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第48話 ゲームと同じ
駐車場を出てからしばらくして、澄川が助手席でスマートフォンを見ながら言った。
「真壁さん、『風の庭』行ったことあります?」
「ありません」
「ゲームは?」
「少しだけ」
「少しだけなんですね」
「相沢さんに勧められたことはあります」
信号が変わり、真壁は前へ視線を戻した。昼を食べる店を探していたが、澄川は地図を開いたまま何かを見ている。
「ここからだと、車で一時間半くらいです」
「どこまでですか」
「『風の庭』」
真壁は一度だけ助手席を見る。
「今からですか」
「だめです?」
「だめではありませんが」
時計を確認する。昼を取ってから向かっても、夕方前には着ける。
「明日、仕事ですか?」
「俺は午後からです」
「私は休みです」
「じゃあ行けますね」
澄川はそう言って、もう地図の経路を見ていた。
予定に入っていなかった場所が、いつの間にか今日の目的地になっていた。
昼を済ませ、高速道路へ入る。
助手席の澄川は最初こそ外を見ていたが、しばらくするとスマートフォンで音楽を流し始めた。真壁の知らない曲が何曲か続き、その中に澄川自身の曲も混じる。
「自分の曲、聴くんですね」
「聴きますよ。変です?」
「いえ」
「真壁さんは、自分が映ってる防犯カメラ見ます?」
「見ません」
「じゃあちょっと違うか」
澄川は笑って、音量を少し下げた。
会話は途切れたり戻ったりした。無理に続ける必要はなく、道路の流れと音楽だけが車内に残る時間も長い。
サービスエリアへ寄った時、澄川は温かい飲み物を二つ持って戻ってきた。
「真壁さん、これでいいですか?」
「ありがとうございます」
「さっきチューブ買ってもらったので」
「買ってあげたつもりはありません」
「じゃあ俺が勝手に使います」
「それなら構いません」
澄川は満足したように自分のカップを持ち直した。
高速を降りてからは、景色が少しずつ変わった。建物が減り、低い山と畑が見えるようになる。
澄川は窓の外を見ながら、時々スマートフォンの地図へ目を落とす。
「この辺、ゲームにはないです」
「ここから全部あるわけではないんですね」
「はい。もっと近くからです」
「かなり覚えているんですね」
「好きなので」
短い返事だった。
真壁はそれ以上聞かなかった。
カフェの看板が見えたのは、午後の光が少し傾き始めた頃だった。
古民家の形は残っているが、入口には店名があり、駐車場には何台か車が停まっている。昔の家をそのまま閉じて残した場所ではない。人が入り、食事をして、時間が続いている。
澄川は車を降りてから、しばらく建物を見ていた。
「……同じだ」
真壁も隣に立つ。
「ゲームとですか?」
「はい」
澄川は先に歩き出した。
店内には古い柱や梁が残り、その間にテーブルが置かれている。窓の向こうには庭が見えた。
注文を済ませて席へ向かう途中、澄川の足が何度か止まる。
「ここ、ゲームだともう少し狭いです」
「そうなんですか」
「この窓もあります。でも見える角度が違う」
真壁は言われた場所を見る。
ゲームと現実の違いは分からない。ただ、澄川が見ているものを追うことはできた。
席へ着いてからも、澄川は窓の外を何度も見ていた。
「相沢さん、本当にここに住んでたんですね」
「そう聞いています」
「アトラボで普通に会うと、あんまり想像できないです」
それは真壁にも分かった。
普段は三階やラウンジで会う相沢が、ここで暮らしていた。そこから景色や音を拾い、後に『風の庭』へつなげた。
飲み物が運ばれてきても、澄川はしばらく庭を見ていた。
「ゲームの中だと、ここから先も歩けます」
「現実では?」
「行ける場所と行けない場所があります」
「当然ですね」
「分かってます」
澄川がカップを持つ。
「でも、変な感じです」
「どういう意味ですか」
「知ってる場所なのに、初めて来たので」
真壁は窓の外を見る。
庭の向こうに、午後の光が残っていた。
「私は逆ですね」
「何がです?」
「初めて来た場所なのに、澄川さんの説明を聞いていると、少し知っているような気がします」
澄川がこちらを見る。
真壁はカップを持ち上げた。
「ゲームは少ししかしていませんが」
「そこはちゃんと言うんですね」
「事実なので」
澄川はまた庭へ視線を戻した。
少しして、店の奥に置かれた案内へ気づく。
「真壁さん」
「はい」
澄川が指した先には、今年の蛍祭りについての小さな告知があった。
昨年は開催されなかった蛍祭りを、今年は再開するらしい。
真壁も案内を見る。
「やるんですね」
「そうみたいです」
澄川は文字を追ったあと、窓の外へ目を向けた。
まだ明るい庭に、蛍の姿はない。
それでも、さっきまで庭を見ていた時とは違って、澄川の視線は何度か告知と窓の外を行き来していた。
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