝うべきものだ。幸福だから二人でいると言うより、二人が幸福を生み出している。 リザベルさんは手を拭き、行儀悪く頬杖をついた。 「あの二人は去年結婚したんだ。私が取り持ったんだけど、本当に嬉しかったよ」 「そうなんですか」 「うん。やっぱり私の方が幸せのお裾分けをしてもらったみたい」 彼は目を眇め、俺を見つめた。 その視線は熱くて、何だか見返すことができなかった。 「さて! ユノ、これから一緒に来てくれるかな?」 「どこにです?」 「昨日言ってた、私の仕事場。君は見てるだけでいいから」 リザベルさんは手早く食器を片付け、俺の手を取った。 「私の妻を知ってもらう必要があるからね」 一日、二日、三日……。 忙しい日々が始まった。とは言え、自分自身は何もしてない。ただリザベルさんと一緒に行動しただけだ。 彼は公務に近いことから個人の依頼まで受ける。さまざまな願いの祈祷を行い、人々に安らぎと幸福をもたらす。 長い目で見ないと効果なんて分からないんだろうけど、皆リザベルさんに会うとホッとしてる。それだけで意味はあるのかも、と思った。 結局は気持ち次第だ。気の持ちようで何とでもなる。 リザベルさんはこの国に……いや、この世界で必要とされる存在なんだ。 「あら、リザベル様。こちらの美しい方は?」 ある日の出張で、若い夫婦の元へ訪れていた。奥さんは妊娠していて、安産祈願の為にリザベルさんを呼んでいた。 俺は何も考えずに周りを見回したが、どうやら彼女が指していたのが自分と知り、思わず赤くなった。 「あぁ、紹介が遅れてすみません。私の婚約者のユノです」 「まぁ! 初めまして、ユノ様。とても綺麗な方で、驚いてしまいました」 「い、いえ。ありがとうございます……?」 お礼を言うのも微妙な気がしたけど、とりあえず頭を下げる。 初対面の人の前で婚約者じゃないと否定するわけにもいかず、仕事が終わるまでは大人しくしていた。 リザベルさんは行く場所行く場所で俺を未来の妻と言いふらしてるようで……いよいよ、言い逃れできる立場じゃなくなってきた。 「外堀を埋めるって感じですね」 城へ戻ってから、大きなため息をついた。 「まだご両親にも挨拶してないのに、周りに言いふらしていいんですか?」 「周りに認知させておけば、向こうから会いにくる。良い考えだろう?」 どうだろう。下手したら怒りを買うことになりそうだ。 額を押さえていると、リザベルさんは俺の隣にやってきて、嬉しそうに口端を上げた。 「それはそうとユノ、両親に挨拶することを考えてくれてたの?」 「な! ち、違います!」 あらぬ誤解をされ、慌てて否定する。まるで俺が次のステップを待ってるように解釈されたらたまらない。 なのに……ふわふわした今の生活に、漠然とした不安を感じてる自分もいる。 どこかむず痒いこの感情に名前はあるのか。もやもやして、だけど熱を持っている。部屋に入った後、しつこく訪ねてくるリザベルに背を向けた。 「皆が俺を面白そうに見てくるんですよ」 「私の婚約者だからと言うより、君が美人だからだよ。さっき会った奥様も言ってただろう?」 「俺は貴方みたいに自己肯定感高くありません。あれはお世辞です」 はっきり言ってやると、突然引き寄せられ、ベッドに押し倒された。 もう、またこれだ。何かあったら抱けばいいと思って。 今日は何があっても抵抗しようと思ってると、リザベルが大人しいことに気が付いた。 あれ。襲ってこない? 不思議に思って見ると、彼の顔は赤かった。息も少し上がっている。 「リザベルさん? 貴方、熱があるんじゃ」 まさかと思って額に手を当てると、やはりとても熱かった。 この欲求不満と罵ることはできない。急いで立ち上がり、冷たいタオルを彼の額に乗せた。 まずい。ええと、こういう時どうしたらいいんだっけ。 そうだ、熱計らないと! 「リザベルさん、体温計はどこに?」 「……」 問いかけても答えない。これは急を要する事態だ。 何とかしなきゃ。彼になにかあったら、俺は……っ。 「ち、ちょっと寝ててくださいね。すぐ人を呼んできますから!」 急いで部屋を出て、全速力で走る。 こんなに走ったの初めてだ。息切れしながら冷静に考えていると、ちょうどラルドさんを見つけた。 「ユノ様、元気なのは何よりですが城の中で走るのは……」 「すみません。でも、リザベルさんが大変なんです。熱を出して、苦しそうで……」 「熱?」 こちらの必死さが伝わり、ラルドさんはすぐに医師を呼んでくれた。 リザベルさんのことが心配で、生きた心地がしなかったけど……先生がすぐに来てくれたおかげで、早い処置をしてもらえた。 「力の使い過ぎでしょう。過労ですから、しばらく祝術を使うのは控えた方がいい」 「そうですか……ありがとうございます」 ラルドさんと一緒にお礼を言い、ベッドで眠るリザベルさんを見守る。点滴も打ってもらって、後は特別することはないと言われた。 解熱剤だけ貰い、タオルを取り替える。ウォンさんやテラさんもお見舞いに来てくれて心強かったけど、夜が深まると困ったように俺に言った。 「ユノも眠らないと。今日は見守りしてくれる人を呼ぶから」 「いえ、大丈夫です。……俺が見ますので」 最後まで心配そうな彼らに、笑って答えた。 好意に甘えた方が安心したと思うけど、これは自分への戒めでもある。 この数日、彼の一番近くにいたのは自分だ。なのに彼の変化に気付けなかった。 その歯痒さが、今の自分を奮い立たせているように思える。 「……分かった。でも無理しないで。なにかあったらすぐに俺達に連絡するんだよ」 「ありがとうございます。おやすみなさい」 ウォンさん達とラルドさんに御礼を言い、リザベルさんの傍に椅子を置いて座った。 いつもなら楽しく寝顔を眺めるけど、今は辛そうな彼を見てる。それがまた辛い。 「ごめんなさい……」 俺はやっぱり無力で、何にもできない。 懺悔してもしきれない……彼の手を握り、何度も謝った。 神様がいるなら、俺の生命力を少しでも彼に分けてほしい。力を使うことで彼が命を削らないといけないなら、俺の命を捧げる。 また目を覚まして、笑ってほしい。 変なこともしてくるけど、「大丈夫」って頭を撫でて。 強く強く願って、気付けば深い闇の中に落ちていた。 ────ひとりの夜は悪いことばかり考える。 この広い世界で独りきり。自分以外に話せる者はいなくて、明かりもない。 ただただ深淵を見つめている。 昔は少し先に父の背中も見えた気がするけど、今は誰もいない。 初めて呪術に挑戦した日は、初めて呪術に失敗した日。 そして、一族から見放された日でもある。 あの時の痛みがずっと心臓を刺してるんだ。失敗が怖い。呆れられるのが怖い。 そのプレッシャーで尚さら上手くいかない……俺は、いつしか自分を呪った。 本当は他人に呪いをかけないといけないのに。 ( いや。……違う ) やっぱりこれで良かったんだ。誰かを不幸になんてしたくない。 父や皆の期待に応えられなくても……もう気負わなくていい。 これからは“俺”を見てくれる人と共に生きるんだ。 「……ユノ」 温かい。 さっきまでは震えるほど寒かったのに。……それに、明るい。 照らされている。 ゆっくり瞼を開けると、目の前には心配そうに俺を見下ろすリザベルさんがいた。 「良かった、起きた……大丈夫? どうして床で寝てるんだい?」 「……」 どうやら寝落ちして、椅子から転げ落ちていたみたいだ。それでも起きなかったってやばいな……。 寝ぼけ眼のまま起き上がる。じっと見つめると、リザベルさんの頬はもう赤くなかった。 熱が下がったんだろう。ホッとして、脱力してしまった。 「ユノ? 私、昨日の記憶が少し朧げなんだけど……」 「体調を崩されてたんですよ。お医者さんが言うには、過労のようです」 立ち上がってタオルを取り替える。体温計を差し出すと、彼はまばたきを繰り返した。 「本当に? 辛かった記憶もないな……」 あれほど苦しそうに息していたのに、驚きだ。でもそれはそれで良いか、と思った。 辛い記憶なんて必要ない。彼の傍に腰を下ろし、窓を見る。 夜明け前の空は薄青に染まり、優しい色合いをしていた。 「リザベルさんになにかあったら、ここで暮らしてる皆さんが悲しみますよ。お仕事は大事ですけど、お体も大事にしてください」 あくまでウェスタンド家の人達のことを考えて、静かに告げる。波紋のない心で振り向くと、彼はわずかに目を見開いた。 俺の目元に触れ、怪訝そうに首を傾げる。 「ユノ。……泣いてた?」 「はいっ?」 そんなわけない。驚いて言い返そうとしたが、頬が少しぬれてることに気付き、言葉を失った。 本当だ。……泣いてる。 頬に触れた指先は、ぬれて光っていた。慌てて袖でぬぐおうとしたが、腕を掴まれてしまう。 「強く擦ったら腫れちゃうよ」 「……大丈夫です」 「私が大丈夫じゃない。……君の体と、心が傷つくのは」 優しく抱き寄せられる。 違う、と言いたかった。昨夜は確かに不安だったけど、彼が目覚めてホッとしたんだ。 嬉しかった。 「……」 嬉しくて泣いたのか? 初めての感情に戸惑い、目を泳がす。リザベルさんになにかツッコまれそうな気がしたけど、存外彼は黙っていた。 「まったく……」 俺が本当に混乱している時は、何も言わずに背中を撫でてくれる。 「それはこっちの台詞です。貴方になにかあったら……」 気付けば、強がることも忘れていた。 「ウェスタンド家の人達だけじゃない。……俺も、悲しいです」 膝に雫が落ちる。 それを見ながら、彼の吐息を感じていた。 温かくて、眩しい。夜でも陽だまりのような場所。 ずっとここにいたい。失いたくない。 そう強く願ったとき、俺は彼が好きなんだと気付いた。 ◇ 「リザベル様! 体調が戻られたようで良かった……!」 「心配かけてすまない、ラルド」 翌日。 一日大事をとって静養したリザベルは、仕事の為に城の大広間へ向かった。いつものようにラルドはそつなくスケジュールを読み上げ、それから不思議そうに尋ねる。 「ところで、ユノ様は? 今日は一緒ではないんですか」 「あぁ、部屋で休ませてる。つきっきりで私の看病をしていたから疲れたようなんだ」 「そうでしたか。確かに、リザベル様が倒れたときのユノ様はとても辛そうでした。本当に、貴方のことを信頼されてる」 飲み物を用意し、ラルドはリザベルに手渡した。 どこか懐かしそうに零し、目を細める。 「正直に申し上げますと、初めて会った時のユノ様は機械的な印象がありました。人形のような美しさのせいか、冷たい空気を纏われていて」 リザベルはラルドを横目に、ゆっくり紅茶を飲む。 彼の気持ちも分かるので、静かに続きを待った。 「でも健気に貴方を看病する姿を見て、安心したんです。そしてそこまで想われてる貴方が羨ましいとすら感じた」 「改めて説明されると照れくさいな」 リザベルは脚を組み、瞼を伏せる。 「ユノがそこまで心配してくれてたなんて、不謹慎だけど嬉しいよ」 「不謹慎ですね。なのでご無理はなさらず。体調管理は社会人の基本中の基本ですよ」 「はい」 隙あらば説教してくる秘書に謝罪し、今日行う祝術を頭の中でシミュレーションする。最中、リザベルはふとあることを思い出した。 「そういえば。眠ってるとき、妙な力を感じたんだ。意識があるけど、夢を見てるみたいで……現実との境界線がなくなってるような」 「はい?」 説明がめちゃくちゃなせいで、ラルドは怪訝そうに返した。しかしリザベル自身理解してない為、難儀する。 「意識はある。でも倒れたことは分かってなくて、自分が眠ってるとも思ってない。……ただ、すぐ傍で優しく揺さぶってくる存在がいた」 その感覚は初めてではない。二度目だ。 一番初めに感じたのは、アリヴァー家の屋敷。昏睡の呪いをかけられ、深い闇に落ちていたとき。 光と熱。呼び掛ける音。 それらに反応し、次第に明瞭な意識へと変わった。 リザベルは思量し、ひとつの推測に至った。 眠りの呪いから呼び戻してくれたのは、やはり。 「……ユノ。彼には、アリヴァー家も知らない力があるのかもしれないな」

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