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[終] エピローグ

 竜の里への出発の日は、朝から雲ひとつない快晴だった。  竜の姿になったクロの首には、頑丈な鎖が下げられている。  その鎖に繋がっているのが僕が乗るための半卵形に近い形状の小屋で、大きさは車輪を外した馬車くらいのサイズだ。  雨も風も防げる作りで、中は座席が片側にだけある。  座るとクロの進行方向側に窓があってクロと同じ景色が見えるようになっていた。  座席は横に三人分くらいの幅があるので、疲れたら横にもなれる。  中には食料や絵本の他に、クッションや毛布もたくさん積んであった。  クロは体が大きいためにヴェルデよりも高い場所を飛ぶらしいので、標高が高い分寒いらしい。  僕は最初クロの背中に乗っていくんだと思っていたけど、それでは僕が凍えてしまいそうだとクロに即却下された。  背中側は羽ばたきで風もすごいらしく、飛行中はクロに話しかけることすらできないようだ。  うーん『ドラゴンの背中に乗る』ってちょっと憧れではあったんだけどなぁ。  確かにヴェルデもジョシュア様のことはお姫様抱っこだったよね。  ヴェルデは二足歩行できるタイプのほっそりした竜になるのに対して、クロはドドンとでっかい岩山みたいな四足歩行の竜だからなぁ。  頼もしさとかっこよさはクロの方が上だと思うけど、乗るのは難しいとのことで、こんな感じになった。  お屋敷の大工さんと町から呼ばれた家具職人さんは、こんな物を作るのは初めてだと、ワクワクしながら試行錯誤してくれた。  朝早い時間だというのに、大工さんも家具職人さんも、別邸のうちの何人かも、僕達の見送りに来てくれていた。  場所は人通りのない屋敷の奥側、以前クロが壁に鎖で縫い止められていたあたりだ。  ちなみに今クロの首にかかっている鎖もあの時の鎖だったりする。  拘束されて痛めつけられていた時の鎖だなんて嫌じゃないのかな、と心配して尋ねた僕に、クロはなんでもない顔で「あの鎖は頑丈だった、あれならリョクトを落とす事もないだろう。使える物は何でも使えばいい」と言っていた。  僕が小屋に乗り込んで、ベルトを締めてベルを鳴らすと、クロがそっと首を上げる。  離着陸時は結構揺れるらしいので、家具職人さんに頼んでベルトもつけてもらっていた。  既に何度かテスト飛行もしているので、僕もクロも慣れたものだ。  あのささやかな披露宴からはすでに約一か月が過ぎていて、ジョシュア様とヴェルデの婚約発表の手筈も整いつつある。  来月に婚約を発表したのち、どうしても外せない賓客に日程を合わせて、招待状を用意してさらに結婚式はそこから半年後になるとか。  先は長いなぁなんて思ったけれど、これでも侯爵家としてはスピード結婚の部類に入るらしい。  僕とクロはその結婚式のひと月前までに帰ってきたら良いと言われているので、かなりのんびりと旅ができそうな時間をもらっていた。  僕がそんなに留守をしたら魔力が不足してしまうのでは? という心配も、お屋敷の異界人のお姉様達のおかげで杞憂となった。  ビリデクトが可愛がっていたというお姉様達は、今もお屋敷で楽しく暮らしている。  これまではそれぞれが別の部屋に軟禁されていて顔を合わせたこともなかったけど、今では皆でワイワイキャッキャとお茶会を開いたりして仲良く過ごしていた。  ハリのある生活となったからか、彼女達は魔力量も増し、今ではビリデクトが管理していた頃の三倍以上の魔力が集まっているらしい。  このままではあの大きな魔力貯蔵石の上限を超えてしまいそうだとかで、今は魔力の注入も二日か三日おきにしようかと検討しているくらいだ。  クロがぐぐっと顔を上げると、僕の席からもかろうじて壁の上に立つ人の姿が見える。  壁の上にはジョシュア様と、ジョシュア様の腰を抱いてピッタリと寄り添うヴェルデ。  その後ろにはエトさんにセザーさんがいる。  少し離れたバルコニーではお姉様達も手を振ってくれている。  クロがバサッバサッと翼を振って、飛び立つためにグッと姿勢を低くした。 『行くぞ』と言うように、クロがグォと微かに喉を鳴らして合図する。  大きく鳴くと喉の下にいる僕が煩いからと、クロはいつも細心の注意を払ってくれていて、それが嬉しい。  僕は壁につけられた呼び鈴型のベルをチンと鳴らして『いいよ』と答える。  ぐんっと視界が揺れて、衝撃と、浮遊感。  視界を取り戻した時には、僕にはお屋敷の皆の顔が見える高さに上がっていた。 「ジョシュア様、ヴェルデ、集まってくれた皆さんー! 見送りありがとうございます! 行ってまいりますーっ!」  僕は大きく叫んで手を振る。  皆も大きく手を振って、口々に叫び返してくれた。 「おー、楽しんでこいよーっ!」 「疲れたらいつでも帰っておいで、待っているよ」 「お体にお気をつけて!」 「旅の幸運を祈っております」 「お二人の旅のお話を楽しみにしております」  バルコニーからお姉様達も声をかけてくれている。 「仲良くねー」 「お土産よろしくー」 「オーロアデル君ーっ、頑張るのよーっ!?」  ああ、これは僕とクロとの仲を進展させたくてたまらないお姉さんの声だ。  ……あんまり刺激しないでほしい。  旅の間はずっと二人きりなんだから。  クロはグル……と小さく喉を鳴らして合図をすると、さらに高く飛び立つ。  空気がガタガタと窓を揺らす。  窓の強度を上げるために色々混ぜ物をしたので、僕の知る強化ガラスに比べると見た目が残念な仕上がりではあったけど、薄く灰色に曇った窓が僕を守ってくれている。  揺れが落ち着いた後、僕の前には見渡す限りの空しかなかった。  すごい……。  本当に空の上だ……。  飛行機じゃなくて、僕は今、竜と空を飛んでる……。  クルル……と心配そうな声色。 「大丈夫、怖くないよ! クロと一緒だから!」  大きな声で叫んで返す。  聞こえたのか、クロがホッとした気配がした。  ひらりと目の前にクロが魔法で飛ばした黒い蝶が舞う。  ベルトを外していいよ、の合図だ。  これがもう一度舞ったら、今度はベルトを締める約束にしている。  僕はベルトを外してそうっと窓際に近づいた。  まだ太陽すらも僕の下にある。  朝焼けがほのかに残った淡い色の青空は、まるでジョシュア様の瞳みたいに優しい色だった。 「すごいね、クロ! 景色がとっても綺麗だ!」  お屋敷も、町並みも、どんどん遠ざかってゆく。  僕はあの中の一部屋にずっと居て、ずっとあそこから出られないのかと思っていたのに。  今はあの部屋どころかあの町が、もうこんなに小さい。  僕達は、まず竜の里に行ってヴェルデの結婚報告を済ませてから、ゆっくり帰りの寄り道ルートを決めることにしていた。  クロにおすすめの場所を尋ねてみたら、妖精の泉だとか、浮遊城だとか、虹の洞窟だとか、世界樹だとか、そんな予想の遥か上をゆくファンタジーな地名がゾロゾロ出てきた。  そうだよね。竜がいて魔法のある世界なんだから、他にもいたっておかしくないよね!?  ああどうしよう、心臓がドキドキして弾けそうだ。  もっと色んなものを見てみたい。  もっともっと、知らない場所に行きたい。  ワクワクした気持ちで胸がいっぱいになる。 「楽しみだね!」  僕が叫ぶと、クロはクルル……と甘えるような声で同意した。  あはは、可愛いな。  クロも僕と旅に出るのをずっと楽しみにしていたからね。  クロの力強い羽音が響く中で、どこまでも広がる青空を見渡す。  僕はもう自由なんだと、強く実感する。  この先の人生は、僕の目で見て、僕の足で歩いていけばいい。  きっと、隣にはいつもクロがいてくれる。  クロと一緒なら、僕はどこにだって行けると感じた。

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