9 / 21

なんだか今日はやけに寒いな……

 朝日の眩しさを感じて目を開いたら、いきなりオーロと目が合った。  え……っと、偶然……かな……?  まさか、ずっと見てたなんてことはない……よね……?  オーロの金の瞳には、なぜか憔悴し切ったような疲れや焦りが浮かんでいた。  オーロ……?  どうしてそんなに泣きそうな顔をしてるんだろう……。  体調が悪かったりするのかな?  昨夜は少しは寝られたんだろうか……。  僕ばかりが一晩中寝ていて申し訳ない。  オーロは一日二日寝なくても平気だと言うんだけど、もう今日で何日目だろうか。  僕はえいやと気合を入れて、重い体を起こす。  今までずっと、ふかふかのベッドで寝慣れていたからか、硬い地面で眠るのはいまだに慣れない。  ギシギシと痛むあちこちを鼓舞するようにして上半身を起こす。  火のそばだったとはいえ、一晩中夜風にさらされていた体は熱を奪われ、芯まで冷え切っていた。  かといって、僕が見張りを引き受けようしても、オーロは僕には荷が重いって、危ないから私に任せてくれって言うばかりだし……。  実際、僕ではそういう人とか動物の気配みたいなのって分からないので、僕が起きていたとしても火の番以上の役には立たないんだろうなと思うわけだけど……。  はぁ。  僕って本当に役立たずだな……。  ああ、ダメだダメだ。  こんなに凹んでちゃ、唯一できるごはん係すらままならなくなってしまう。  魔力の量が僕の気持ちの浮き沈みに関わると知ったのはつい先日だ。  僕はオーロからそれを聞いて、とても納得した。  あの屋敷で、睡眠も食事もいつも通りとって生活していたはずなのに、どうしてあんなに急に魔力が減っていってしまったのか、僕も気にはなっていた。  魔力には限りがあったのかとか、もう自分は寿命が近いのかなとか、色々考えてしまっていたけれど、なんの事はない。僕のテンションが低いとダメだったんだ。  気持ちを切り替えなきゃ。  僕は、憂鬱な気分を振り払うように頭を振る。  う……なんか、頭がくらくらする……。  もう一度地面に戻りそうになった僕の肩を、オーロがそっと支えてくれた。  ありがとう、という気持ちでオーロの顔を見上げると、オーロは思い詰めたような顔で僕を見ていた。 「リョクトは、あの屋敷に、ずっと居たかっただろうか……?」  え……?  僕が……ジョシュア様のところにずっと居たかった、か……?  あの話を聞くまでの自分なら、そうだったかも知れない。  そう思いながら僕は屋敷での日々を思い返す。  ……そうだろうか……?  屋敷での日々は、クロがそばにいてくれた時期をのぞけばずっとずっと、寂しさとままならなさが纏わりついていた。  ジョシュア様がいてくれる間だけが安心できる時間で……。  でも、その優しささえも、嘘だった。  多分……、僕は本当は、もうずっと長い間、あの屋敷から出たかったんだ。  何もかもが僕の意思の外で、行動も思考さえも制限されていたあの場所から、あの優しい檻から、本当は逃げ出したかった。  でも僕には旅の資金も準備も、この世界の知識も伝手も、何もかもがなかった。  そんな僕が、今はこうやってこの世界を自分の足で歩いてる。  オーロと、ヴェルデがそばにいてくれるおかげで、今日もなんとか生きてる。  僕は、僕を必死で見つめている金色の瞳に微笑むと、首を横に振った。  う、なんか頭を振るとくらくらするし、頭も重い……。  風邪でもひいちゃったかな……。  オーロはようやくホッとした顔を見せてくれた。  でも、小さく笑うその顔はまだどこか痛々しい。  どうしてオーロはそんなに思い詰めてるんだろう。  オーロが僕を追い出したわけでもないのに。  オーロとの旅のおかげで、僕はこの世界の事を沢山知った。  まだまだ知らないことの方が多いだろうけど、それでも、今は僕にも魔力っていう財産があることが分かっている。  もし次の居場所から追い出されることになっても、魔力貯蔵石はこの世界では各家庭にある様子だし、それを補充させてもらいながら、こんな風に転々とする事は……。  いや、それは流石に楽観的過ぎるかな。  ……なんとか他人とスムーズに交流できるといいんだけど、それにはやっぱり言葉が欲しい。  せめてもの思いで、休憩の度にオーロに文字や単語を教えてもらっているけど、これだって全部覚えるのにどれほどかかるか分からない。  そもそも、以前お世話になったおじさんおばさんの家には一冊の本もなかったし、文字の書かれた紙のようなものも見なかったんだよな……。  一般の人々の識字率が悪いなら、やっぱり文字を覚えたところで意思の疎通は難しいのかも……。  一般人の識字率はどのくらいですか、なんて、どうやってオーロに尋ねたらいいんだろう……。  はぁ、と吐いた僕の息は、なんだか妙に熱く感じた。  ***  なんだか今日はやけに寒いな……。  熱が出ていると気づいたのは、歩き始めてしばらく経ってからだった。  カタカタと震える僕にオーロが気づいて、道の脇に座らせてくれる。 「震えていたのか。寒かったんだな……、気づけなくて、すまない……」  オーロは悔しそうに顔を歪めて、僕を毛布で包む。 「私は先に町に行って宿を確保してくる。荷車を借りて戻ってくるから、リョクトはそこでヴェルデと待っていてくれ。ヴェルデ、頼むぞ」 「ガウッ!」  任せろ、という様子で応えたヴェルデが、僕の隣にぴたりと寄り添ってくれる。  ありがとう……。  ヴェルデがいてくれて、本当に心の支えになってるんだ……。  僕は感謝を込めてヴェルデを撫でる。 「キューン……」  ヴェルデは僕を心配するように鳴いて、僕の手の甲を舐めてくれた。  オーロはあっという間に駆け去ってしまった。  足が速いなぁ。  オーロは僕よりずっと背も高いから、足も長くて……。  僕がいなければ、こんなにのんびり歩かなくてもいい人なのに……。  オーロはこんな僕にずっと付き添って、イライラしないのかなぁ。  熱のせいか、なんだか頭がぼうっとして、意識がふわふわする。  僕はそのまま草地に寝転んで、うとうとと眠り始めた。  どのくらい眠っていただろうか。 「……リヨ……リヨ大丈夫か!?」  懐かしい声に、僕はうっすらと目を開ける。  そこには、僕を心配そうに覗き込む金髪碧眼の……ジョシュア様がいた。  なんだろう、夢かな……? 「ああ、熱が高いな……すぐに宿に運ぼう。もう少しの辛抱だよ」  ジョシュア様が僕の額に手を当てる。  ひやりとした手がとても気持ちいい。 「まだ眠っていたらいいよ。大丈夫だ、リヨのことは私が守るからね」  僕はジョシュア様の優しい声と温かい腕に包まれて、安心して目を閉じた。

ともだちにシェアしよう!