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第12話

 挿れられてはないにしても、身体すべてが緊張と弛緩を繰り返せば酷い疲労感を覚えるものだ。  樫木のいる社会科準備室を一人で出て、寮の部屋に戻ってきた。相部屋の奴は夕飯に行っているのかいない。とにかく横になりたくて、ベッドに突っ伏す。疲れた。  そこへ、足元に投げていた鞄の中からスマホの震える音がした。  のそのそと行儀悪く鞄を足で手繰り寄せてスマホを取り出すとメッセージアプリの着信で、通知欄には知らないアカウント名と「岸だよ」という出だしがあった。  岸さん……俺のアカウント知らないはずなのに。誰に訊いた、って石井さんか。勝手に教えるなよ……。  開くと、「今日はどう?」と書いてある。俺、人気者だな。一日に二人も相手にすんのか。まあいいや。精液を出すだけのセックスがしたい。岸さんとなら石井さんの延長のような感じでできるだろう。  樫木は自分でも言ってたが重い。疲れる。セックスは心を空っぽに、邪な想いを消すためのものだ。跡をつけるとか、手の甲を噛んだらいけないとか、そんなのじゃない。  俺は岸さんに了解した旨を送り返し。その数秒後に、消灯時間を過ぎた頃の時間と岸さんの部屋番号が届いた。 「多田ちゃん、気持ち良かった?」  確かに気持ちが良かったからこくりと頷く。手慣れている。岸さんのセックスは思ってた以上にスマートで、して欲しいことは口にするがしつこくなくて、検分されている気分だった。  たくさんキスをして欲しいと言うから、いいと言うまで唇にキスをして。立って壁に手をついてと言われてそうすれば、首の後ろから背中を通って後ろの窄みまで舐められて。両の乳首を散々指の腹で捏ねられながら口の中を舌で蹂躙されて。俺のペニスの先走りの雫がぽつぽつ出てきたら、舌で舐めて、そのまま口に含んで扱いて。  最後に尻の穴に岸さんのペニスがねじ込まれたら声を出さないよう、手の甲を噛んでやり過ごして。それまでは何とか我慢できても、これでもかと抜き差しされる最後はやっぱり堪えきれなくて。 「多田ちゃんも良かったよ。やっぱり孤高の姫だね。ちゃんと感じてくれてるのに声を我慢するの、すげえそそられる。また機会があったら、ね」  終わった後は綺麗に身体を拭いてくれた。帰ってちゃんとシャワーを浴びるよう言われたが。 「多田ちゃんは意外と庇護欲を掻き立てられるね。石井が進んではいけない一歩を進んだのもわかる気がするよ」  別れの挨拶をして部屋のドアを閉める瞬間、岸さんはそんなことを言った。  庇護欲? 俺ってなんか可哀想に見えてたりするのか? いやいや、別に可哀想なところはない。まあいいや、考えてもわからないことは深追いしない。……ああ、だから俺、勉強できないんだな。真理だな。  それはさておき、やっぱりこういうセックスは楽だ。互いに性欲だけと割り切って、精液出して。あとは何も残らない。すっきりして。健全と言えば健全だろう。  あ、やべ。  今日の課題、全然やってないわ。日付を超えた一時三十分。今からやって終わるの何時だよ。いつまでも机の小さなものとはいえ明かり付けとくのも悪いよな。それに眠たいのもある。あああどうしよ……。  面談で言われた通り、ヤバいことは確かなのだ。俺はどこでもいいが、我々の母校を出ろとじいさんたちがうるさい。D判定からなんてぎりぎりいけてBだろ。……努力もしないうちから自分で天井決めても仕方ないか。夏からは真面目にやらないとだな。今は寝て、四時起きして少しやるか。あとはみんなに少しずつ見せてもらおう。やっぱり平日はダメだな。次の日に響く。  そんなことを思いながら一番館の自室前に戻ってきた。  ら。  廊下に、ドア横の壁に誰か寄りかかっていた。薄暗いので遠くからでは顔がはっきり見えない。まさか樫木か、と思ったら近付いて違うとわかった。独り身とはいえ、そう頻繁に宿直があるわけない。 「北見……」  真夜中で当然大きな声は出せない。かなり近寄ってから俺はその名を呼んだ。こんな時間に。どうしたんだ。俺を待ってたってこと、か? 「どうしたのよ、こんな時間に」  そりゃお前だろ、と自分で突っ込みながら無難なお決まりの言葉を吐いた。 「お前が二番館へ入って行くのが窓から見えたから帰りを待ってた」  待ってたって、ずっと起きてたのか。 「何、話でもあるわけ?」  わざわざこんな時間にするような話ってなんなんだよ。昼間じゃダメなのか。 「別に今じゃなくてもいいんだが、気になって」 「そか……でもここじゃ無理だよな。安眠妨害だ。自販機のとこ行くか」  北見の、たまに見せる頑なな視線にぶつかって、時間を改めろと言えなかった。今言わなければ気が済まないのだろう。 「そうだな」  飲料系自動販売機の電源は二十四時間入っているからここは何気に明るい。生徒が寝起きする部屋とは離れてるし、真夜中に話をするにはちょうど良かった。  そばに置いてあるソファに膝を付き合わせるように座った。離れているとはいえやはり昼間のような声で話すわけにはいかない。 「お前、医学部受けるんだろ? 大丈夫か?」 「何が?」  成績か、素行か……両方か。こんな時間に何うろついてんだと。乱れた生活するなよ、って言いたいんだろうな。そんなんじゃ勉強に身が入らねえぞと。 「一年の時もたまに夜いなくなってただろ」  北見の球は少々変化球で。  知ってたのか。熟睡して俺が出て行ったのも戻って来たのも気付いてないと思ってたのに。誤算だったな。 「今もなのか?」 「まあ……な」  それを確認したかったのか。部屋を出て何してたかも……きっとわかってるな。でもそれにケチをつけられる筋合いはない、よな? お前だって彼女と会えばいちゃつくんだろうし。 「この間の人か?」  この間……岸さんか。樫木の部屋の前で。 「いや……。いや、今はそう。前は違う」 「……そうか」  北見はめずらしく伏し目がちでぽつりと呟いた。 「俺じゃ力になれないからお前は何も言わないんだろうけど、辛くなるようなことはするなよ?」  そう、お前は俺の力にはなれない。仕方ない。でも心配してくれてるのはやっぱり嬉しいよ、北見。でも辛くなることってなんだよ。今のままじゃ俺はお前と一緒にいることも、いれないことも辛いんだよ。他はない。勝手な話だが。 「樫木先生だって頼れよ?」 「樫木? なんで」  北見からその名前が出るか。 「今は担任だし、一年の授業の時からお前のことよく見てるぞ」 「やだ怖い……ってか、俺が何かやらかしそうで目が離せないんだろう」 「目が離せないのはまあそうだろうが、やらかしそうってのは違うような」  北見は首を傾げていたが。 「いや、そうなんだよ、あいつ。まあ教師にしたらそうだろうよ。やらかす生徒は監視してガチガチに押さえつけとかないと安心できないんだよ」 「そんな横柄な先生か?」 「そうなのよ。樫木って」  お前みたいな、きちんとした生徒には優しかったりするんだろうけど。 「まあさ、どうにもならなくなったら俺は多分お前を頼るよ」  何がどうにもならなくなるのか、俺自身もわかんねえけど。 「そうか、遠慮なんかするなよ」 「しないしない、一年間一緒に寝起きした仲だろ。一番のダチだと思ってるよ」  それで会談は終わった。また二人で俺の部屋の前まで戻って、そのずっと先にある自分の部屋へ北見は戻っていった。  お前が俺を思う綺麗な感情を汚すわけにはいかない。  だから、何があってもお前に抱いてくれなんて言わない。

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