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おかえり、僕のクロ
ぱち。と目が覚めて、馴染んだ天井に僕は息を詰めた。
すぐに視線でオーロを探す。
オーロは僕のベッドのすぐ隣の床の上で、体を丸めて眠っていた。
よかった……。
一瞬全部が夢だったのかな、なんて思ってしまった……。
安堵とともに震え出してしまった体に、僕は苦笑する。
今までと同じ部屋で目覚めたけれど、今の僕に枷はない。
文字も教わっているし、部屋の外にも自由に出ていいし、屋敷の外にも出られる。
まあ、屋敷の外に出る時はオーロと一緒なのが条件だけど、これは見張りじゃなくて、僕を守るためだ。
魔力の提供は強制ではないけど、やっぱりお屋敷にお世話になっている間は行うのが最低限の礼儀かなと思うので、昨日は久々に魔力貯蔵棟に行って魔力貯蔵石に注いでおいた。
昨日はジョシュア様の幸せそうなお顔が見られたからか、魔力には結構余裕があって、魔力貯蔵石に注いだ後も、また夜にオーロの怪我を治すのにたっぷり注いだ。
寝て起きた今、魔力は満タンだ。
回復も早いし、体も頭もスッキリしている。
あ、ごめん、嘘です。
体を起こしたら、あちこち筋肉痛だった。
って、ええー……?
僕昨日オーロのとこまで走っただけだよ?
まあ、全力疾走だったけど。
でもトラック一周分くらいの距離なのに、貧弱すぎない?
これからは毎日体も動かそう。健康のために……。
鈍く痛む体を励ましつつ、そうっとベッドを抜け出そうとした僕に、声がかかった。
「リョクト? まだ朝早いぞ?」
「起こしちゃった? ごめんね。ジョシュア様は大丈夫だったのかな……って思って……」
窓を開けて、外が見たかったんだ。
ヴェルデとジョシュア様が早く帰って来ないかなって……。
僕が窓を開けると、黎明のようやく白んできた空が広がっていた。
しっとりと朝露をまとう朝の空気が、部屋に染み入ってくる。
オーロは起き上がると、僕の上着を一枚出してきて僕にかける。
「寒くないか?」
「ありがとう」
僕が風邪で倒れてから、オーロは僕が寒くないかとずっと気にしてるんだよな。
どうもオーロは体温が低いからか、僕が寒いと思う気温では寒くないみたいで、こうやって都度気遣ってくれる。
オーロは僕の隣に立って、僕の肩に上着を押さえながら一緒に窓の外を見上げた。
「ヴェルデはあんな奴だが、あれで私よりも誠実な男だ。心配はいらない」
「オーロよりも……?」
なんだか意外な気がして、僕は聞き返す。
「ああ、ヴェルデは弱っていてもリョクトの唇には触れなかったんだろう?」
え?
えーと……。
そういえば、そうだね。
「私よりもよっぽど誠実だ」
んん……?
……確かにクロは最初から僕の唇ばっかり舐めてた気がするけど……。
「それに、旅の間ずっと、私が寝ているリョクトに触れようとする度ヴェルデに威嚇されたからな」
待ってください。
オーロは寝てる僕に勝手に触ろうとしたんですか……?
僕の胡乱な視線に気づいたのか、オーロが「今はしっかり自制しているとも」と慌てて答える。
……僕、明日からオーロとは別の部屋で寝ようかな。
でも、目が覚めた時部屋にひとりだと、……怖いんだよな……。
こんな風に、オーロが近くにいてくれたら安心するから、やっぱり一緒の部屋がいいなぁ……。
……でも襲われるのは勘弁してほしい。
いや、待って?
オーロって僕のことそういう目で見てるの!?
一体何をどうやったら僕のことがそんな風に見えるんだ!?
「ヴェルデにとって、人の意に沿わない事や嫌がる事をする者は、全て悪なんだろう」
ひええ、厳しいな……。
オーロは金色の瞳を二つ開いて空を見ている。
今まで瞼の神経が切れていたのか開く事のなかったオーロの右目は、昨夜から開くようになった。
けれど、その瞳は虚ろなままで、なんだか余計に悲しくなってしまう。
「オーロ、その目は見えるようにならないのかな……?」
「これは外側ではなく内側に問題が残っているのだろう。……リョクトが…………」
僕が、なに……?
不意に途切れてしまった言葉に、僕は首を傾げる。
オーロは、大きな手で顔の下半分を覆ってしまった。
じわじわとその頬が染まってゆく様子に、僕はさらに首を傾げる。
なんか、今恥ずかしがるような話だったっけ?
「リョクトが……、私の内側に魔力を直接注いでくれれば……」
言いながら、オーロはさらに赤くなる。
魔力を直接……?
そう言えば、オーロは前にもそんな事を言ってたような……。
あれはなんだったっけ。
魔力を直接食べたいって言ってたんだっけ。
「それって、魔力を直接食べたいって言ってたのと一緒?」
尋ねると、オーロは慎重にコクリと頷く。
「それで目も治るかもしれないって事?」
「確実ではないが、その可能性はあるだろう」
「可能性があるなら試したい。僕は、オーロの目が治るなら、なんでもやりたい!」
「……っ、なんでも…………!?」
オーロの顔が耳まで真っ赤に染まる。
待って待って?
なんでもって、オーロは一体何を想像してるの?
なんかさ、僕とオーロは種族とか住んでた世界が違ったりで、お互いの常識がズレてるからさ、その辺ちゃんと擦り合わせた方がいいと思うんだ。
「……えっと、待ってね、オーロ。まずは、魔力を直接注ぐ方法を教えてくれるかな。急にやるんじゃなくてね、説明だけ」
「わ、分かった」
答えたオーロが、ごほんと咳払いをする。
なんでそんなに緊張してるんだろう。
兵達に囲まれても平気な顔してる人が。
「た、互いの体の内側を、その、直接触れ合わせて……」
「つまり?」
「深く口づけを交わして、魔力を流せば……いい……」
「キスしながら魔力を注いだらいいんだね?」
僕が確認すると、オーロはどうしようみたいな顔をしながら頷いた。
なんでそんなに動揺してるんだろう。
クロの頃はしょっちゅう僕の口を舐めまくってたくせに。
昨日なんて、僕は丸ごと全身オーロの口の中に飛び込んだりもしたのに。
ああそうか、僕にとっては動物との触れ合いでも、オーロにとっては好きな相手とのキスなんだもんな。
なんだか温度差があって申し訳ないけど、僕はオーロの傷が治るなら、そのくらいの事、と思えてしまう。
「ちょっと時間かかりそうだから、座ってくれる?」
僕がベッドをポンと叩いて言うと、オーロは大人しくそこに座った。
大きな体を縮めるようにして、ちょこんと座る緊張しまくりのオーロに、思わず浮かびそうな苦笑を必死で噛み殺す。
笑っちゃダメだろ。
人として。
好きな人とキスできるかもってドキドキしてるオーロを相手に、僕が半笑いじゃ流石に可哀想すぎる。
せめて誠実に、真摯に対応しないとな。
僕は笑いを抑えるためにゆっくり深呼吸をして、それからオーロの両肩に手を添えた。
唇を重ねると、オーロが口をじわりと開く。
そっか、口開けないと内部は触れ合わないもんな。
僕も倣って口を開くと、オーロが僕の頭をおずおずと引き寄せてきた。
互いの内部が密着する。
よし、これであとは魔力を注ぐだけだ。
僕は集中してオーロの中へと魔力を注ぎ込む。
一晩休んですっかり満タンの魔力を惜しげなく使って、特にオーロの右目の辺りに集中させる。
オーロが小さく震える。
……オーロはちゃんと息してるのか?
僕の顔にオーロの鼻息が当たる感じ全然しないんだけど……。
だんだんオーロがぷるぷるしてきたので、僕は一回顔を離してみた。
「ぶはぁっ!」
……やっぱり息を止めてたみたいだ。
「あのさ、オーロ、息はしてほしいんだけど……?」
俯いて懸命に呼吸を取り戻していたオーロが、ハッと顔を上げる。
僕を見る金色の瞳は、ふたつ揃って僕の事を見つめていた。
片手で左目を隠して確かめたオーロが、金色の瞳をじわりと滲ませた。
「……見える……」
「やった! オーロ、やったね!」
僕は思わずオーロに抱きついた。
オーロは笑顔を浮かべたまま、嬉しそうに涙をこぼした。
ああ、これが嬉し涙ってやつかぁ。
金色の瞳から溢れる涙はすごく綺麗で、射し込んできた朝日にキラキラと眩しく輝いている。
触れてみたいな。
そう思って、オーロの頬にそっと手を伸ばすと、意外にもオーロは僕の手に頬を擦り寄せてきた。
親指の腹でオーロの目をなぞると、オーロは幸せそうに目を閉じる。
……可愛いな。
あの頃のクロと変わらないその様子に、じわりと口元が緩んでしまう。
「……クロ……」
思わず零してしまったその名前に、オーロはパッと目を開いた。
「あ、ごめん、うっかり……」
僕が謝ろうとするのをオーロが「いいや」と押し留める。
「叶うならば、クロと呼んでもらえないだろうか」
「え……?」
呼んでいいの……?
クロって……?
「あの頃から、リョクトにそう呼ばれるのが、たまらなく嬉しかった」
でも僕のこんな安直なネーミング……恥ずかしくないのかな……?
「クロはリョクトの世界では黒を意味するんだろう?」
「うん」
確かにあの頃、クロにもそう教えた。
「私の名は竜の言葉で漆黒を意味している。同じことだ。貴方だけが知る世界の言葉で私を呼んでほしい……」
潤んだ金色の瞳が、朝日の中でキラキラ輝いて僕を見上げてくる。
期待を込めた眼差しに誘われるようにして、僕はその名を口にした。
「クロ……」
そうだ。クロだ……。
僕の可愛いクロが、あんなに会いたかったクロが、僕に会うためにずっと頑張って、今こうして、僕のところに帰ってきてくれたんだ。
「おかえり、僕のクロ」
途端、金色の瞳がうるると滲んだ。
うんうん、クロは素直で可愛いな。
「ああ……! リョクト、嬉しい……! 今日は最高の日だ!!」
クロは僕をひょいと持ち上げると、その場でクルクルと回り出す。
「わああ、目が回るよ……っ」
僕の言葉に、クロは僕をむぎゅっと抱きしめて頬に頬を擦り寄せてくる。
「リョクト! 大好きだ!」
耳元で叫ばれて、僕は苦笑する。
「ありがとう、僕も大好きだよ、恋愛的な物ではないけどね」
僕の言葉にパアッと顔を輝かせたクロが、しょんぼりする。
そんなにしょんぼりしないでほしい。
大好きだって言ったのに。
降りようとした僕に気づいたのか、クロがそっと下ろしてくれる。
でも僕を下ろしたその両手が、僕の腰から離れないんだけど、なんでかな?
そんな寂しそうな顔で見つめられたら、離してって言いにくいんだけど……。
その時、窓の外に射す朝日の中に一筋影ができた。
「ああ、ヴェルデが戻ってきたようだ」
クロの言葉に、窓から身を乗り出してみると、朝焼けの広がる窓の外に真っ赤な竜が元気に羽ばたいているのが見えた。
まだ遠すぎて分からないけれど、ジョシュア様も一緒かな?
尋ねるようにクロを見上げると、クロは目を細めて頷きを返してくれた。
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