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第21話 あなたへ

 王子は、魔法を使うことに慣れていった。  朝はカーテンを開ける。  着替えながら暖炉へ火を入れる。  庭へ出れば、青い花に水を与える。  読みたい本を、棚から手元へ飛ばす。  ヨシュアが作った食事が冷めれば、温め直す。  眠るときには天井へ星を置く。  人には使わない。  それだけは守った。  ヨシュアも、王子との約束を守っているように見えた。  使用人たちは以前と変わらない。  いつも笑顔で、命じられた仕事をこなしている。  彼らが自分の意思で動いているのか、そうでないのか。  見分ける方法を、王子は知らなかった。      *  十八歳の誕生日を迎える前日、王子は一人で庭へ出た。  ヨシュアには、部屋で待っていてほしいと頼んである。 「危険はありませんか?」 「城の庭だよ」 「転ぶかもしれません」 「転ばない」 「蜂に刺されるかも」 「刺されないよ」 「急に雨が――」 「待ってて」  そう言うと、ヨシュアは渋々頷いた。  王子が一人で庭を歩くのは、初めてだった。  いつも隣には、白い髪があった。  今日はない。  少し心細く、同時に新鮮だった。  青い花が咲く場所へしゃがみ込む。  初めて外へ出た日から、同じところに咲いている花。  季節が変わっても枯れないのは、ヨシュアの魔法だろう。  王子は土へ手を置いた。  目を閉じる。  作りたいものを思い浮かべる。  白い花びら。  金色の芯。  細い茎。  ヨシュアの髪と瞳に似た色。  既に咲いている花を変えるのではない。  何もないところから、自分の力で生み出す。  土が震えた。  小さな芽が顔を出す。  茎が伸びる。  白い蕾が膨らんだ。  しかし、花開く直前で動きを止める。 「咲け」  王子は言った。  蕾は震えた。  開かない。  もっと強く願う。  ヨシュアへ贈りたい。  いつも与えられてばかりだった。  部屋も。  服も。  食事も。  ぬいぐるみも。  庭も、星空も、魔法も。  すべてヨシュアにもらった。  だから、一つくらい。  ヨシュアが作ったものではない何かを、自分から渡したい。 「咲いて」  白い花びらが開いた。  朝日を受け、金色の芯が輝く。  王子は目を見開いた。  指先で触れる。  本物の花だった。  幻ではない。  ヨシュアの力でもない。  自分が作った。  花を摘み、城へ戻る。  待っていたヨシュアは、扉が開くとすぐに立ち上がった。 「お帰りなさい、テオ。お怪我は――」 「手を出して」 「はい?」 「いいから」  ヨシュアは両手を差し出した。  王子は白い花を、その掌へ載せる。 「これは?」 「僕が作った」  ヨシュアは花を見た。  白い花びら。  金色の芯。  その笑顔から、初めて表情が消えた。 「ヨシュアに」  王子は少し気恥ずかしくなり、目を逸らした。 「いつも、もらってばかりだから」  返事がない。 「気に入らなかった?」 「いいえ」  ヨシュアの声が、微かに震えた。 「とても」  花を包む指が、ひどく慎重に動く。  壊れやすい宝物を扱うように。 「とても、嬉しいです」  王子はヨシュアを見た。  金色の瞳が濡れていた。 「泣いてるの?」 「泣いていませんよ」 「泣いてる」 「嬉しいだけです」  ヨシュアは花を胸元へ抱いた。 「私のために?」 「うん」 「私だけの?」  王子は笑った。 「ヨシュアに作ったんだから、そうだよ」  その答えを聞いた瞬間、ヨシュアは目を閉じた。  何かを噛み締めるように。  長いあいだ待ち続けた物語が、ようやく正しい場面へ辿り着いたとでもいうように。 「ありがとうございます、テオ」  王子の名前を呼ぶ。 「私の王子様」  ヨシュアは花へ口づけた。  白い花びらが、淡く光る。 「大切にします。永遠に」 「花は、いつか枯れるよ」 「枯らしません」 「魔法で?」 「ええ」 「それじゃ、僕が作った花じゃなくなる」  ヨシュアは目を瞬いた。  王子は花へ触れた。 「枯れるまでが、この花だよ」 「枯れてしまっても?」 「また作る」 「同じものを?」 「同じかどうかは、わからない。でも、またヨシュアに作るよ」  ヨシュアは黙っていた。  花について考えているのか。  王子の言葉について考えているのか。  やがて、ゆっくりと頷いた。 「では、枯れるまで大切にします」 「うん」 「そのあとも、覚えています」 「それならいい」  王子は笑った。  自分で生み出した花を、ヨシュアが胸元へ飾る。  白い髪。  金色の瞳。  白い花。  想像していたとおり、よく似合った。 「魔法を教えてくれて、ありがとう」 「どういたしまして」  ヨシュアは、花に触れながら微笑んだ。 「あなたなら、きっとできると思っていました」 「誰でもできるんだろ?」 「ええ。魔法は誰にでも」  ヨシュアは王子の手を取った。  指を絡める。 「けれど、私へ花をくださるのは、世界でテオだけです」  二人の手の間で、淡い光が生まれた。  王子の魔法と、ヨシュアの魔法。  青と金の光が混ざり合い、どちらのものともわからなくなる。  その日、王子は初めて、自分の力で誰かを喜ばせた。  それが禁じられた力であることを、もう恐ろしいとは思わなかった。

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