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こんな怪しい僕に、優しい人だ

 目が覚めた時、僕は見知らぬ家にいた。  ここは……?  体を起こそうとした途端、ギシッと動きを止めた。  身体中が痛い。  そうだ、昨日は久々に走って回ったから……全身筋肉痛だ……。 「おや、目が覚めたかい?」  聞き慣れない女性の声に僕はそちらを振り返る。  イタタタ。  首まで痛いよ。  そこにはエプロンをかけたおばさんが立っていた。  僕の母よりはもう少し年上だろうか。  いや、僕の知ってる母の姿は五年前のままだ。  今頃はこのくらいの歳なんだろうな……。 「あんた村の入り口に倒れてたんだよ、覚えてないのかい?」  村……?  って事は、ここは町じゃない……って事なのか?  え、どうしよう。勝手に違うところに行っちゃったら、あの人達と合流できない……。  そこまで考えて、僕はあの人達のうち誰の名前も知らなかったんだなと思う。  まあ、自己紹介をしてるような余裕もなかったし、僕は聞かれても答えられないし……。 「おーい、しっかりしとくれよ。大丈夫かい?」  おばさんは困った顔で僕に近づくと、僕の目の前で手を振ってくる。  僕は喉を手で押さえて、口をぱくぱくさせてみた。  なんとか伝わらないかなぁ……。 「おやぁ、あんたもしかして喋れないのかい?」  その通り!  僕はコクコクコクと頭を縦に振る。  この世界について知ってる事の少ない僕ではあるけれど、ジョシュア様とのやり取りの中で、少なくともこの国の肯定と否定についての頭の振り方が、僕の元いた世界と同じであることは知っている。 「まったく、変な子を拾っちまったもんだよ……」  ふぅ。と息を吐いておばさんが言う。  う、その通りですよね。ごめんなさい……。 「そんな顔をするんじゃないよ。まだ今は外も雨だし、あんたのびしょびしょの服も干しちゃいるけど乾いてないからねぇ。もてなせるような余裕はないけど、せめて服が乾くまではここでのんびりしてお行き」  あ、ありがとうございますっ!  こんな怪しい僕に、優しい人だ……。  僕がジーンと感動していると、おばさんはカラカラと笑って言う。 「ちょうどうちの末息子と同じくらいの歳に見えたからねぇ、あのまま野垂れ死にさせるには忍びなかっただけだよ」  おばさんの向こうでは、食卓らしきテーブルに座っているおじさんも、うんうんと頷いている。おばさんとは違って無口な人のようだ。  そ、そっか……。  あのまま雨の中でずっと倒れてたら、体温が下がって死亡……いやその前に泥水で溺死って可能性もあったのか……。  うわぁ、死ぬところだった……。  僕の中でその事実が実感として押し寄せると、体がブルっと恐怖に震えた。 「体が起こせるかい? 白湯でよければ出そうか?」  体を起こしてみると、僕が寝かされていたのはリビングダイニングのような壁際にキッチンのある空間だった。  とすると、僕が寝かされているこの大きなクッションはソファのような物なんだろうか。  イテテテテテ……。  僕が顔を顰めながらなんとか起き上がると、おばさんは「怪我はなさそうだったけどねぇ。痛いのかい? 無理しちゃいけないよ」と心配そうに声をかけてくれる。  ああ、嬉しいなぁ。  こんな風に声をかけてくれる人が……、いてくれるなんて……。  なんだかホッとしすぎて涙が出てしまいそうだ……。  ああでも、異界人だってバレたら怖がって追い出されてしまうかも知れないよね。  怪しいことをしないようにしないと……。  ……とは言え、この世界の常識がわからないので、何が怪しいのかも分からないんだよな……。  僕がこの世界で初めて見る一般市民……いや村民……? の家をじっくり眺めていると、おばさんはキッチンでヤカンのようなものに水を……。  あれ?  あの水道みたいなやつ、今、水を出すときに僕の魔力みたいなのが動いたよな?  んんん?  今火をつける時にも僕の魔力が……っていうか今火を燃やし続けてるのも僕の魔力じゃないか? 「雨だと手元が暗くて困るねぇ」  おばさんが文句を言いながらカチッとつけた部屋の明かり用魔石にも、微力ながら僕の魔力が流れた。 「ああ、魔力の残りが少ないじゃないか。近頃ちょいと高くなってきたって聞いたから、節約しなきゃねぇ」  おばさんがそう言って覗き込んだのは、小さな魔力貯蔵石だった。  そこには僕の魔力が、石の五分の一ほど入っているようだ。  そっか……。  本当に……僕の魔力はこうやって皆の生活を支えてたのか。  嘘じゃなかった……。  毎日あれだけ必死に注いでた魔力は、無駄じゃなかったんだ……。  じゃあ、魔力が値上がりしてるのって、僕が注げなくなってたせいかな。  だとしたらちょっと申し訳ないな……。 「ほら、熱いから気をつけなよ」  おばさんはそう言って僕にカップを差し出してくれた。  母親というのはどこの世界でも同じような事を言うんだな。  僕は、ほかほかと湯気の上がるカップを、お礼を言えない分も丁寧に頭を下げて受け取った。  ふーふーと冷ましながら熱い白湯をいただくと、体が芯から温まってくる。  白湯を飲み終えた僕は、ゆっくり立ち上がる。  筋肉痛の痛みはあるけれど、どこも怪我はなさそうだし歩けそうだ。  カップをおばさんに返して頭を下げる。 「律儀な子だねぇ。いいんだよこのくらい、困った時にはお互い様さ」  僕は自分の両手を握って、開く。  うん。魔力は十分回復してる。  魔力貯蔵石を指して、おばさんとおじさんに向かって首を傾げてみる。  二人は、何が言いたいのだろうと不思議そうな顔をしている  僕は小さく笑って見せて敵意がないことを伝えると、両手を魔力貯蔵石に翳した。  小さな魔力貯蔵石はあっという間に満タンになる。 「魔力持ち……」  おじさんが強張った声で言う。  この世界では魔力を持ってる人って珍しいんだっけ……。 「まあまあ、こんなに注いでもらっちゃって……いいのかい?」  僕は返事の代わりにニコッと微笑む。 「おい、こんなにもらって、ただと言うわけにはいかんだろう」  そう言うおじさんに、僕は両手と首を振って『いりません』とジェスチャーする。  通じるかな……? 「おやまあ、親切はするもんだねぇ。よければ今夜は何か食べていっておくれ」  え、いいんですか?  すごく助かりますっ!  嬉しい気持ちで破顔して頷くと、おばさんはにっこりしてくれた。  昨日の男の人達と早く合流したいのはあるけど、どこに向かえばいいのかも分からないのに、この雨の中あてもなく彷徨うのは流石に辛い。  せめてあの町がある方向だけでも聞きたいけど、声も出ないし文字もわからないのに、どうやって尋ねればいいんだろう……。  僕の注いだ魔力貯蔵石を覗き込んでいたおじさんが、おばさんに言う。 「こんなに魔力があるなんて、偉い魔術師様じゃないのか……? 失礼なことを言うとお前の首が飛ぶぞ」  そうなのか?  そういうものなんだ?  僕が『違いますよ』とブンブン首を振って伝えると、ようやくおじさんもホッとした顔をしてくれた。  窓ガラスのない木枠の窓から僕は外を覗く。  昨日の赤竜はどこに行ったんだろう。  元気になって野生に戻ったんならいいんだけど……。  そんな僕の視界にチラリと赤い尻尾が見えた。  あっ!  ……と、声が出なくてよかった。  思えば、あんなに小さな黒竜の事も、屋敷の他の使用人さん達は怖がってたから。  きっと竜っていうのは一般的に怖いものなんだろうな。  赤い尻尾が引っ込んで行った先には小さな小屋がある。  僕が小屋を指しておばさん達の方へ首を傾げると、おばさんはあそこは農具や荷車を入れている物置小屋だと教えてくれた。  僕があそこに泊めてもらえないだろうか、とありったけの拙いジェスチャーで伝えると、おばさん達は「あんなボロいところでいいのかい?」と言いながらも了承してくれた。  夕食をいただいてから、手拭いとつぎはぎの毛布を受け取って、雨の合間を縫って小屋に入る。  少し引き戸を開けたままで待っていると、やっぱり赤い竜がそろりと顔を出した。  おいで。という気持ちで両手を広げると、赤い竜はエメラルドみたいな緑色の眼を瞬かせて、嬉しそうに小屋に飛び込んできた。  ぼたぼたと水を滴らせるびしょびしょの赤い竜を、借りてきた手拭いでせっせと拭く。  赤い竜は僕がそうしている間中、じっと大人しくしていてくれた。  やっぱり竜って小さくても頭がいいんだなぁ。  僕を村の入り口まで運んでくれたのは君?  おかげで助かったよ。  あのままだと死ぬところだったから。  感謝を込めて微笑むと、赤い竜は嬉しそうに僕の頬を舐めた。  あ。お腹空いてるのかも?  僕が両手をお椀のようにして魔力を溜めると、赤い竜は顔を突っ込むようにして僕の魔力をバクバク食べた。  おばさん達と共に囲んだ夕食は、屋敷で食べていたものよりずいぶんと質素で、屋敷ではそれなりに大事にされていたんだなと思う。  ……そうだよな、別にジョシュア様だって僕のことが嫌いなわけではなかった。  特に僕の魔力が減り始めてからは、僕のことを心配して、一日に何度も顔を見に来てくれた。  魔力の量は精神状態に大きく左右されるらしく、何か困っている事や悩んでいることがあるなら何でも話してほしいと言われた。  ジョシュア様は本当に心配そうにしていた。  ……でも、僕はそんなジョシュア様の言葉を信じきれなくて……。  僕がもし、ジョシュア様が僕に言ってくれる言葉だけを信じて、ずっとあの屋敷で魔力をたっぷり注いでいられたら……。  みんなみんな、ずっとあのままでいられたのにな……。  あんな事実……、一生知らなければ、よかった……。  キューン、と赤い竜の心配そうな声に僕は顔を上げる。  ああ、食事が終わったんだね。  赤い竜は緑の瞳で僕のことを心配そうに見つめていた。  大丈夫だよ、と伝えるつもりで僕は赤い竜の頭を撫でて微笑む。  それでも、赤い竜は心配そうな顔のまま僕を慰めるように僕の頬を舐めた。

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