1 / 6

第1話 日常の喧嘩

昼休み、購買前の廊下 阿久津奏多が俺の肩をガツンと肘で突いてきた。 「おい今なんつった?」 「猿って言ってんだよ。耳まで遠くなったか?」 「細えくせして生意気言ってるとぶち殺すぞ」 「はっ、お前こそ、そのデカい胸板のくせに栄養不足なんじゃね?煽り耐性ないしな、モデルみたいな体してんのに中身チワワじゃねえか」 「は?俺がチワワなら、世の中の男ミジンコだろボケが」 「知らねーよ」 「……つか、さっきからパン選びに時間かけすぎだろ。さっさといつものメロンパン買えよ、この貧弱|白髪《しらが》」 「白髪じゃねえ、銀髪って言え!そもそもメロンパンは俺の管轄だ。お前は黙ってそのクソ不味そうな高タンパク飲料だけ飲んでろよ、筋肉バカ」 俺───我妻零は、阿久津の端正すぎる顔面を思い切り睨みつけた。 こいつ…奏多は一見、雑誌から飛び出してきたような美形だが 中身はただの「下ネタ大好き暴言製造機」だ。 一言喋れば下ネタ、二言目には喧嘩。 男子校という掃き溜めで、こいつの性格は完全に煮詰まっている。 「……マジムカつく。お前のそのクソ生意気な口、一回ぶん殴ってひん剥いてやりてーわ」 「やってみろよ。てめえの長い脚へし折ってやるから」 廊下のど真ん中で、俺たちは互いの胸ぐらを掴み、額を押し付け合う。 周囲の奴らは「また始まったよ」と避けていくが、俺にとってはこれが俺たちの日常だ。 こいつと罵り合っている時だけが、一番頭が冴えるし、正直に言えば……退屈しない。 ◆◇◆◇ 放課後、部室 忘れ物を取りに戻ると、阿久津がソファにだらしなく寝転がってやがった。 「……なんだ、まだいたのかよ、ストーカー」 「自意識過剰か… 俺は今日、部室の掃除当番なんだよ。お前ぇこそ、俺に会いたくて戻ってきたんじゃねーの?寂しんぼがよ」 「ふざけんな。お前に会うくらいなら、校庭の土食ってる方がマシだ」 俺がロッカーから荷物を引っ張り出した瞬間、阿久津が立ち上がって背後に立った。 「おい、その荷物。昨日俺が貸したマンガ入ってんだろ。返せよ」 「あー……明日でいいだろ。まだ半分しか読んでねぇし」 「ダメだ。今すぐ返せ。てめーエロいとこだけ何回も見直してんだろ。ページくっついてたらマジで殺すぞ」 「してねーよ!お前みたいなエロ猿と一緒にすんなっつってんだろ」 「あぁ!?」 阿久津が俺の腕をガッと掴んで引き寄せた。 そのままもつれて、俺の背中がロッカーにドンッとぶつかる。 「痛てぇな……加減しろよこのゴリラ」 「うるせー。お前が素直に返さねーのが悪ぃんだろ。……つか、お前何の匂いしてんだよ」 阿久津の顔が、あり得ない距離にある。 怒り狂ったような瞳、荒い鼻息。 こいつの、狂おしいほどの「憎たらしさ」が、熱となって俺に伝わってくる。 「…匂い?なんもしてねえよ。お前の匂いだろ。さっきから暑苦しいんだよ」 「……はぁ?マジでお前…ムカつくな」 阿久津の手が、俺の首筋に伸びる。 暴力か、それともただの威嚇か。 俺はそいつを跳ね除ける代わりに、阿久津のシャツの襟を思い切り掴み返した。 「ムカつくのはこっちのセリフだ。そっちがその気ならその綺麗な面、二度と拝めねえくらいボコボコにしてやるよ」 喧嘩の導火線に火がついた。 いつもの罵り合いの延長。 互いの存在を全否定するような、暴力的な接触。 ……けれど、その瞬間の俺たちは 自分たちの「憎しみ」が もう臨界点を突破して別の何かに変質しかけていることに、まだ気づいていなかった。

ともだちにシェアしよう!