1 / 1
桜の上で輝く星に
パフェを食べた後、二人は手を繋いだまま近くの堤防まで歩いてきた。土が盛られた堤防の上に上ると、桜の木が川の果てまで植わっている。わああ、と感嘆の声を上げて、リュートはティルに言った。
「ねえ!すごい!」
「そうだな。ってか来たことねーのか?」
「ない、かな」
少し言い澱んで、リュートは小さく微笑む。
お花見自体はしている。家の庭に大きな桜の木があって、毎年親と、ノアと一緒にお花見をする。母手製のサンドイッチ、卵焼き、おにぎり、から揚げ……ずらりと並べて頂くのが、アルトフェルト家の恒例だ。
それ以外にわざわざ一家揃って花見に行くことはない。母親の外見も相まって目立つし、リュートは友達もいないから、そういった人と見に行くこともない。車で通ったり、自転車で通ったり、そんなことはあるかもしれないが、わざわざ堤防に上って誰かと見ると言うことは、今日が初めて。
そんなリュートの様子を察したかのように、ティルがぐっと肩に手を回して、自分の方にリュートを引き寄せる。きょとんと彼を見上げれば、にっと明るく笑ったティルがいた。
「お前の初めてを貰えるなんて、光栄だな」
「大袈裟な」
「もう17年経ってるし、お互いの初めてで貰えるもんなんて少ないだろ」
「……そうかなぁ?」
肩を抱かれたまま、二人でゆっくり歩き出す。満開の桜は少し散り始めていて、ひらひらと桜の花びらが空気を含んで踊っていた。陽射しの中をきらきらと踊る姿は、なるほど。春の妖精と、言えるかもしれない。
ぽーっとそれを眺めていたリュートは、ふと視線に気付いてティルの方を向く。
「どうかした?」
「いや……その」
歯切れの悪い様子に、首を傾げてティルの言葉を待っていると、
「……綺麗だな。マジで」
と、彼は言った。リュートは微笑んで、応える。
「そうだね。来られてよかった。もう散り始めているし、明日は雨だし。今日が最後だったかも」
そう言うと、何故か横から深刻そうな溜息が聞こえてきた。何で?
「……俺も、何言ってんだろうなとは思ってんだよ」
「急に何?」
「でもよ……そう、思っちまったんだ。何でだろうな」
「さあ……何の話かわからないけど」
どうも噛み合わない会話をしている気がする。だがティルが何を言いたいのかやっぱりよくわからなくて。
「ティル、どうしたの?」
と、尋ねてみる。
ティルは、いや……と、小さく言って、もう一度、肩を抱く手に力を入れた。ぎゅっとティルに寄って、ふと、彼の付けている香水が、柔く伝わってくる。何の香水を使っているんだろう。
「何でもねーよ。気にすんな、というか、気にしないでくれ。俺にもよくわかんねぇんだ」
「はあ」
よくわからないなら仕方がない。追及する程のことでもないし、リュートも気にするのをやめる。
延々続く桜並木を、ぶらぶらと歩く。途中、何人かの花見客とすれ違うが、どの人も桜と自身の連れに夢中で、誰が横を通って行ったかなんて気にしていない。ここって、そうか。デートスポットなんだ、と今更リュートは気付いた。
「カップル、多いね」
「そうかもな。男同士で来るとこじゃねぇのかも」
「でも俺たちもカップルみたいなものでしょ?」
「はあ!?何、言って」
ティルが珍しく動揺した声を上げる。それを不思議そうに見て、リュートは言った。
「友達同士だし。ずっと肩抱いてるし。きっとそう見えてるよ」
「いやそうかもしれんが……お前はそう見られるの、その……」
段々消えていく言葉。どこか自信なさげに彷徨う視線。ティルは本当に、何を気にしているのだろうか。
「その、何?」
言葉の先を促すと、ティルは立ち止まって、するりと腕を肩から離し、じっとリュートを見つめる。そして、小さく息を吐いてから、意を決したように、言った。
「カップルみたいに見られるの、嫌じゃねぇの?」
ぱちくりと瞼を動かし、リュートは少し考える。
ティルとカップルに見られて嫌じゃないのか?と言う話だ。嫌かと聞かれれば嫌じゃない。ただまあ、事実誤認ではある。そう見えるだけで、実際はそうではない。友達だから。
友達なのに、恋人同士に思われるのか。と考えて、友達と恋人の境界がどこにあるのか、と思う。
親密な身体接触を繰り返すこと?お互いに心が通じ合うこと?
よくわからない。でもティルは恋人ではなくて、友達なのだ。リュートにとって、かけがえのない人。肩を抱かれても嫌じゃなかった。寧ろ嬉しかった――もっと、触れて欲しいと。
(……何を考えてるんだ、俺は)
ティルがリュートの言葉を待っている。ふっと微笑んで、リュートは言った。
「嫌じゃないよ。どんなふうに見られたって、ティルは俺の友達だもの」
「友達……」
「そう。ティルがダチって言ってくれたから」
「……だよな。俺が、そう言ったんだよな」
どこか、言い聞かせるような声。ティル、と声をかけると、小さく首を横に振ってから、ティルもいつもの明るい笑顔を浮かべた。
「周りがどう見ようと、関係ないか」
「そう思うよ。そう見えても、見えなくても。大事な友達」
「ああ。だよな、うん。友達だしな」
どうやら納得いったらしい。少しすっきりしたように笑って、ティルがリュートの頭にぽん、と手を置いた。
ふと見上げると、ティルの前髪の少し上あたりに花びらが一枚、乗っていた。可愛らしいな、と思いつつ、リュートはティルに言った。
「頭に花びら乗ってるよ」
「マジか。どの辺だ?」
わしゃわしゃと頭を触るが、なかなか取れない。何なら短い髪の毛に巻き込まれて余計に取りづらくなっていく。
仕方がない。
「取ってあげる」
「え――」
ひょい、と背伸びをして、ティルの胸を借りて手で支えて、そっとティルの頭から花びらを取り除く。
「取れた――」
そう言ったすぐ目の前に、ティルの顔があって。息遣いすら聞こえそうなその距離感に、心臓が跳ねる。心臓が跳ねる?何で?
ティルも、息を詰めてリュートのことを見ている。あれ、ティルって思ったより睫毛長いんだな、何て思っていたら、ずさっとティルが一歩後退った。
「と、取れたんだろ!?」
「うん」
「ならもういいよな!?」
「いいよ」
「あー……」
何故かその場で蹲ったティルが、深く深く、長く長く、息を吐く。
「俺……友達って言った側から……」
「どうしたの?」
屈んでティルに問いかけると、彼は疲れたように言った。
「何でもない……」
「そう?」
ティルの頭に乗っていた花びらを見る。それから鞄の中から生徒手帳を取り出して、挟む。
大事に持っておこう。
ともだちにシェアしよう!

