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第7話 一人旅1
サキュバスの力の件は、母さんにはまだちゃんと話せていない。
そのくせ卑怯な感じもしたけれど、「もし本当だったら、面倒なことになったら困るから」と説得する材料に使って、母さんに修学旅行をキャンセルしてもらった。
そんな経緯があったからか、朝から母さんが心配性をこじらせている。
「夏休みだしね、構わないけど、本当に一人で大丈夫?」
「大丈夫だよ、子供じゃないんだから」
「何かあったら、すぐに連絡ちょうだいよ」
「はいはーい。行ってきます」
千葉の叔父へのお土産を持って、玄関を出た。ミンミンとせわしない鳴き声の中、最寄駅へ向かう。
母さんはやたらと心配していたけれど、千葉については、電車に揺られていればそのうち着くのだから大した事はない。
海が近くなると、ほっとする。千葉を離れて一年ちょっと。見慣れたはずの景色が、こんなに懐かしく感じられるものなんだ。
これまでの数ヶ月、脳が思考停止していたことにようやく気づいた。全く何も考えることができなくて、ただ怯えきって、現状をそのまま受け入れるだけの日々を過ごしていた。
考えるという行為はコストがかかるんだなと、改めて思う。
きっと今の自分が思う以上に、実際は大きなショックを受けているのだろう。あの事は、今はまだ自分と乖離している感覚がある。これを自分事として捉える時が来たら、また苦しくなるのかなと想像する。それはとても不安だ。
それでも自分は、ずっと一人ではいられない。自分の血潮が許さないのもあるけれど、それよりも自分の心が、また誰かと一緒に居たいと思った時、その人を傷つけずにいられるのか。
それを立証しないといけない。
駅に着いたら、叔父が改札の前で手を振ってくれた。
「お久しぶりです」
「睦月、大きくなったね。家のみんなも楽しみにしてるよ。さあ車に乗って」
駅を離れると、周りが少しずつ郊外の街並みに移り変わっていく。
「兄さんの事を知りたいって言われて、ビックリしたよ」
「急にお願いして、ごめんなさい」
「気にすることじゃないよ。睦月に会いたかったから嬉しいよ。元気そうで良かった」
東京住まいには慣れた? 学校はどう? と、矢継ぎ早に聞かれて答えていく。東京はまだあまりうろうろしていなくて。でも家の周りはいい感じ。学校は友達もできたし楽しいよ。
「好きな人はいるの?」
好きな人。
魅力に溢れていて、斜に構えて、少し、寂しがり屋かなと思っている。
おれに寄り添って、いつの間にか手を引っぱってくれる。
おれは、なにを返せていたのかな。
黙りこくっていたら、叔父さんに「変な事を聞いちゃって、悪かったね」と謝罪されて、慌てて否定する。
「いや、そんな、全然。そうだなあ、好きな人、好きな人かあ…」
甥っ子と遊んでいたら、叔父さんが縁側に箱を持ってきてくれた。
「これがアルバムで、日記、あとは…」
次々とファイルやらノートやらが出される。
叔父さんがアルバムをめくりながら、静かに話し始めた。
「兄さんは、睦月に会いたいって言ってたよ」
けいくん、もとい父さんは、小さい頃から体が弱くて、それでも大学生になるまで成長して、母さんと出会ったそうだ。院生になる頃にはいよいよ具合が悪くなって、そのタイミングで母さんが妊娠した。
叔父さんがお見舞いに行くと、その度に、エコー写真を見せたり、どちらに似てるかを予想したり、名前付けの本を熟読していたそうだ。
亡くなる直前、父さんは泣いて懇願した。
もう少し、赤ちゃんに会えるまで生きていたかった。抱っこをしてみたかった。沢山遊んで、大きくなる姿を見たかった。どんな風に成長するんだろう。どうか麗と赤ちゃんの事を頼む。
叔父さんが目を細めた。
「ゆっくり見ていって。東京の家に持って帰ってもいいからね」
キッチンから、夕飯の香りが漂ってきた。
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