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第1話
都内ではないが高いビルがいくつも立ち並ぶ駅前。商業施設が下から何階かまでを占め、そこから上はほとんど企業が入っている。
その一角にある「古瀬フーズ」で働いている西野紀律(にしの きりつ)は、セレブ感のあるここに来るのが少々プレッシャーだった。
ここに来るのは入社面接以来か……。それにしても合ってないよな、俺と。
「西野、緊張してるのか?」
「まあそうですね。あまりに本社に来る回数が少ないのでちょっと」
「それは俺だって同じだから。でも今回は気張っていかないとな」
「はいっ」
今日はこのビルにある本社で新商品のブレゼンだった。
商品は秋に向けてのカップ麺の試食と外装。
西野はその外装・パッケージデザインのほうを手掛けてきたのだが、これがまた社内コンペになってしまったために他部署も参戦となっていた。
今日はその最終日で本社の審査を受けることとなったのだ。
西野のいる部署は元来スーパーなどに卸すカップ麺や袋麺と言う日常用品部門を扱っているK工場。相手はお土産や進物などを手掛けるN工場のパッケージ部門だった。
審査がある会議室に到着すると相手方はもう到着していた。
「今回はよろしくお願いいたします」
「こちらこそお手柔らかにお願いします」
先輩たちが挨拶してる後ろで西野は同じように後ろにいる相手をチラリと覗いた。相手は君竹作磨(きみたけ さくま)。同い年のイケメン同期だった。
入社した時の研修で同じだったから覚えているし、相手も覚えているはずだ。でも両者その時はまさか似たような職種に配置されるとは思ってもみなかったのだが……。
「元気だった?」
「そっちも元気そうだな」
資料を各テーブルに配置しながら小声で話しかける。先輩たちは先輩たちでやっぱり話し合ってるので、審査が始まるまでの貴重な時間を二人で話すことになる。
「しかしまさかこんな形でまた出会うとはね」
「そう? 俺はいつかまた会えると思ってたけどね」
「同じようなパッケージ部門とかって知ってたらもっと話せたのにね」
「俺は知ってたけどね」
「ぇっ」
実際彼とコンペになると知ったのは、この企画自体がコンペになると知らされた時だった。それまでは他の部門、特に違う工場のことなんか全然関知していなかった。せいぜい同じ工場の自分の周りのことくらいしか把握していなかったのだ。
入社してこの部署に配置されてから初めて向き合ったデザインと言う部門。
他社では専門の会社に頼むこともままあるらしいが、ウチの会社では最初からその部門があったので先輩たちもたくさんいた。
「社内新聞。あれで配属知ってた」
「ああ」 そんな物もあったな……と思っていると時間がどんどん押してくる。
「それでは只今からSテレビ番組「リント」様の毎年の恒例企画商品になります。毎年ともなりますと、似たような雰囲気になってしまうため今年はコンペといたしました。最終で残ったのは今回の二グループ。ではK工場の池端グループさん、N工場の笹垣グループさんお願いします」
〇
一グループに与えられた時間は二十分。中身がまだ最終決定されてないので、それになるだろうなと言う味の雰囲気を伝える二点を提出。そしてその意図と製品へのアピール等審査員に伝えてプレゼンは終わる。お互い二種づつ提出したのだが、味自体が最後の最後にならないと決定しないので今すぐどちらのどれを採用とはされなかった。
「何かしっくり来ないのな」
「その場ではっきりさせないのに呼び出すなよって感じだよな」
後輩組の紀律と作磨は資料を片付けながらブツブツと不平を口にしていた。
先輩組もそれは言いたいのだろうが、あえて口には出さずに挨拶だけして帰り支度をしだしていた。それを目にした紀律は自分もそちらに行こうとしたのだが、作磨に腕を取られて耳打ちされた。
「LINE。教えて」
「ぇ? ぁ、ああ。いいけど?」
今回の件、話足りないのかな? と手早くLINE交換をするとその場を後にする。
「どっちになりますかね」
帰りながら紀律が先輩である池端旬(いけはた しゅん)に話しかける。
「どっちでもいいよ」
「は?」
「もしこっちだったら、もしかしたら次のボーナスちょっと多くなるのかもね、くらいだから。そのくらいだからね」
「そうなんですか?」
「うんまあ、そんなもんよ」
「へぇ」
「これをもし外部に頼んだら、もっといい案が出るかもしれないけれど」
「けれど?」
「俺たちに払うより大枚、会社は払うことになる。だから俺たちがいる。OK?」
「ぁ、はい」
「俺たちの部署ってそんなもん。プロもいない代わりにそこそこ売れる。そこが強み」
「まあ、そうですよね……」
素人軍団と言われてしまえばそれまでだが、大手ではない強みでもあると言えるから別に異論はない。ないし、今さら違う部署に行けと言われても人事移動じゃない限り自分から移動する気にはなれなかった。
相手側との都合からか、コンペの結果は数日経っても出ていなかった。しかしそればかりにかまけているわけにもいかないので他の仕事も積極的にやるし、試作品の部署にも出向いて意見交換したりしていた。
食品は数年経つと入れ替えが始まる。それはよほど売れ筋の商品じゃない限りすべての商品に言えるわけで。だからこの部署内はいつも新商品作りに追われているのだった。
「冬のカップラーメン。こっちは縦型。ノンフライの細麺。決め手は待ち時間一分半。と言うか九十秒」
「えっ、三分じゃないの?」
相手の名前は入野紋太(いりの もんた)。こちらも同期で入った顔見知りだ。顔は可愛いのだが、それだけじゃないのがこの男で。酒は異様に強いし、細身でか弱く見えるのに何だか力持ちだし。とにかく見た目とのギャップにやられる男だった。今はこの部屋にいる手前白衣を着ているし、マスクも帽子もしているから分かりにくいが、顔はアイドル級だった。
「細麺だからね。この時間で十分。俺としては、コレ今期の一押し」
「名前は?」
「決めてないよ? 今の名称はJu20」
「Ju20?」
「今月20作目ってこと」
「ああ。七月だからJuってこと?」
「そうそう」
「そうなんだ。毎月君だけでそんなに作ってるんだ」
「全部が商品になるわけじゃないってのは、分かってるんだけどね。その中でもいい物が見つかればそれでいいじゃん?」
「まあ。まあそうなんだけどね」
「ぁ、アレどうなった?」
「アレ?」
「ほら、テレビと共同で作るって言うヤツ」
「まだ連絡ない。二つ味あったよね。どっちになったのかな……」
「毎年作って何回目かだけど、ちゃんと売れちゃうからね。評判いいんだね」
「ああ、やっぱテレビ番組ってだけで目を引くしな」
「番組ロゴは絶対だし、キャラクターも入れなきゃだし、要素多過ぎだろ?」
「でもまあ毎度のことだし」
「毎度だから今年はコンペになったんだろうが。それ分かってるのか?」
「ん?」
「お前、これで負けたらこれまでの努力が水の泡ってこと」
「そ……れはしょうがないんじゃないのか? あくまでもコンペはコンペなんだし」
「あー。そういうお人好しな考え、止したほうがいいかもよ?」
「なに?」
「俺、食堂で誰かが話してるの聞いたんだけど。ウチの商品、昨今売れ売れでもないわけじゃん?」
「うんまぁ。でもそれはどこでも同じだろ?」
「それはそうだけど、今までもそうだったからこれからもそうって限らないだろ?」
「まあ……。でもそれが何だって言うんだよ」
もっとはっきり言えよ。と肘で突くと入野が仕方ないなぁ……と言った表情でとっておきの言葉を吐き出した。
「統合するかもよ、みたいな」
「……どこと、どこが?」
「『何が?』って俺も思ったわけよ。で、考えた。あんまり動いてない部署。それ、お前らじゃん」
「え、俺ら?」
「てか、進物のほうが深刻かなと俺は考えるわけよ。お前らはまだこうして入れ替え商品のニーズがあるけど、進物ってそんなに毎年パッケージ変えるわけでもないし、そうなるとそんなに需要だってあるのかなって」
「で?」
「統合」
「統合……」
ああ。パッケージ課がひとつにまとまるのか……と思っていたら、ことはそう単純なことではないらしい。
「お前はもうちょっと考えたほうがいいぞ」
「だから何をだよ。別に一緒になったって支障ないだろ?」
「思わないのか?」
「何を?」
「リストラ」
「えっ?」
「人数そんなにいらないだろ。ポンコツから干されるか部署移動。あくまでも部署移動は俺の考えだから。運が良ければ移動なだけで、たぶん処理される」
「処理……」
「だから今回のコンペは案外重要なのかもよってこと。あくまでも俺が見聞きした話を膨らませただけだから、実際にはどうなのかは分からないけど、この会社の未来を考えるなら上はそんなこと考えてるんじゃないのかなと思って」
「……もしこのコンペ負けたら俺、どうなると思う?」
「将来的には干されるかもね」
「干される……」
「もっと周りを注意深く見たほうがいいよ。今の内に移動希望するとかさ」
「どこに……?」
「一番すぐに了承されるのは営業だろうね。新規開拓って難しいじゃん? みんなすぐ辞めちゃってるって聞くし」
「そんなところで俺がやっていけると思ってるのかよ」
「いけるかどうかは別問題。部署移動ってことで考えたらソコなら簡単にOKもらえるよってこと」
「俺さ、今までと畑違いなところに行くの考えたことないんだけど」
「だったら言われるまで今のところにいればいいじゃん」
「お前って薄情なのな」
「何言ってんだ。ちゃんと事前に教えてやってるって言うのに」
「はい。その辺でいいかな」
「課長」
「不確かなことからそこまで推察できるのは入野君偉い。だけど相手を不安にさせるようなことは言わなくてもいいと思うよ」
「だってですね……」
「心配なのはわかるけど、まずは今回のコンペの結果を待とうよ」
「……はい」
「それに西野君も。入野君の言うことマトモに聞かなくていいからね。あくまでも推察。話半分で聞いておかなくちゃ駄目だよ」
「ぁ、はぃ」
「課長は何か聞いてないんですか? パッケージ部統合、とか」
「僕はそういう話は聞いてないかな」
「そっか……。でもあり得ますよね?」
「うーーん。百パーセントないとも言えないけど、やっぱり話半分かな。だって今はパッケージ部のパの字も出てないだろ?」
「まあ、そうですけど」
「じゃ、話はこれでおしまい。仕事しようね」
ポンポンっと肩を叩かれて回れ右させられる。紀律は部署に帰れと言う意味だ。
時間潰しにしては有意義だったのか否か。入野の話を聞いてドッと疲れが溜まった気分で部署に戻ることになった紀律だった。
〇
「お、帰って来た」
「何かあったんですか?」
部署に帰って行くと先輩たちが来い来いと手招きする。
「発表来たぞ」
「ぇ、早いですね。もっと遅いかと思ってた。で、どっちなんですか?」
「今から開けるところだ」
「どうなったかな……」
ゆっくりと茶封筒から紙を引き抜くとそれを広げる。中には『今年度共同販売のカップ麺は塩味。パッケージは進物部門その①に決定』と明記してあった。
「ぇっ……あっち?」
そうなると番組ロゴは変わらないがキャラクターのイラストタッチが変わってくる。それでもそっちの方が採用されたのは、やはり一新させたいからだろうかと思ってしまった。
「どうする……」
「何がです?」
「あっちに取られた」
「まあ……そうですけど」
「ってことは、たぶん次も取られる」
「そうなんですか?」
「まあな……。少なくとも二、三年はあっちだろうな」
「あ、あの。でも他の案件もあるし……」
そんなにそこまで重要なことではないんじゃないかと思いながら先輩たちを見る。
しかし先輩たちは紀律よりも不安そうな困惑した顔で小声で話していた。それを見て初めて、これは思ったよりも大事なんじゃないかと思えた。
「そんなに一大事なことなんですか?」
「決まってるだろ。本当なら俺らが担当する案件取られたんだぞ!?」
「そしたら俺らいらないってことになりかねないじゃないかっ」
「そ、れは……」 そうかもしれないけど……。
「他の案件で巻き返し出来そうなものはあるのか?」
「まぁ。定例のパッケージ変えで定番製品は抑えられますが……」
「新商品まで取られたら俺らの立場はないも同然だからな」
「そっか……」
ひとつ案件取られただけでそんなに慌てなきゃいけない事態だったなんて……。
迂闊だったな……と実感した紀律だった。
これからはもっと着実に……などと先輩たちが言い合っている間に携帯のバイブが鳴った。
「んっ?」
携帯を取り出して確かめてみると作磨から連絡が来ていた。
『今夜会えないかな』
「ぇっ……?」
今までそんなこと言われたこともないのに急に……。と言うか、コンペで会うまでは連絡先さえ知らなかったのだから仕方ないと言えば仕方ないが、結果が露わになると躊躇もしてしまう。
「いったいどこで、だろう……」と画面を見つめていると、また連絡が来た。
『俺、車だからK工場の近くまで行くけど、どう』
まあ何か用事があるわけじゃないし、そっちが選ばれたのだからお祝いでも言ってやろうかと『いいよ。じゃあ定時で終わったら近くの喫茶店Rで待ってるから』と返事をすると嬉しそうな絵のスタンプが返ってきて笑顔になる。でも紀律の周りでは先輩たちがまだ右往左往していたのだった。
〇
本当はファミレスみたいなチェーン店でも良かったのだが、何となくこっちのほうがいいのかな……と今喫茶店にいる。
軽く食事でもしてしまおうとサンドイッチとコーヒーを頼んで来るのを待っていると早々に作磨が店内に入ってきた。
「早っ」
こっちこっちと手を上げるとそれに気づいた彼が歩み寄って来る。
「お待たせ」
「早くないか?」
「ぁ、何頼んだ?」
「サンドイッチとホット」
「じゃあ俺も同じの頼もうっと。すみませんっ」
ウエイトレスを捕まえると同じ物を頼んでおしぼりに手を付ける。
「N工場からだと急いでもこんな時間に来れないだろう?」
「そんなことないさ。ちょっと小細工すればこの位の時間には余裕で来れる」
「小細工ってなんだよ」
「それは秘密。それよりさ、結果出たな」
「ああ。おめでとう。そっちが選ばれたな」
「しかも俺の出した案よ。先輩のじゃなくて俺の」
「それは余計に嬉しいよな。おめでとう」
「ありがとう」
おしぼりで顔まで拭きながら笑顔で答えてくる相手を見てしまうと、とてもじゃないが妬みとか僻みとかは沸いてこなかった。素直におめでとうと言う気持ちでいっぱいだったのだ。
「今回そっちが出したのってお前と先輩の?」
「そうだけど?」
「どっちがどっち出した?」
「ぁ、俺が塩味。先輩が豚骨ベースのハテナ味かな」
「ああ、やっぱり?」
「やっぱり?」
「俺らまだまだ上がいる身じゃん?」
だから複雑な味のほうは先輩たちに取られてしまうのがちょっと納得いかなかったが、結果オーライなので良しとすると言う内容だった。
「で、何で突然会いたいとか言ってくるんだよ」
「ああ。それは俺の中で決めていたことがクリアしたから」
「クリア?」
「そう。少なくとも俺が一社員としてちゃんと認められてから口にしたかった言葉があるんだ」
それは何だろう……と首を傾げると、きちんとおしぼりを定位置に戻して彼が座り直した。
「付き合ってくださいっ」
「…………はっ?」
「ぁ、もっときちんとか。ぁっと……。初めて会った時から好きでしたっ。付き合ってくださいっ」
「ぇ……嫌ですけど」
「ぇ」
「だいたい俺たち性別一緒だし、お前可愛い女子でもないじゃん。だから俺的に無理ですっ」
「ぇぇぇっ…………」
マジか……。と頭を抱えながらも、どうにかしたい気持ちがアリアリと分かる。
「お前さ、イケメンだけど馬鹿だろ」
「バカ!?」
「だってソレ今突然言うのもアホだし、そんな素振り今まで感じたこともないじゃん」
「そんなこと言ったって。こういう大仕事のひとつでも手に入れてからじゃないと、言うに言えないじゃないかっ」
「いや、そんなことないと思うけど? それにそれは俺に言うべき言葉じゃないだろ。俺、お前に負けた身なんだぜ?」
「そりゃそうだけど……」
それでもどうしても言いたかったんだと拳を握りしめる。
「おいおい、それでパンチとか勘弁してくれよ?」
「お前こそ俺のこと言えないと思うぞ」
「何が?」
「俺さ、言ったじゃん。覚えてるか?」
「?」
「研修の最終日。またなって」
「ああ、言ったかな……」
でもそれは普通に普通の会話でしかないと思ったし、普通に普通の会話だったからすっかり忘れていると言ってもいい。
運ばれてきたサンドイッチとコーヒーに手を伸ばしながら悠長に構えていると、「だからさぁ」と不服そうに突っ込まれた。
「またなってことは、俺はまた会いたいってことで。俺はあの時からずっとお前のこと忘れられなかったんだ」
「……いいか君竹作磨。あれから何年経ってると思ってるんだ」
「一年半ですけど?」
「そっか……」
そのくらいしか経ってないのか……。もう二年位は絶対経っているだろうと思っていた紀律だが、その返事を聞いてちょっと怯む。
「いやいや。コンペで会ったのだって偶然だし、別に俺はお前と会って話したいとか思ったこと一度もないし」
「俺は違うよ。最後に会ってからいつ会えるだろう、いつ言えるだろうと日々滾々と思ってた。ぁ、でもストーカーとかしてないから。ただの妄想だから」
「ストーカーされても困るけど、妄想ってのもな……」
しかしそんなに長い間一途に思っていることだけは「偉い」とか思ってしまった。
いかんっ。そんなことで絆されるとか無しだから!
向かい合って軽食を取っていると食べている間は会話よりも食事に集中する。粗方食べてしまうとまた会話タイムになってしまってどうするかな……と戸惑いが紀律の中に生まれた。
「軽く食事したし、お祝いの焼肉とか行くか?」
「うーーん。俺はもう帰るかな」
「ぇ、お祝いしてくれるって言ったじゃん!」
「え、言ってないし。会えるかなって言われたからいいよって言っただけだ」
「だったらお祝いしてくれよ」
「ぁ、おめでとう。これでいいんじゃないか?」
「それ、随分と適当だけど」
分かってる? と不服そうな顔で真正面から見つめてくる作磨に思わずドキッとしながら身を引っ込めてしまった紀律だが、それを見た作磨はちょっと驚いて目をパチリと瞬きさせるとクスッと笑った。
「あのさ。もしかして俺が告白したから警戒してる?」
「はっ?」
「俺、相手が「いいよ」とも言ってないのに何かするとかないから」
安心して、と目を細められる。
「いや。そういう意味じゃないんだけど……」とモゴモゴが止まらない俺に、作磨はもう一度誘ってきた。
「お願いします。俺、こういうの言い慣れてないんだからさ。もう少し優しくしてくれよ」
「ぅ、うーん……」
〇
で、結局。紀律は彼の車に乗り込むと市内の焼肉屋にいた。
「ここは来たことある?」
「ない。初めてだ」
「じゃあお勧めコースでいっか」
「だいたい俺、焼き肉屋とか来ないから」
「そんなに外食とかしない派?」
「と言うよりも、残業して帰るともうヘトヘトしてるからな……。まあカツ丼とか蕎麦とかうどんとか、駅前でサッと食べて終わるのが多い」
「ああ、そうか。電車だっけ」
「いつもはな。そっちは? 行き慣れてる派なのか?」
「いや。俺の方も残業ばっかでコンビニ寄って終わりってのが多い」
「でもそっちはそんなに残業多いようには思えないんだけどな」
「あ、それ偏見。俺ら進物とかしか扱ってないように思われてるのかもだけど違うからな」
「ん? 何か他にもやってたかな」
「俺ら現場から単発商品とかもちゃんと回ってきてるし」
「えっ!? そうなの?」
「そう」
進物はパッケージの外面から全面的にリニューアルすることも結構あるので、一商品形にするのにも時間がかかる。だが一般商品よりも品数は少ないので割り当てられている社員も少なかった。
「そっちは今どんなことしてるんだ?」
「今?」
「てか普段、か」
「あー。普段は商品ルーティーンみたいなものだよな」
「ルーティーン?」
「ああ。商品って何年かに一度見た目とかリニューアルするだろ?」
「ああ」
「ウチ一般商品多いから、それやってるだけでも回ってるって感じだな」
「それに加えて新商品のパッケージもやってるわけだよな」
「まあそうだけど、部署もそれなりに人数いるし割り振りはうまく行ってるんじゃないのかな」
「ふーん。まあ最初からこっちよりは人数多いからな」
食事をしながらそんな情報交換をすると改めて「おめでとう」を言う。
「うん。ありがとう。とりあえず嬉しいかな。で、今回の商品は何年もそっちが担当してただろ? この後どんな感じだろう」
「どんな感じって?」
「これには外部のクライアントとかあるわけじゃん。相手は威圧的とか放牧タイプとか事前に分かるとやり易い」
「あーー。それ俺の担当じゃないからはっきりとは分からないな」
「そっか……」
「去年の担当にそれとなく聞いてみようか?」
「そうしてくれると助かる!」
もしかしたらこれが本当の狙いだったのかな? と思うほどのホッと仕方にクスっと笑ってしまう。
「なになに」
「いや。お前でもそんなこと気にするんだなと思って」
「そりゃ気にするだろ。こっちは外部のクライアントなんて初めてなんだから」
「ああそうか……」
「ああ。今まで社内案件ばっかだったからな。先輩たちもそんなに経験ないし、採用されたのは俺の出した案だし」
「分かった分かった」
「なるべく事前に知れる物は知っておきたいわけよ」
「分かったって」
だからもう黙れと制して肉を口に入れる。
「こんなところホント久しぶりだな。肉も旨いし、また来たいな」
「だったら俺と来ようよ」
「……いいけど」
「ぇ、俺変なことしないよ?」
「うんまあ」 そこは信じるしかない。でも戸惑うことは多い。
「……」
「お前ってさ……」
「ぁ、好きだよ?」
「ぇ、何が?」
「お前が」
「…………」
「そういう時はサービスで「俺も」とか言ってくれよ」
「嫌だよ。言うとその通りになりそうだもん」
「ちぇっ」
そのくらいいいじゃんかよ……とブツブツ言い出す相手に、ちょっと微笑む。
「そんな急に好きになんて、なれないだろ。会うのだって久しぶりだって言うのに」
「だったらこれからはもっと会おう。てか会いたいな。もっと俺のこと知ってもらいたいから、まずは友達からでもいいからちゃんと向き合ってくれよ」
「向き合ってるだろ?」
「いや。逃げようとしてる。俺にはそう見える」
フンッと鼻を鳴らされると「ごめん」と謝るしかない。
「あのさ……。正直俺、まだホント受け止めきれてないって言うか……」
「いいって。ただ俺の気持ちは分かっておいてくれ」
「ぅ、うん……」
とても複雑な気持ちだったが、相手の気持ちまで否定出来はしない。
流れで来てしまった焼き肉屋だが、今回はお祝い目的なので楽しもうとも思った。
「お祝いだから俺が払うよ」と言い出したのは、もちろん紀律のほうだ。
「ぇ、ホントに? やった! ラッキー!」と口にしたのは、もちろん作磨のほうで、食べるだけ食べると会計して家に帰ることになる。
家に帰るには最寄りの駅まで行かなくてはならなくて、そこに行くまでにはここは結構遠い場所にあった。
「じゃあ送って行くわ」と作磨が言うのでお願いするのだが、家に向かって走り出したところで気が付いた。
「ぁ、やっぱ駅まででいい」
「ぇ、俺送り狼にはならないよ?」
「いや、あーー。うん」
「じゃあ、いつも降りてる駅まで送らせて」
「分かった」
言葉通り降りる駅まで送ってもらって車を降りる。
「わざわざ送ってくれてありがとな」
「こちらこそ、焼肉ご馳走様でした。また連絡していい?」
「いいけど」
「じゃ、また」
こうして二人の仲は始まった。一抹の不安と共に。
〇
それ以降作磨からの連絡は結構頻繁になっていた。
それと言うのもやっぱり自分の案が採用されたからで、紀律を通して色々尋ねてくるのだが紀律には口実なんだろうな……と思えていた。
「休憩行った?」
「いや、まだだから……一緒に行く?」
「うん。そのつもりで誘いに来た」
試作室から来た入野と一緒に休憩を取りに自販機のある場所に歩く。
「あれ、どうなった?」
「あれって?」
「ほら、例のコンペの。あっちが選ばれたまでは耳にしてるんだけど、それからどうなってる?」
「いや、別に。俺のほうはもう終わったことなんで、次の案件に入ってるんだけど?」
「進物の君竹作磨から連絡入ってるって聞いてるけど?」
「ああ」
「あいつ、同期の中でも随分浮いた存在だったからな」
「浮いた存在?」 そうだっけ? と首を傾げると入野が「分かれよ!」と肘でどついてきた。
「痛っ」
「イケメン過ぎて浮いてたろ。女子がはしゃいでコソコソ言ってたりさ」
「ぇ、そうだっけ」 確かにイケメンであるのは認めるけど……。
どうやら入野にはそういう印象があるらしい。自販機まで来ると好きな飲み物を買って休憩室に向かう。
「君竹ってどう」
「どうって?」
「何か聞きたいことあるから連絡してきてるんだろ?」
「ああまあ。……今回採用されたのってあいつの出した案なんだって。進物のほうってあんまり外部との接触ってないらしいから、クライアント情報って言うかな。相手はどんな人、とか事前に知っておきたいってのもあるらしい」
「でもそれお前の仕事?」
「いや正式には違うかもだけど、繋げられるのって俺しかいないじゃん。それくらいやってやってもいいだろ?」
「そりゃそうだけど」
何だか納得いかないような顔をしながら手にしたジュースを傾ける。
「……」 入野ってあいつのこと嫌いだっけ?
「あいつには気を付けたほうがいいよ」
「え、何に気を付けるって?」
「いい噂聞かない」
「初耳だな」
「俺も最近まで知らなかったんだけど、あいつのいるN工場からの情報で」
そこから黙り込んでしまったので、今度は紀律のほうがコツンッと肘で相手をつついた。
「早く言え」
「女の子、何人も食ってるらしい」
「え?」
「食事に誘ってその流れで」
「えっ」
「何人も泣いてるって」
「えっ」
そんな馬鹿な……と思っていると「そんなのと一緒にされるのは心外だから、あんまり関わるな」と言われてしまった。
「そんなこと言われても……」
そもそも彼がそんなことするだろうか……と疑問符がいっぱい出てくる。
「何かの間違いじゃ……」
「だといいな」
「……」
これ以上聞いても何も出てこないのかな……と判断すると自分もジュースを傾ける。
「そっちはどうなの?」
「何が?」
「いつも人の噂ばっか話してるけど」
「んだよ。迷惑かよ」
「じゃなくて。何か入野にも色恋とかないのかな……と思って」
「……うん、まあ。まぁ、俺のことはまぁ……いいとして、だ」
「ん?」
ちょっと照れ臭そうにするのを見て、「これはっ!」と気づいてしまう。
「誰? 何、付き合ってんの?」
「ぇ、俺何も言ってないけど」
「言ってるじゃん」
「俺は何も言ってないよ」
「えええ……」
最後までそれで押し通されてしまい聞くに聞けないまま休憩は終わった。
こいつ絶対何か隠してるじゃん。
チャンスを見つけてまた聞いてみなければと思った紀律だった。
●
「映画行こうよ。アクション映画とか好き?」
「映画か……。映画館って久しぶりだな」
「じゃ、出発と言うことで」
休日。LINEで再三会いたいコールを送ってきた作磨に渋々ながらも付き合って外に出かける。
「俺さ、帰りに何か買って帰りたいんだけど」
「何。何かって」
「ああ、食料」
「コンビニとかで済まさないの?」
「たまには寄るけど、だいたいスーパー。同じ物でも値段随分違うから、よほどじゃなければ事前に買っておくのがベストだと思ってる」
「ああ、そういう」
「俺は庶民だからな。わざわざ高い買い物はしない」
「それはいい考えだと思う。分かった。どこかリクエストはある?」
「今日は車があるからどこでもいいよ。そっちの行きたいところで」
「了解」
作磨のリクエスト通りアクション映画を観て、そのついでに近くのスーパーで次の休みまでの足りない食品を買う。
スーパーの中を籠片手に歩いていると横にいる作磨が嬉しそうな顔をしているのに気づいた。
「なに」
チラリとそちらを見て聞いてみる。
「いや。いい感じだなと思って」
「何が?」
「二人で買い物って」と言われて何も言えなくなった。
「……」
「ごめん。気にしないで」
「そうしたいよ」
「ごめん」
妄想するのがいけない訳じゃない。ただその期待に自分は応えられないぞ、と思うとちょっと気が重くなるだけだ。
「コンペの商品はどう」
「何か。採用されたのが去年と違ったってのは、あっちも去年とは違う人になったからみたいってのは分かった」
「ああそう」
「だから今、お互い色々模索中ってところだな」
「そうなんだ……。じゃあもうこっちに聞いてくることもないね。頑張って」
「いや。また何か聞くこときっとあると思うから、ちゃんと対応してくれよ?」
「……いいけど。あまり役に立たないんじゃないかな」
「そんなことないだろ。人は変わっても同じ会社なんだし」
「だといいね」
「……そんなこと言うなよ」
「一般論だよ。人が変わればやり方も変わるだろうし、展開の仕方も変わってくると思うし」
紀律は棚にあるフレークを手に取ると自分の籠に入れて次の食品を探し出した。
「発売日に変更はあるのかな」
「番組内の商品だから時期に変更はないと思うよ」
「だったら後は中身との調整だね。どっちももう半分以上は決まってるだろうから、順調に行けば来月中にはup?」
「うんまあ。ぁ、あ……そしたらさ、あのっ……正式に付き合って……くれないかな」
「嫌ですけど」
「では今まで通り友達で……いい?」
「うん。友達なら」
「お願いします」
堂々巡りになると分かっていても言ってくる。もしかしてこれは軽い洗脳だろうか……とか思ってしまうくらいだ。とてつもなく悪いという気はしないが、いい気もしない。ただ、関心持たれてるなと言う把握の回数が増えたという感じだった。
「ぁ、そういえば」
「なに?」
「俺に告白してるのに、何で同じ工場の女子食ってんの?」
「はっ!?」
「噂がこっちまで来てるんだけど」
「ぇ、俺そんなことしてないし!」
「うん。別にいいよ。気にしてないからっ」
「いや。ちょっと待てよ。それ、本当に俺か?」
「君竹作磨ってお前しかいないだろ?」
「そりゃそうだけど……」
「素直に女子と付き合えばいいじゃん。俺は気にしてないから」
「気にしてないって……。誰に聞いたか知らないけど、俺はそんなことしてないし、これからもするつもりはないよ」
「うん。分かった」
「信用してないだろう」
「……」
「俺が違うって言ってんだから信じてくれないと……ここでキスするぞ」
「えっ!? それは、ちょっと困るっ」
「だったらちゃんと俺を信じて」
「ぅ、うん分かった……」
気合に押されたと言おうか。こんな所でキスされても困るので、とりあえずその話はもうやめようと思った。
手早く買い物をすると店を出て地元の駅まで送ってもらうと分かれるのだが、紀律は彼の口にした「キスするぞ」と言う言葉にドキドキして別れるまでとても口数が少なくなっていた。
「悪かったよ」
「何が?」
「キスするなんて言って」
「……」
「ぁ、でもそれは妄想だから。全然気にしないでいいし……。これからも誘っていいかな」
「ぅ……うん……」
「じゃ」
「うん」
何だかギクシャクしたまま彼と別れた。
これから先、彼とうまくやっていけるかどうか怪しい。ヘタに顔がいいだけに迫られるとドキドキが止まらなくなる。
「別に好きってわけじゃないんだけど」
タイトル「お前は恋人って言うけどさ」試読 終わり
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