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幸せを、噛みしめながら。

 嘗て――人間の国と魔王国には諍いがあった。  だがそれはもう、遠い昔。  魔王であるファジルが、僕の口腔を貪った。僕は人間だ。今は違うけれど。  僕は今、ファジルの伴侶となった。  激しく熱烈なキスに、僕は酔いしれる。舌を絡めとられ、甘く吸われる。僕の体がツキンと疼いた。 「ぁ……」  キスを繰り返しながら、ファジルが僕の服を乱していく。  僕が一糸まとわぬ姿になったのは、それからすぐの事だった。ファジルも服を脱ぎ捨てる。そうしながらも、僕らは何度も唇を重ねる。お互いを、お互いが求めあっている感覚。  それから僕らは見つめあう。ファジルの瞳に、僕が映りこんでいる気がした。  僕を優しく押し倒したファジルは、微苦笑してから、僕の鎖骨の少し上に吸い付いた。それから、僕の肌にキスマークをいくつも散らしていく。ツキンと体が疼くたびに、僕の心が満ちていく。  ファジルの骨ばった指が僕の肌をなぞっていき、その後丹念に愛撫を始めた。僕の体は、すぐにさらなる快楽を求め始める。ファジルは、焦らすでもなく、かといって性急にでもなく、僕の快楽を穏やかに昂め、優しく優しく僕を追い詰めていく。 「あ、あっ」  陰茎を握りこまれて擦られて、僕はすぐに果てたくなった。 「出せ」 「ん――っ」  すると僕が望むままに、ファジルが導いてくれた。僕が放ったものを指に絡めてから、ファジルが僕の後孔を二本の指で暴く。僕は背を撓らせた。ゆっくりと差し入れられた指で、かき混ぜるようにして解される内、僕の体がフワフワとし始める。 「挿れるぞ」 「う、ん」  ファジルは宣言すると、指を引き抜き、僕の窄まりに陰茎をあてがった。そして、雁首まで挿入してから一度動きを止め、僕の呼吸が落ち着いたのを見計らってから途中まで、そして根元までを優しく挿入した。 「んンン」  ファジルが腰を揺さぶる。それに合わせて、僕の口からは甘い声がこぼれる。  次第に抽挿するようにファジルが動き始め、僕がファジルの体に抱き着いたころには、その動きは激しさを増し、深く深く打ち付けられていた。胸が満ち溢れてくる。ファジルと一つに慣れるのはいつも嬉しい。感極まって僕が涙ぐむと、ファジルが瞳を揺らして僕に言った。 「辛いか?」 「ううん、嬉しくて」  僕の声を聴くと、目を瞠ってから、すごく嬉しそうにファジルが破顔した。 「あ、あ、あ」  そこから激しく動かれて、一際強く最奥を刺激された瞬間、僕は放った。  内部に、ファジルの白液を感じながら。  それから二人でベッドに寝転がる。僕は、腕枕をされながら、今の関係になるまでのことを思い出す。  ――これは、僕らの心が交わるまでの記憶だ。大切な出会いの思い出である。  ◆◇◆  その当時――僕は花屋を営んでいた。  僕には魔力があって、ちょっとした魔術が使えるから癒やしの魔術と水の魔術で、花を育てては摘み、店内に飾ってお客様に販売していた。白、青、ピンク、紫、黄色、緑――いずれの花も綺麗だ。僕の宝物。お客様はみんな笑顔になってくれる。時には悲しい理由で花を買う人もいるけれど……最近は、そんな人が増えつつある。  原因は、東の魔王国の方向から、魔物が押し寄せてくるからだ。魔王が全て悪いと国王陛下が宣言して、騎士団が討伐に向かい、死者が絶えない。次第に徴兵も始まるのだとか。でも、まだ僕のいる田舎町は平穏だと思っていたのに。僕は花を育てるのが好きだから、今後も一生こうやって生きていくのだと思っていたのに。  ――魔力がある僕にも、ある日徴兵の知らせが届いた。拒否は出来ない。  とはいっても攻撃魔術なんて使えない。  お花に水をあげる力は、本当に些細なものだ。  だから結果として、魔術師としてではなく、僕は歩兵として戦うように命じられた。薄っぺらく貧相な体の僕は体力も無い。ぎゅっと片手で握って歩く槍すら重く感じる。そもそも、誰かと戦うなんて言うのが、僕は好きにはなれない。甲冑が重い。歩くだけで、汗がだらだらと流れ落ちる。熱い息を必死で落ち着けながら、なんとか列から外れないように、僕は歩いた。噂話が漏れ聞こえてくる。本当は、魔王国の領地を、国王陛下が狙ったから、魔王達は反撃で魔物を放っているらしいと。悪いのは、僕の母国。そうみんなが分かっていても、拒めば処刑される。  本日も必死に歩いていたその時、前方からざわめきが広がった。  魔王城の入り口に到達したという報せだった。僕ら歩兵に先に行くようにと言う伝令がくる――万が一の時の盾だ。ごくりと唾液を嚥下し、震える手で槍を握り直す。  前へと出た僕は、列の前方にいる。これからなにが待ち受けているのだろう。怖くないと言ったら嘘だった。魔王城に到達した人々はこれまでに何人もいたけれど、皆負傷して逃げ帰っている。そして逃げ帰った者は、逃亡したとして処刑されている。 「あ」  僕は目を見開いた。  入り口の向こうには巨大な広間があって、そこにシャトルーズグリーンの色をしたドラゴンの姿があったからである。天井近くまで頭があり、肌は鱗で覆われていて、長い尻尾が見える。口から吐き出される息もまた黄緑色に近く、それが歩兵の肩を掠ると、風の刃と変わった。歩兵を盾に、後ろから魔術師達が攻撃を始める。突如として始まった戦闘に、動揺が走っている。 「総員待避!」  十五分もしないうちに、騎士していた団長がそう言った。国に帰っても処刑されるが、ここにいたらそれは、『すぐ』発生する死となる。歩兵達より先に魔術師が逃げ、剣士の騎士達も踵を返して走り出す。僕も必死で振りかえれば、入り口前の石扉の封印も閉じようとしていた。上部から石の壁が降りてくる。僕も走る。足の遅い僕は、後ろの方。最前列近くにいたから、一向に距離が縮まらない。ドラゴンとは後どれくらい距離があるだろう? そう思って振りかえった時だった。 「子ども……?」  ドラゴンのかげからこちらに走ってくる、小さな子どもが見えた。肩と腕の服に血が滲んでいる。頭部には羊のような巻き角が見える。恐らく魔族だ。 「あ」  僕が封印石の手前に立った時、子どもが転んだ。そこにドラゴンの爪が迫っている。振り上げられた巨大な手。伸びた黒い爪は長い。  ――このままでは、子どもはドラゴンに殺される。  ――しかし敵対している魔族だ。ドラゴンは魔獣だ。魔獣は魔族が操っていると言われている。  ――けれど封印石が閉じて、外の扉も閉まれば、この子は出られなくなる。  咄嗟にそんなことを考えたが、僕はその時には逆方向に走っていた。そして子どもの魔族を抱きしめる。すると目を潤ませていた子どもがハッとした顔をした。僕の背中にギュッと小さな手を回している。僕はそのまま子どもを抱き上げて、踵を返した。そのまま閉まろうとしていた封印石の下から這い出るようにし、子どもを外に突き飛ばす。だが――。 「うっ、あ……」  僕の右足が石に挟まった。 「!」  子どもが僕に振りかえる。 「いいから行きな! このままだと入り口も閉まる! 僕は……平気だから」  なるべく安心させるように、僕は笑った。本当は怖くて仕方が無かった。  けれど、僕はこの子が死ぬのは嫌だなと思った。  後ろからは、ドラゴンの刃のようなブレスが迫ってくるのも分かる。冷ややかな風、ドシンドシンと振動する床。 「行くんだ!」  僕は子どもに手を伸ばし、突き飛ばすようにした。足が痛い。するとハッとしたような顔をしてから、子どもが走り出した。よかった。きっと、助かる。  もう、僕はダメだろうけれど、どうせ王国に帰ったところで、処刑される。だから出られたって、逃亡者として隠れて生活することになるだけだ。家族も誰もいない。友達と、馴染みのお客様はいたっけな。そんなことを考えるうち、僕は足の痛みで気絶したようだった。  ◆◇◆  ――その日、ファジル・ラヴァード……人間達が俗に、魔王と呼称する魔族は、旧魔王城の敷地にいた。この古い魔王城は、もう六百年前に放棄した代物なのだが、攻めてくる人間達の知識だとここが、『そう』だということで、最初の広間にて拘束中の魔獣と戦わせるという用途で遺してある。屍竜に属するドラゴンで、卵のうちに死んだドラゴンのなれの果てであり、良き友であるドラゴンとは一線を画する。  そもそも魔獣というのは、魔族にとっても害獣だ。魔族は、人間と同様に魔獣を討伐している。元々は、それでよかったし、人間と和解していたこともある。だがファジルの代になって魔族がより豊かな暮らしを営むようになると、人間の欲望はとどまるところを知らず、領地を手に入れようとし始めた。他にも、真の目的がある。  魔族というのは、人間よりも強い魔力を持ち、人間より様々な色彩や形状を持ち、寿命が長く治癒能力が強い存在だ。  だから人間の国王は、魔族と同じ不老長寿を望み、その秘密を暴こうとしている。  秘密も何も、もとは同根の存在と魔族は、『愛を交わす』ことで、同じ寿命となれる。だがそれは心からの愛だ。愛し合えば、人間もまたその相手と同種の魔族となれるというだけだ。確かにその際、魔族は人間に特殊なエンブレムを刻む。それは人間が結婚時に指輪を贈り合うような文化と特に変化はない。そこから魔族の魔力が流れ込むのは否めないが。 「まだ見つからない、っチ」  ファジルはこの日、愛息子のアルルを探していた。アルルは、現在八十二歳。人間で言えば八歳程度だ。個人差はあるが。ファジルは現在八百有余歳。途中から成長が遅くなる魔族にあって、アルルはまだ子ども。ファジルは人間で言えば二十七歳程度の外見年齢をしている。 『パパ上! き、きっと人間だって話したら分かってくれる!』  そう主張するアルルを子どもだと思っていたら、何を思ったかアルルが一人で旧魔王城へと向かった。屍竜は、魔族にとっても危険な代物だ。焦って中に向かおうとした時には、すでに人間達が広間に押し寄せていた。ファジルは、人間を虐殺したいわけではなかったし、数が多い。冷静に、冷静にと念じながら、人間が出て行く術を考え、封印石である中扉を下ろすことにした。すると案の定人間達が逃げ惑い始めた。必死でアルルの魔力を辿る。結果――『行くんだ!』と、そんな声がした。ハッとして顔を向けると、最後尾の人間の一人が、転倒し、足を挟まれている前から、泣きながらアルルが走ってくる。咄嗟に封印石の落下を停止させた。 「パパ上!」 「ッ、アルル!」 「あの人を助けて!」 「なにがあった?」 「僕を、僕を助けてくれたの。屍竜の瘴気と人間の魔術師の結界で動けなくなっていたのが、魔術師が逃げたから、僕は動けるようになって、逃げようとしたら転んで……そうしたら、そうしたら、僕を抱きしめて、それで、逃がしてくれた」  目を潤ませていたアルルは、それから大粒の涙を零し始めた。その背をポンポンと撫でてから、ファジルは頷いた。とにかくアルルが無事でよかったことに胸をなで下ろしながら。  ◆◇◆ 「ん……」  目を開けた僕は、最初どこにいるのか分からなかった。ふかふかのベッドの上で、右手の窓からは白い日差しが差し込んでくる。 「あっ!」  声がした。  左手を見ると、背の低い子どもの姿と、その後ろで椅子に座り膝を組んでいる青年の姿があった。どちらも巻き角だ。魔族……だろう。端整な顔立ちをしていて、子どもの方が目が大きいが、色彩と透き通るような肌の白さ、髪の色がよく似ている。 「あっ、あ! よかった! パパ上、起きたよっ!」 「……そうか」  頷いてパタンと本を閉じた青年が、じっと僕を見た。目が合う。 「私はファジルという。貴殿は?」 「あ……僕は、ラリスと言います。あの、ここは?」 「――安全な場だ。ラリス、私の息子のアルルを助けてくれたそうだな?」  その言葉に目を丸くして、嬉しそうな顔をしている子どもが頷く。  僕はアルルと呼ばれた子どもの姿にホッとした。無事だったらしい。 「助けられてよかったです」 「感謝する。人間の国まで送ることを約束する」 「あっ……その……すぐにでも出て行きます。こちらこそすみませ――痛っ」  立ち上がろうと試みた時僕は、自分の右足が痛むことに気がついた。固定されている感覚もある。 「その足では歩けないだろう。それに無理に歩いたり適切な治療を怠れば、障害が残りかねない。助けてくれた礼といってはなんだというか――……確かにそれがなければ私は見捨てたかもしれない、それは否定しない。だが所謂人道的な観点から、治るまで滞在して構わない。アルルが心配するからな」  平坦な声音のファジルを、改めて僕は見た。彫りの深い顔立ちに、切れ長の眼、どこか紫がかって見える、長い黒髪。瞳は黒と金を混ぜ合わせたような不思議な色彩で、座っていても長身だと分かる。 「でも」 「なんだ」 「僕は人間です。僕らは……」 「魔族が怖いか?」 「……いえ、会ったのがはじめてなので分からないですけど……魔族を攻めてますよね?」 「ああ」 「国でも噂になってるんです。僕らの王国が悪いって。だから、そんな敵国の人間を置いておいたら、魔王様、でしたっけ? に、怒られるのでは? 僕、本来なら捕虜みたいな、そういう……」  俯いて僕が言うと、隣で腕を組む気配がした。 「案ずるな」  それから初めて柔らかい声がかかった。緩慢にファジルを見ると、目を伏せていた。 「善良な者は、歓迎する。それだけだ。どのみち、治れば、出て行くのだからな」  ――こうして僕の、治療とリハビリの生活が始まった。  足の痛みは徐々に取れ、折れていたという骨が、魔族の魔術でだいぶ癒えた。それでもまだ肉体には衝撃が残っているからとのことで、まだ痛むし、足は引きずりながら歩いている。けれどいつまでも甘えているわけにはいかないと、手すりに掴まって歩いている。するとアルルが励ましてくれる。愛らしい子どもの姿に、僕のやる気は俄然出る。  本日は庭園にアルルが連れてきてくれた。  白い薔薇が咲いている。花を見ていると、僕の気持ちは温かくなる。  思わず頬を緩ませた。  それから何気なく城に振りかえると、窓からファジルがこちらを見ていた。目があったので微笑して返すと、ふいっと顔を背けたファジルの姿が見えなくなった。  時折気遣うように見てくれるから、表情はともかく優しい人なんだと僕は思う。  それから二ヶ月――僕はこの日は、一人で手すりに掴まっていた。  体力も落ちているから、びっしりと全身に汗をかいている。けれど、戦うみたいな目標じゃないから、頑張れる。 「あ」  だが、ずるりと手すりから滑ったときだった。 「!」  誰かが後ろから抱きとめてくれた。振りかえると、そこにはファジルの姿があった。 「無理をするな」 「……ファジル」 「焦って出て行くことはない」 「だけど」  僕が俯くと、ファジルが僕を抱き上げた。  そして運んでくれた。僕はファジルの体に腕を回しながら、その優しさに触れた気がした。  ――このようにして、僕がリハビリをする間、ファジルは手助けしてくれた。その内に、『魔王様』と呼ばれている場に遭遇し、僕はファジルが魔王なのだと悟った。 「私が怖いか?」 「……ううん。ファジルなら、怖くないよ」  そんなやりとりをすると、ファジルが不意に僕の額に口づけた。  僕は胸がトクンと疼いた。  多分この頃にはもう、僕はファジルに惹かれていたのだと思う。 「私が魔王であるから、私は私自身を許すことができる。私はラリスを滞在させても、私自身に怒られるようなことはないんだ」 「そうだったんだね」  僕が微笑すると、ファジルが不意に僕を抱きすくめた。さらに胸が高鳴ってしまう。ファジルからは、いつもいい匂いがする。僕の後頭部をゆっくりと撫でたファジルは、それから目を伏せ、再び僕の額に口づけた。 「パパ上ー? ラリスー?」  そこへアルルの声が響いてきた。慌てて僕はファジルの体を押し返す。ファジルもまた離れた。ハッとした。僕は空気に呑まれかけていた。それもこれも、僕がファジルを好きなせいだ。  恋に堕ちるというのは、時間はあまり関係ないのかもしれない。だけど心根の優しさに触れたら、一瞬で胸が疼くことはあるのだと思う。  魔王国には四季があって、それから春が訪れた。  僕は庭園の四阿で、のんびり木の椅子に座り、花々を見ていた。時々、元気のないお花に、僕は本来得意とする魔術を用いる。すると特殊な魔王国の白い百合は、金色の光りをキラキラと鱗粉のように放つようになる。 「綺麗だな」  気付くとファジルがそばにいた。手には、茶器の載る銀の盆を持っている。  四阿のテーブルにカップを置いて、ポットからファジルがお茶を注いでくれた。  最近は、二人でお茶をすることが増えた。アルルは『パパ上と二人にしてあげる!』と笑うから、僕の気持ちはバレている様子だ。 「うん。ファジルの庭園は凄いね」 「いいや、ラリスの魔力に反応して元気になった花々が放つ光は特別だ」 「そうかな?」 「ああ、そうだ」  二人で並んで座る。もう足に違和感はないから、僕はここにはいられないだろう。そう思うと少し――いいや、とても寂しい。僕はファジルの腕にそっと触れた。だけど、言わなければ。なるべく、明るく笑うことにした。ファジルの中での僕の記憶が、せめて明るいものであればいいと願ったからだ。愛する人には、笑顔を覚えておいてもらいたい。  ◆◇◆ 「ファジル、僕はもう足が治ったみたいだよ」  満面の笑みでラリスに報告された時、ファジルは胸が苦しくなった。それは喜ばしいことであるはずなのに、別れも同時に意味していたからだ。  ファジルは、健気にリハビリをするラリスを見ているうちに、守ってやりたいと強く感じるようになっていた。時折、人間の国で徴兵があった話を聞く時、ラリスの平穏を壊した者達を憎く思った。努力家で、優しくて、そんなラリスを放っておきたくない。庇護欲かと最初は考えたが、ラリスの笑顔を見る度に胸が疼くから、違うとはっきり分かっている。  手にしていたカップを置く。 「……ラリス」 「うん?」 「ずっとここにいるつもりはないか?」 「え?」 「その……私は、ラリスが欲しくなってしまったんだ」  アルルがよく懐くのも分かる陽だまりのような優しさ。  アルルの母はすでに亡い。五百年ほど前に病死した。愛していた。きっと忘れることはない。ただ、今、ラリスに恋をし、ラリスを愛している気持ちは否定できない。自分に嘘をつくことは出来ない。 「ほ、欲しいって……」  カッとラリスが頬を染めた。きっと、お互いにお互いを想っているのは勘違いではないはずだと、ファジルは思った。あるいは、願いだったのかもしれない。ラリスをファジルはまじまじと見据えた。するとラリスが控えめに口を開く。 「僕で、よければ……」 「ラリスがいいんだ」  ファジルが顔を寄せると、キュッとラリスが瞼を閉じる。  それから二人は、口づけを交わした。  ◆◇◆  ――これが僕らの、大切な思い出だ。  僕はファジルの愛を受け入れてすぐ、寿命が長くなるという状態になった。  もう二十年は前のことだ。  人間の国は、もう魔王国には攻めてこない。国王陛下が代替わりしてからだ。  僕がファジルの伴侶になったことを、アルルも、それだけでなく魔族達も祝福してくれた。人間だからダメだ、ということでなく、僕だからダメだということでなくて、よかったと思っている。僕は、ファジルに相応しい伴侶になりたかったからだ。恋は、一方通行ではないのだから。  僕達の寝室の窓際やチェストの上には、花瓶がある。僕は伴侶となってから少し魔力が増したようで、前よりもお花を元気に出来るようになった。だから、時折花を摘んでは、色々な場所に飾り、水と魔力を与えている。もう花屋ではないけれど、僕はこの魔王国の、いいやこの世界中の花が好きだ。 「愛している、ラリス」 「僕も」  僕達は啄むようにお互いの唇にキスをし、この日も抱き合って眠った。  幸せを、噛みしめながら。  ―― 終 ――

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