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白熱する選挙戦に、この想いを込めて――③

 芸能界の世界だけを見てきた稜にとって、今回の選挙ははじめてのことだからこそ、政党から応援の手をを借りて事務所を設立し、選挙のプロである選挙プランナーも手配していただくことになった。 「ついにこの日がきちゃったね、相田さん」  事務所の中を忙しなく動く関係者を手伝いながら、大きなダルマを手にした稜が、後ろにいる俺に微笑みかけてくる。  折り畳まれたパイプ椅子を持ったまま微笑み返したら、足早に目の前を去って行った。さっきまで微笑み合って、視線を合わせていたことがなかったような所作に、思わず寂しさを感じるしかない。  周りの人間を含め、俺が稜の恋人だということは周知の事実なれど、徹底的にクリーンな状態を維持してほしいと、政党の幹部から念押しされてしまった。  稜の口から出る自分の苗字読みは、はじめて出逢ったときにされたものより、どうにも違和感を覚えてしまう。たったそれだけのことに、見えない距離があるようで、こんなにも切なくなってしまうなんて――  頭を振り、手に持っていたパイプ椅子を机に設置していたら、勢いよく事務所の扉が開いた。 「お疲れ様です!! 皆さん盛大に、頑張っていらっしゃいますね」 (ああ、やって来たのか。問題の選挙プランナー)  彼のことは、政党にいる幹部から紹介された。 『私の不肖の弟なんだが、選挙プランナーとしての腕は確かだ。勝率はほぼ8割、手掛けた選挙を確実に勝利へと導いている』 「不肖の弟ということですが……?」  眉根を寄せて説明する姿に、思わず質問を投げかけてみる。このとき稜が不在だったので尚更しっかり、説明を聞かなければいけないと考えたから。 『本人には、きつく注意をしているんだが。行く先々で問題を起こすものですから。見境なく、相手に手を出す有り様で』  英雄、色を好むということなのか――何にせよ、事前に聞いておいて良かったというべきだろう。 「分かりました。そういう問題が起こらないよう、こちら側でも目を光らせておきますね」 『若いが腕は間違いないので、その点は安心して頂きたい。この選挙、勝ちましょう』  そう言って握手をし、互いの信頼を分かち合った。若い選挙プランナーの問題を共有することによってなんて、情けない話だけど。  勿論このことは、稜の耳にも入れておいた。見境なくという点で、間違いなく彼も標的になってしまうだろう。  その心配があったから、気を付けるよう告げたのに。

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