fujossyは18歳以上の方を対象とした、無料のBL作品投稿サイトです。
私は18歳以上です
かすてら先輩、いとおかし。 第1話 | @6e69032c0bcd09の小説 - BL小説・漫画投稿サイトfujossy[フジョッシー]
目次
かすてら先輩、いとおかし。
第1話
作者:
@6e69032c0bcd09
ビューワー設定
1 / 1
第1話
九重
(
ここのえ
)
先生の好きなところは、数学の先生みたいな見た目なのに古典を教えてるところ。 みんな知らないと思うけど四角いフレームの奥にしまわれた目は眼鏡を外すと意外に大きい。短く刈り込んだ髪は手入れされた芝生に負けないくらいつややかだ。素朴だが上品に整った面長の顔は大人らしい落ち着きと色気をたたえている。おまけに声まで美しく、教室の隅まで行き届く声で朗読する時など、僕はあまりの甘さにくらくらしてしまう。好きな人の声で聞く和歌は官能小説に等しい。 2年に上がってクラスの担任が九重先生だと発表された時、僕はどうして今までこんな人を見逃していたんだろうと思った。みんな九重先生を「ここのえならぬ、一重」とか呼んでたけど先生の一重は重要文化財だ。微笑むたびに柔和なアーチを描くさまは、慈悲深い仏にも似ている。自己紹介の時黒板に先生が書いた字はお習字のお稽古に昔から通っていたような品行方正な字で、僕はそこも気に入った。教師の中には、黒板にみみずみたいな字を書く思いやりのない人だっているんだから。 「花の色は 移りにけりな いたづらに わが身世にふる ながめせしまに。えーこれは小野小町の詠んだ和歌で…」 先生の授業はとても面白いのに大抵の生徒は居眠りするか、巧みに教科書で隠してスマホを触っている。先生はおそらく授業ごとに生徒よりもきっちり予習をしてきて、今日はここからここまでやるとしっかり計画を立てていると思う。そのくらい、先生の授業はよどみない。 僕は授業という限られた時間の中で先生に好印象を与えようとかたときも先生から目を離さない。先生が重要そうなことを言った時は、すかさずノートにシャーペンを走らせる。先生はぼんやりしているように見えて、生徒ひとりひとりをちゃんと見ている。一学期の成績表のひとこと欄に、「授業態度が非常に熱心」と書かれていたのを見た時、僕の心の中で桜が舞った。 チャイムが鳴るとさっきまで寝ていたのが嘘みたいに生徒たちが飛び起きる。みんなにとっては退屈な授業、僕にとっては至福の時間が終わり、先生は教室を優雅に後にする。名残惜しく感じながら背中を追っていると、先生が突然振り向いて言った。 「ああそうだ。今日の放課後のホームルームで、2学期の委員会を決めるからね。希望がある人は、考えておくように」 これが隣のクラスの熱血運動バカ教師、高橋先生なら「おーお前ら!やりたい委員会ったら考えとけよーガハハハ!」と言うのに先生は語尾が「ね」とか「ように」とか添えるのがお上品だ。 先生は特別な日にお出しされる和菓子みたいだ。 放課後のホームルームでは、委員会決めが難航した。 人気のある体育委員などはすぐ埋まったのに、最後まで美化委員が決まらなかった。みんな目を見合わせてひそひそと「だるくない?美化委員ってしょっちゅう活動あるらしいよ。草むしったり」と囁きあっている。 九重先生は困った顔で「誰か希望者いないか?」とみんなに向かってたずねた。 こういう時、「じゃあくじ引きで決めよう」と強引な選択肢を出さないところも好きだ。あくまで生徒主体、嫌がることはさせないしない、先生は高校教師をするには優しすぎる。 困った顔の先生は下がり眉が色っぽくて魅惑的だが、誰もやりたがらない美化委員のせいで教室には重たい沈黙が降りる。僕は心臓が喉から出そうだった。みんなの前で発言をして目立つのは苦手だ。でも困った顔の先生の、救世主になりたい。 「はい、あの、僕、やります」 ちゃんと先生の目に入るようにぴしっと勢いよく右手を挙げた。机の下に隠した左手は震えていたけれど、先生は僕を見てほっとしたように微笑んだ。その笑顔を見られただけでまるで天にも昇る気持ち、クラスから刺さる注目は少し痛いがこんなの先生の笑顔を得られるなら屁でもない。 「ありがとう、
周防
(
すおう
)
。では美化委員は周防に決定ということで」 ぱちぱちとまばらな拍手に祝福され、僕は美化委員になった。勇気を出した反動と、先生と短時間見つめ合った影響で心臓はどくどく脈打ち、頬は焼けるほど熱かった。 「周防!」 ホームルームの後、下駄箱に向かっていたら後ろから声をかけられた。この声は聞き間違えるはずもない、九重先生だ。 「はい、なんでしょう」 僕は喉から心臓が出てきませんようにと祈りながら先生の方を振り向く。窓から溢れる夕陽に照らされた先生は、まるで繊細な大和絵のよう。 「さっきはありがとう。美化委員は誰もやりたがらなかったから、立候補するのも勇気が要っただろう。おかげで助かりました。本当にありがとうね」 先生は最後に「気をつけて帰りなさいね」と優しく言うと、教室の方へ戻って行った。先生の姿が見えなくなるのを待ってから、僕は全速力で走り出し、誰もいないのを急いで見極めると階段横の空きスペースに突っ込んだ。息が整わない、身体中が煮えたぎるように熱い。先生と2人きりで話したこと、気品のある口調で僕を褒めてくれたこと、すべてが猛烈な喜びとなって喉の奥から迫り上がってくる。僕は両腕で自分を抑えながら、その場で小声で叫んだ。 「わっほほい!」 その時階段の上から僕の体に影が落ちた。上靴が廊下を擦った音がして、僕が恐る恐る見上げると、階段の手すりのところから誰かが覗き込んでいた。あれだけあった僕の熱がたちまち失われていく。 「わっほほい?」 影になっていて見えにくいが、その人物の口元には明らかに嘲笑が浮かんでいた。 「アホか」 僕が呆然としたまま何もできないで立ち尽くしていると、彼は階段をさっさと登って姿を消してしまった。
前へ
1 / 1
感想を伝える!
ともだちにシェアしよう!
ツイート
@6e69032c0bcd09
ログイン
しおり一覧