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汗を拭きながら柾諒がやってきた。
「照近さんの荷物、少ないからすぐ終わったよ。楽なバイトだったね」
「助かりました。荷解きは自分でしますから、お茶にしましょう。寿司も、もう少ししたら来ますよ」
夫の姿を確認した篠が子供を連れて庭から戻ってくる。
しばらくすると寿司も届き、みんなでダイニングテーブルを囲む。
まだ十一時だが、息子夫婦はこのあと予定があるため早めの昼食だ。
「一時には出るよ」
「わかった。 最近は困ったことはないか?」
「順調。会社の心配もいらないから、親父は新婚生活を楽しめよ」
柾諒と英一は自然な親子の会話を交わしているが、よそよそしさを感じることがある。
おそらくそれは篠も感じ取っていて、時折会話に入ってはお茶を濁していた。
邪推しても仕方がないが、英一は息子の母親を追い出した罪悪感があり、柾諒は母親を追い出した父親を責めた負い目を感じている。
昔、英一がぽつりとこぼしていたのだ。『家族を裏切ったのは元妻だが、原因は私だと息子に責められた』と。
仕事に没頭して家族をかえりみなかったこと──妻をほったらかしていたことへの指摘だ。
彼はずっと、一族代表のアルファとして前線を走り続けていたが、それが間違いだったのかと苦しんでいる。
柾諒は柾諒で、英一が弱っているときに攻撃したことを後ろめたく思っているから、奇妙な再婚に口出しをしない。
用事がなければ実家に寄りつかない理由も同じだろう。
南雲井家の人間はみな透明な殻を持ち、当たり障りのないコミュニケーションで争いを避けているように見えた。
英一にはとても言えないが。
だが、だからこそ、彼には誰かが必要だとも思ったのだ。
「お邪魔しました。照近さん、お土産おいしく頂きます」
「こちらこそ、わざわざ手伝ってもらってしまってありがとうございます。地元のちょっとしたお菓子なので、お口に合えばいいんですが……」
玄関先で息子夫婦を見送る。
「父さんも、子供たちにお小遣いありがとう。正月にはまた帰るよ」
「元気でやりなさいね」
車のエンジン音が遠退くのと同時に、また別の車がやってくる音が聞こえた。
見ると、門扉の向こうにバンが停まっている。運転席の窓が開き、色黒に焼けた男がこちらへ笑顔で手を振った。
「こんにちは! 花沢 です!」
英一が会釈で返すと、車が敷地の中へ入っていく。
彼は南雲井家お抱えの庭師だ。いつも二、三人の弟子を連れて、午前中に庭のメンテナンスにやってくる。
今日は引っ越しのバタバタがあるからと、訪問時間をずらしてもらっていた。
「そうそう。これからは照近さんの好みで庭を作り替えることもできるよ。日本庭園風とか、南国風とか……」
「眼鏡のフレームを新調するくらいの軽さで言わないでください。スケールが大きすぎます。今の庭のままで充分すぎるくらいですよ」
「そうかなぁ。リクエストがあるほうが楽しいんだけどな」
隠居してからの英一の趣味はもっぱら庭いじりだった。
庭師は週に一回来るが、それ以外の日は彼がせっせと手入れしている。
「うーん……また今度、一緒に考えましょう。──英一さんが庭にいる間、荷解きしてますね」
英一は庭師たちと庭へ。俺は食事の片付けしてからあてがわれた自室へと向かった。
■
二階の来客者用の寝室が俺の部屋に転用されている。そのため、一通りの家具はそろっていた。
引っ越しにあたって、元々の家にあったもののほとんどは破棄か、実家または元実家に送っている。
数箱にとどまったダンボールの中には、櫛やシェーバーなどの日用品や、パジャマなどの衣類がほとんどだ。
ダンボールを順に開封していく。必要最低限のものだけ取り出し、あとはそのままにした。どこに何をしまうのかは、いずれゆっくり決めたい。
「なんか……変な感じだな」
片付けを終えてがらんどうになった旧居を眺めたときにも感じた。
身体がふわふわする心地。
「今夜になっても、明日になっても、もう……あのマンションには帰らないんだ」
そもそもの俺は、八年前にアルファの夫を亡くし、二年前に子育ても終えて、自分しかいないのに2LDKのファミリーマンションで抜け殻のように過ごしていた。
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