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【1】突然の寮生活

(どうしよう。夜が来ちゃう)  おれは内心、とても焦っていた。  どうにかしないと。でも、どうしたらいいのかわからない。 「風呂けっこう広かっただろ? ちなみに風呂場の隣にあるのがランドリールーム」 (大丈夫かな。耐えられるかな) 「あ、トイレは廊下出て左の突き当たりな。知ってた?」 (いや、『かな』じゃなくて耐えるしかないし。どうしようとか言ってる場合じゃないし) 「柏木(かしわぎ)に選択肢なくて悪いけど、ベッドはそっち使って。ボロい建物だし、窓際ちょっとだけ隙間風あるんだけど、気になるほどじゃないから」  目の前ではルームメイトになる男子が丁寧に説明してくれている。  でも、その声も耳をすり抜けていく。  「22時半から点呼があって、23時に消灯な。23時に寝ろってわけじゃないけど、電気は消さないとダメなんだ」  その言葉だけは、素通りしないでズガンと頭に突き刺さった。 (そうだよね。消さないとダメだよね) 「……どうしよう」 「え? 何か言った?」  小さなつぶやきを聞き逃したルームメイトが、腰を屈めて尋ねてくる。  でもおれは、何も返事できなかった。 (どうしようどうしようどうしよう。やっぱり不安しかない、怖い!)  ──おれ、柏木雪人(ゆきと)はとある私立高校に通う2年生。  大学受験もだけど、運動部の活動に力を入れている学校だ。  そんなわけで、スポーツ推薦の生徒や一部の希望者が入れる寮がある。  おれは今まで自宅通学だったのだけれど、諸事情で6月の中旬という半端な時期に急きょ入寮することになった。  今は入寮初日の、夕食と入浴を済ませて部屋に戻ってきたところ。  2人部屋で、ルームメイトとなる藤倉(ふじくら)浩斗(ひろと)くんが、色々とレクチャーしてくれている。 (ごめん藤倉くん、あんまり聞けてなかったけど) 「なんか柏木、顔色悪くない? 体調悪い?」  返事しないおれを、藤倉くんは心配そうに覗き込んできた。  おれたちは同じクラスだから、一応顔見知りだ。でも今年初めて一緒になったので、まだあまり話したことはない。  ややひっこみ思案で人見知りがあるおれは、軽くたじろいで身体を引いた。 「だ、大丈夫」 (体調は、大丈夫です) 「そう? てか、俺たち同じクラスなのにあんまり話したことなかったよな」  安心したように頬をゆるめた藤倉くんは、おれが思っていたのと同じことを言った。 「俺の名前、覚えてくれてる?」 「もちろん。……藤倉浩斗くん」 「あ、よかった。藤倉でいいよ、柏木雪人くん」  藤倉くん改め藤倉は、「名前『と』終わりなの一緒だな」と付け加えてニカッと笑う。 「これからは同室だし、仲良くやってこうぜ」 (爽やかだなぁ)  憂鬱な気持ちも一瞬忘れて、ついその顔に見入った。  藤倉はまさにスポーツ推薦で入学した、サッカー部のエース。  ──ということを、親しくもないおれが知っているほど存在感のある生徒だ。  背が高くて肩幅も広くて、172㎝しかないおれよりひと回り大きい。  性格は明るくてにこやかで、見るからにスポーツマン好青年。  顔もかっこいいと思う。きりっとした眉が男らしくて、でも笑うと目が細くなってちょっと幼い印象にもなる。  だから大きくてもいかつい印象はない。人懐っこい大型犬という雰囲気だ。 (太陽みたいな人だよな。ああ、この明るさで消灯後の部屋も照らしてくれたらいいのに)  そんな叶わない望みをいだきながら、おれは壁の時計に目をやった。  21時55分。覚悟を決める時間まで、もうあと1時間と少し。

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