1 / 1
義兄弟の憂鬱*
リュートは、幼い頃にノイズシュタイン家に預けられた養子だ。両親が早くに他界し、天涯孤独となったのを、遠戚筋のノイズシュタイン当主が拾ってくれた。
ノイズシュタインには嫡男であるフェティル……ティルが既にいたにも関わらず、リュートの存在を家全体で明るく受け入れてくれたのは、今でも、心の底から、感謝している。
十分な教育環境でのびのびと勉強に励み、リュートは今や、ノイズシュタイン商会の経理の期待の星として仕事をしている。ありがたいことだ。何から何まで。
(ティルが、商会に就職したらいいって言ってくれたのも、嬉しかったな)
小さく口元を緩めて、リュートは思う。
首都の利便性の高い土地に建てられた高層マンション。そこがリュートの家だった。こんな贅沢はできないと言ったら、嫡男の俺と住むのだから問題ないと押し切られた。そう。ティルと同居している。
同居し始めて、知ったこともある。一番大きいのは、ティルの感情だろう。
彼は、リュートのことが好きらしい。仕草、動作、積み上げた証拠がそう告げている。
一番致命的だったのは、ティルがリュートの名を切なげに呼びつつ、自慰をしていた。夜中に目覚めて水を飲みに行こうと思って、それを見た。
不思議なことに、嫌だとは思わなかった。ずっと兄と慕ってきたのに裏切られたとも思わなかった。ただ――そのとき。部屋に入って、彼の横に座って、手伝えばよかった、と思った。
リュートも、ティルのことが好きだから。まだ、何も伝えられてはいないけれど。
小さい頃から、一つ年上の兄と慕ってきた、ティル。遊ぶときも、勉強するときも、何をするにも一緒だった。見た目のこともあって絡まれやすいリュートのことを、まるでヒーローのように救ってくれる彼に心を寄せ始めたのは、もういつのことかわからない。
「ただいま」
思索を中断する、玄関の扉が開く。帰ってきた!と思うなりソファから立ち上がり、待ちわびたと言わんばかりに飛び出す。
「ティル!」
「おう、リュート」
玄関で靴紐を解くティルの背中に抱き着く。ぴた、と一瞬彼の動きが止まって、それからどこかぎこちなく紐を解く作業を再開する。
「離れろ、仕事帰りで汗くさいから」
「やだ」
「やだじゃねーよ、ほら。風呂入らせろ」
「はーい」
渋々彼の背中から離れる。玄関ホールを抜けて立ち去ろうとするティルに、リュートは思わず告げていた。
「好きなんだもの、離れたくないよ」
瞬間、空気が凍った。
ティルは立ち止まって、何も言えずにいる。何で?俺のこと好きでしょ?喜んでくれないの?
「……兄弟だろ」
「義理のね」
「それでも兄弟は兄弟だ。聞かなかったことにしてやるから、お前も――」
ティルが言葉を失い、ぐっと手を握り込む。何かに耐えるように。その背中が今は遠く感じるが、言ってしまったのだ。もうぶつかるしかない。
「やだ。俺はちゃんと言った。ティルが好きだって」
「リュート!」
ティルが大声を出す。びく、と肩を震わせてから、負けじとリュートはティルに言う。
「俺、何も悪いこと言ってないから」
「……良い悪いの問題じゃねーんだよ。世間体ってもんがあるだろ。お前だってうちの商会の経理のホープだ。俺だって商会の跡取りだ。醜聞起こすわけにいかねぇだろ」
「俺たちが好き合ってることが醜聞になるの?」
「なるだろ。だって同性だぞ?」
リュートは、思わずむっとしていた。同性だからって何がいけないの。俺が好きになった人が、たまたま男だっただけなのに。
「……ちょっと来て」
「は?」
リュートは、ティルの手首を引っ掴んで、ずんずんと歩く。行先はリュートの寝室。
「ちょ……お前、何考えて」
ぐいっと手首を引っ張って、寝室のベッドの方にティルを寄せてから、ひょいと足払いをかけてベッドの上にティルを転がす。すかさず上に飛び乗って――ティルの力なら、そうしたってリュートのことを跳ねのけられるだろうに、そう、しなかった。
「俺、知ってるから」
「何を」
「ティルが、俺のこと考えて抜いてること」
「っ!」
「同じ家にいるんだもの。ちょっと無警戒だよ」
「……」
ティルが、溜息をつく。それからがしがしと頭に手を入れて、くそっ、と毒づいた。
「いいのか?本当に、大変なことになるぞ」
「なってから考えればいいよ」
「親父にも何言われるか」
「そのとき考えよう」
「お前そればっかりだな」
腹筋を使って、ティルが起き上がる。向かい合わせに座ると、ティルが言った。
「俺、お前がご両親と住んでたときから、気にしてた」
「え?」
両親と暮らしていたのは、もうずいぶん前だ。その頃って……ティルは小学校の低学年では?
「遠戚だから、正月とかに会うだろ?可愛い子がいるって、ずっと思ってた」
「……」
「お前を義兄弟として迎えたいって言ったのも、俺だ」
「ええ!?」
声がひっくり返る。てっきりノイズシュタインの当主が決めたものだと思っていたのだが、切欠はティルだった?衝撃の事実だった。
「親父に随分頼み込んで、聞いてもらえたときは本当に嬉しかった」
「そんな前から……?」
「後は……まあいいや。これからおいおい話す。先ずはこの据え膳、食っちまわないとな」
ぐいっと今度は逆に腕を引っ張られて、深く抱き締められる。汗のにおいなんてしない。いつものティルのにおいがする。
「俺が据え膳なの?」
「嫌か?」
ティルが言いながら服を脱いでいく。同年代よりも仕上がった逞しい上半身がそこにあった。
「ううん、ティルに食べられたい」
耳元でそう言うと、ティルの手が、服の裾から腰と背中を撫でる。弓なりに背筋を逸らして、ぞわりとした感触を逃がす。代わりに、どうしようもなく身体が熱い。
やかましい心臓の音。ティルを見つめると、橙の星が輝いた。
「ずっと、好きだった」
告白は、シンプルで。どうしようもなく直球で。リュートはふわっと微笑んで、短く応じた。
「……俺も。好き」
抱き締められたまま、ティルの首に頬擦りする。するとティルが、あー、とどこか切羽詰まった声を上げた。
「やっべ。わかるか?俺、今マジで滾ってる」
ぐいっと腰を押し付けられる。主張しているのが分かる。まあ、自分も同じだから。同じようにティルの腹に押し付けてやる。
「俺も。わかる?」
「わかる。エロい」
「もう」
鼻先を互いに押し当てる。呼吸を飲み込むように、唇を重ねた。最初は軽く、一旦少し離れて、互いの目を覗き込んで、そこにある欲を確認してから、深く。舌を差し出せば吸われて、距離がほんの少し縮む。絡めた舌から水の音がした。
はぁっと息を吐きながら離れる。離れがたいが、この先に進みたくて仕方がないのだ。
「どこ、触って欲しいんだ?」
「全部」
「お前欲張りなんだな」
わかったよ、と応じたティルが、先に頬に手の平を這わす。暖かい手の平の感触にうっとりと目を細めたと思ったら、首筋をすぅっと撫でられる。ひくっと身体が揺れて、身を捩る。横を向いて剥き出しになった耳を、ティルが食む。ぐちゃっと再び水の音がして、すぅっと息を詰める。耳殻を舌先でなぞられた瞬間。
「あっ」
思った以上に、どこから出しているのかわからない声が、した。ティルがリュートの顔を覗き込んで、
「可愛い」
と、言う。どこが?と問い直す暇もなく、もう一度耳を犯される。繰り返される舌の応酬に、下腹が堪らなく疼く。足をすり合わせてもどかしい感触を逃がそうとするが、無理だった。どんどん溜まっていく。
さらっと服を脱がされて、ティルの唇が、耳から首筋、鎖骨、胸に下りてくる。俺は女性じゃないから、そんなとこ何も、と思ってたのだが、舌で胸の中心を舐められたときに出てしまった甲高い悲鳴は、何も無いってことは無かったということを証明していて。
「あっ、ああ!?やっ、あ、ぅ……」
「可愛い。マジで可愛い。感じるんだよな?すげぇよ、俺だったら何も感じねぇもん」
ぎゅっと先端を摘ままれて、ひぁっ。っと鳴く。舐められ、摘ままれ、もう頭の中はどうにかなりそうだ。腹の下にはまだ爆弾を抱えているし。
「辛そうだな。触ろうか?」
「あ、おね、がい……っ」
涙目で懇願したら、また可愛いと言われた。今日で一生分の可愛いを聞くんじゃなかろうか。
一度離れたティルが、リュートの腰からベルトを引き抜いて、ズボンのファスナーを下ろす。待ちかねたように跳ねながら飛び出したのを気配で感じる。
「お前のって何気に立派だよな」
「ねえ、何言ってるの」
「いや……こんな可愛い生き物にこんな凶悪なもんぶら下がってると思うとな」
「嫌なの?」
「ギャップで俺の理性が死ぬ」
口を再び胸に寄せ、先端を含んだまま、情動でぬめるそれをティルがそっと握る。びく、と身体が大きく跳ねて、胸を吸われたのと同時に、ぬめるそこを撫でられる。駆けあがってくる射精感を堪えて、ぐっと唇を噛む。
「出せよ。見ててやるから」
「いっ……あ……はずか、しい」
「お前俺の自慰見たんだろうが。お互い様」
そいつの先端をぐるりと手の平で撫でまわされる。もうそれだけで気が狂いそうなのに、棒を扱かれ、先端をまた撫でまわされ、目の前がちかちかする。先程我慢したそれが、また、リュートの身体を駆け上がってくる。もう無理。だめ。我慢するのが馬鹿らしい。
「あっ、」
小さく漏らした声。どうしようもない解放感。ふー、と長く息を吐いて、リュートはゆっくりと身体を起こす。
「ごめ……汚した」
「いいよ、俺の手くらい」
「待って、ティッシュ取るから」
ベッドの脇に置いてあるティッシュの箱を気怠いまま持ってきて、数枚一気に出して、ティルの手の平を拭いて行く。
「お前だって腹にべったりついてんぞ。ズボンまで……洗う前に軽く濯いでおかねーと」
「うん、後でやっとく。それより俺は後でいいよ、ティルの手が……」
べたべたしてなかなか拭き取れないのを、何度かティッシュを消費して拭き取ると、今度はティルがリュートの腹についた精液を、ティッシュで拭き取っていく。それからズボンを引き抜いて、裸体を晒す。するとティルが身体を屈めて、リュートの腹を触りながら、ふと呟く。
「ついたままでもよかったかな……エロいし」
「ええ……」
「まあいいんだよ、それは。それよりも、いいか?本当に」
ティルが、リュートの尻から、穴に手を伸ばす。するっと撫でられると、収まったはずの火がまた点火する。こんな所で感じるなんて、誰も教えてくれない。ティルだけが、俺に教えてくれる。
「ん……」
もそっと動いて、サイドテーブルの中からローションを取り出す。ティルが死ぬ程驚いていて、リュートは笑ってしまった。
「おま……何でこんなもん」
「俺、一人でするとき後ろも使ってたから……ティルの自慰を見てから」
「……ええ?」
「嫌だった?」
「いや、思った以上に俺好みに育ってくれていて、兄は嬉しい」
頬にキスされる。こんな俺でも嫌がらないで喜んでくれるティルが、本当に愛おしい。大好き。
「使ってるなら、あんまり準備もいらねってことか?」
「……ティルに触ってもらいたいな」
「だからさ。可愛いわ。何言ってんだよ」
べたべたと自分の指をローションで濡らし、そっと穴に宛がう。ああ、早くしてほしい。また期待で勃ち上がったそれが先走りを滲ませる。
ずぷ、と太く、ごつごつした指の感触。
「あああっ!」
自分の細っこい指とは違う。圧迫感も、擦れる感触も、何もかも。びく、と何度か身体を痙攣させていると、ティルが言った。
「……ドライ?イったのか?」
「え……」
何を言われているのかよく分からず、蕩けた頭のまま音だけ返す。ティルが指を抜差しするたびに良い所に擦れて、何度も何度も身体を痙攣させる。ぐったりと弛緩して夢を見るようにぼんやりしていると、遠くの方でティルがエロくて死ねる、と呟いていた。
ずるっと指が去って行く。あ、だめ。まだ。口だけ小さく動かしていると、ベルトを引き抜く音と、ズボンを脱ぐ衣擦れの音がした。
代わりに次に宛がわれたのは、圧倒的な質量。ああ、あの夜遠目に見たそれが、俺の手の届く所にある。
「……幸せ」
「何言ってんだ。まだ入口だろうが」
どっちの話だろう。俺たちの関係?それともこのセックスの話?
「行くぞ」
ティルの低い声。もう我慢ならんと言外に滲ませて、先端がぬっと侵入してくる。
はっ、とリュートの口から短く呼吸が漏れた。指とは比較にならない。圧迫なんて生易しいものじゃない。こじ開け押し開け、蹂躙されている。
「っあ、てぃ、る」
「……っ、辛い、のか?止めるか?」
「いやっ……」
ティルの優しさが今だけは恨めしい。リュートは両手をティルに向かって伸ばした。
「きて」
「おまえっ、腹括れよっ……!」
ぐっとティルが腰を前に押し付けた。逃げ場のない圧力。はっ、はっ、と短く息を吐くことだけを繰り返す。痛い?違う。ただ受け止めるのに時間がいるだけ。
「……動くぞ」
「あ、いっ……」
何を言おうとしたのかなんてわからない。ただ、突かれる度に脳が揺れて、夢と現の間を彷徨う。気持ちい。きもちいい、ああ、どうしよう。俺はきっとこのまま溶けて消えるに違いない。
ティルがリュートの骨盤を両手で持ち上げ、角度を変え、再び腰を打ち付ける。ローションか何かのぐちゃっとした音がぱんぱんと打ち付ける音に混ざる。
「ああっ、あ、ああぅ、る、てぃるっ……!」
角度が変わって、先程指で擦られた所を今度はティル自身に擦られて、目尻に涙が浮かんだ。自分のそこは何度も気付けば達して腹にべったりと精液を付けているし、突かれたそこは気持ちよくて頭がおかしくなりそうだし。こんなに幸せでいいんだろうか。
「リュ―、ト……!行くぞ……!」
「あっああ、きてっ、ちょうだい、おねが……ぃ」
「っ!」
奥深くに押し付けるように押し込まれて、それがゆっくりと収まって行くのを、腹の中で感じていた。
風呂は一緒に入った。入ったら入ったで互いのそれを扱き合ってまたヤっているのだからもうどうしようもない。だって仕方がない。ずっと我慢してきた。隠してきた。抑圧から解放された後なんて、こんなもの。
風呂上りに二人並んでソファに座って、リュートはお茶を、ティルは酒を飲みながら話をする。これまで長らく寝室は別々にしてきたが、一緒にしようとティルが言いだした。
「いいけど、部屋どうするの?」
「大改造するしかねーだろ。若干俺の部屋の方が広いから、こっちにダブルベッド買って入れるか」
「もったいない……これだから金持ちの長男は」
「今までのベッド置いておく場所もねーだろ。このマンション広いけど」
今度出張買取にでも来てもらうか、なんてティルが言う。それを聞きながら、リュートはぽつりと零した。
「……父さんに、どうする?説明する?」
それに、どこかティルはあっけらかんと答えた。
「そうだな。黙っておくわけにもいかんだろうし、このうちに来ていきなりダブルベッド見せられるより、早めに話したほうがいいだろうな」
……何とかなるだろう。父もティルと同じで寛大だから。反対はされないはず。死ぬ程驚くだけで。
リュートは、ティルとの隙間を身体で埋める。ぴたりと寄り添って、彼の二の腕に頬擦りする。ティルが反対の手でリュートの頭を撫でる。気持ちいい。
「俺、またしたくなってきた」
「奇遇だね。俺もだよ」
顔を見合わせて笑う。付き合う前も、付き合った後も、どうしようもなく悩ましい、義兄弟の憂鬱である。
ともだちにシェアしよう!

