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第1話 落とす理由
今日見た中に、ひとりだけ、落とす理由を最後まで作れない男がいた。
朝倉澄。
二十四歳。
身長百七十八。
目立つ出演歴はない。
顔はいい。
ただ、売り方を間違えれば、ただのきれいな若手で終わる顔だった。
強く押し出すには、少し静かすぎる。
中心に置くには、まだ足場が弱い。
けれど、消えない。
写真で見る限り、印象は薄い。
控え室で見た本人も同じだった。
姿勢は悪くない。
受け答えも乱れない。
ただ、静かすぎる。
このままなら、落とす理由にも、拾う理由にもならない。
そう思った。
だが、台本を持たせると少し違った。
台詞を言い終えたあと。
相手の言葉を受ける数秒。
画面の端で、何もしていない時。
そこに、妙な間が残る。
何かを足しているわけではない。
声を張るわけでも、感情を作るわけでもない。
自分を大きく見せようともしない。
ただ、そこに立っている理由だけが、急に見える。
演じていない時より、演じている時の方が印象に残る。
妙な俳優だった。
弱いのではない。
扱いが難しい。
雑に置けば埋もれる。
正しい場所に置けば、場面の奥に残る。
響映の戦略室にいる人間の仕事は、才能を褒めることではない。
誰を、どこに置けば光るのか。
誰を、どこに置けば潰れるのか。
誰の隣なら残り、誰の前では消えるのか。
それを見て、値段のつく形にする。
朝倉澄は、中心に置いてもまだ弱い。
だが、強い光の隣に置けば、消えるのではなく余白になる。
そういう俳優は、少ない。
私は資料を閉じた。
二つに分けた資料の片方には、落選者の山ができていた。
もう片方のトレーは、最後まで空だった。
私は、朝倉澄の資料を手に取った。
採る理由はある。
ただし、強くはない。
落とす理由もある。
ただし、決定的ではない。
数秒、紙の上の名前を見る。
“朝倉 澄”
最後に、その資料を空のトレーへ置いた。
「白石さん、今回は彼だけですか」
三上が資料に目を落として言った。
「ああ」
私はモニターの電源を落とした。
「一度、現場に回して。……三上、ついてくれ」
「はい」
それ以上は言わなかった。
採用者用のトレーには、一枚の資料が置かれている。
それで終わりのはずだった。
だが、会議室を出ても、朝倉澄の顔はまだ消えなかった。
写真の顔ではない。
台詞を言い終えたあと、相手の言葉を聞いていた時の顔だった。
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