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海賊たちのハロウィン・ナイト
十月下旬。ハロウィンが近づくと、街はどこかウキウキした空気に包まれ始める。
落ち着いた雰囲気が売りのコーヒーショップ“ルビー”も例外ではない。
「今年のハロウィンは土曜日だから、閉店後にレンタルカフェの予約が入ったの。スポット売上があるのはありがたいわ」
コーヒーの香りが漂う店内で、店主のアルマは満足そうに微笑んだ。――だが、母が淹れてくれたコーヒーを片手にエドウィンとマリルーは同時に溜息を吐いた。
「それはよかったわ。……私とエドは大学のハロウィン・パーティーに出るために仮装衣装を買わなきゃなんだけど」
「車を買ったばかりの俺には痛い出費だよ」
月々のこづかいはもらっていたものの、足りない分はバイト代から出すことになっていた。
「そのために夏休み、頑張ってバイトしていたじゃないの。二人とも何の仮装をするの?」
気が重そうな双子に構わず、アルマが興味津々で尋ねる。
「んー……私は魔女にしようと思ってる」
「俺は海賊……の予定」
「まあ、素敵! 絶対に写真、見せてね!」
目を輝かせる母に双子は苦笑いした。
ハロウィン一週間前の週末。エドウィンとマリルーはハロウィン衣装専門店に来ていた。
「エド、そんな子供用コスプレ衣装みたいなのじゃなくて、もっと本格的なのにしなよ」
エドウィンがチュニックとチョッキの海賊風衣装を手に取ったのを見てマリルーが言った。
「本格的なの、って……」
「ジャック・スパロウみたいなの!」
「え……けど高いじゃないか」
「大学時代のハロウィンは一生の思い出になるわ。一着、思い切っていいもの買いなさい! クレカ、あるでしょ?」
「わ……わかったよ……じゃあ、こっちを試着してみる」
エドウィンは渋々、映画に出てくるような黒革のベルト、胸元が少し開いたシャツの海賊衣装を試着するため、手に取った。そして……
「きゃっ、すっごくいいわ! すっごい素敵!」
試着室から着替えて出て来たエドウィンを見てマリルーが小さな悲鳴を上げる。エドウィンは恥ずかしそうに片手で後頭部を撫でた。
「そ、そう、か……?」
「普段のエドと違って退廃的で自由奔放、セクシーで大胆で……人を惑わせるような海賊スタイル……きっとユリウスさんも見惚れるに違いないわ」
「は? ユリウスさん? 彼は来ないよ」
「馬鹿ね、LINEで写真を送るのよ」
「え、そんなこと……」
「大丈夫、私が撮って送るわ」
「あ、ああ……」
――何が『大丈夫』なんだ?
エドウィンは首を傾げつつも元の服に着替え、次にマリルーの衣装選びに取り掛かったのだった。
ハロウィンを間近に控えた大学で。
「なあエド、大学主催のハロウィン・パーティー、もちろん出るだろ?」
ライリーが期待を込めて訊く。
「ああ」
「一緒に行こうぜ! ルーも!」
「いいよ」
屈託なく笑うライリーにエドウィンが笑い返すと、
「そういや、お前とルーは何の仮装をするんだ?」
ライリーが小首を傾げて訊いてきた。
「俺はパイレーツだよ。ルーはウィッチ」
「おっ、いいな! 俺はカウボーイだ。被んなくてよかったな!」
ライリーはニカっと笑い、サムズアップした。
ハロウィン前日。エドウィンにユリウスからLINEが来た。
Julius:やあ、エド。明日はハロウィンだ。君は友人たちと過ごすのか?
Edwin:はい。大学のハロウィン・パーティーにルーとライリーと行く予定です
Julius:そうか。楽しんでおいで
Edwin:ユリウスさんは?
Julius:私は特に予定はない。仕事が終われば帰宅するつもりだ。君に会える目途がつき次第、また連絡する
Edwin:はい、待ってます
Julius:( ˘ ³˘)♥
エドウィンは少しばかり当惑して画面を見つめた。
――……そりゃあ、付き合っているんだからこのくらいのメッセージはおかしくないけれど……
それでも、恥ずかしいことは恥ずかしかった。エドウィンは僅かに頬を染めて素早くLINEの画面を閉じ、スマホを仕舞った。
ハロウィン当日・夕刻。双子はライリーと大学の駐車場で待ち合わせたのだが……
「おわっ!?」
二人が車から降りると、エドウィンを見てライリーは驚いた。
「な、な、エド! お前、それ反則だろ!?」
ビーズの装飾を垂らしたダークレッドのバンダナ、海賊帽子、くすんだ白のシャツにノースリーブの黒の上衣、ゆったりした黒のズボン、ブーツ、古びた革のベルトに大きなペンダント、シンプルな模様のリングと、映画に登場する海賊さながらで、普段のエドウィンとはかけ離れた危険な魅力に溢れていた。
「え……何が?」
「何が……って。勘弁してくれよ……お前と並んで歩いたら、俺、ピエロだよ……」
一方ライリーはと言えば、赤と茶のチェックシャツにデニム、焦げ茶色のチョッキとカウボーイハット、ブーツ、首元に柄物の赤いバンダナを合わせていた。
「ピエロ? カウボーイの仮装じゃないのか?」
真面目な顔で首を傾げるエドウィンにライリーは、
「あーーっ!! そうじゃなくて!」
と苛立たしげに頭を振った。そこへ、マリルーがそっとライリーの肩に手を置く。
「ライリー、あなたも十分イケてるわよ。とりあえず、パーティー会場に向かいましょう」
ライリーがふとマリルーを見ると、背中と胸元が開いた黒いレースとベルベットのドレスの、強調された胸の谷間が目に入って思わずゴクリと息を呑む。今、彼女は普段のポニーテールではなく、髪を下ろしていて、緩くウェーブがかけられている。首元にはペンダントヘッドのついた黒のチョーカーを留め、とんがり帽子を被っていた。
「あ、ああ。そうだな……」
ライリーは黒いドレスによって白さが際立つマリルーの素肌に目が釘付けになり、結果として落ち着きを取り戻した。
「さ、行きましょ!」
マリルーは楽しそうに二人を促して大学の方へと歩き出した。
「ホールのエントランスで友達と待ち合わせているの」
歩きながらマリルーが話す。パーティーはホールで行われることになっていた。
「学生寮の子?」
エドウィンが尋ねた。駐車場で待ち合わせなかったということは、車で来ていないのではと思ったからだ。
「そうよ」
案の定、マリルーが頷くと、今度はライリーが興味を示した。
「その友達って女の子?」
「ええ」
「やった! 女の子と友達になれるかも!」
ライリーは途端に上機嫌になり、鼻歌まで歌い出した。双子はそんな彼に少しばかり苦笑する。
やがて三人はホールに着いた。既に多くの学生たちが集まっている。
「ルー!」
エントランスの端で赤ずきんちゃんの仮装をした金髪の女の子がこちらに向かって手を振っていた。マリルーは手を振り返してそちらに向かう。
「ベティ、こんばんは。こちら、同じ学科の友達のベティよ。こちらは私の双子の兄・エドウィン、隣が兄の友達のライリー」
「教育学部一年のベティです、よろしく」
「経済学部一年のエドウィンです。エドと呼んでください」
「同じくライリーだ。よろしく」
それぞれが自己紹介し終えると、マリルーは周囲を見回した。
「ララはまだ来ないのかしら?」
「まだ見てないわ。もしかして連絡がきてるかも」
ベティとマリルーが自身のスマホを取り出して確認すると、
Lara:今、会場に着いた!
というLINEが来ていた。時刻は十分前。
「おかしいわね。十分前には着いていたはずよ。何かあったのかしら……?」
そのとき、マリルーの脳裏に数日前のララの会話が蘇った。
『ハロウィン・パーティーにはとびきり気合いを入れたピンヒールを履いていくの!』
「ピンヒール……」
マリルーははっとして付近の絨毯へ注意深く目を凝らした。……すると。
「……あった」
絨毯の上に落ちていた、小さな黒いヒールのトップリフトを摘まみ上げる。
「きっとトップリフトが取れちゃったんだわ。今頃、レストルームで途方に暮れているかも」
「行ってみよう!」
マリルーとベティはともにレストルームへと足を向ける。エドウィンとライリーは女性用レストルームには入れないため、その場で待つことにして二人を見送った。
マリルーの推理通り、ララはレストルームにいた。会場に着いた直後、靴のトップリフトが取れてしまい、見つけることができず、ひとまずレストルームにやって来たのだという。マリルーとベティに連絡しようとした矢先に、二人がやって来たとのことだった。
「ふふ、同じくヒールを履いて来た私としては、こんなこともあろうかと応急修理用ボンドを持ってきているのよ」
マリルーが得意げに言い、ララのピンヒールのトップリフトを手際よく固定して直すと、三人で兄とライリーが待つエントランスへ戻ってきた。
「初めまして、ララです。迷惑かけてごめんなさい」
「エドウィンです。直ったようでよかった」
「ライリーだ。それは……キャットウーマンの仮装?」
ライリーはララが身に着けている黒のぴたっとしたボディスーツに猫耳、ピンヒールという出で立ちを見て、訊いた。
「そうよ。けれど慣れないピンヒールなんて履くものじゃないわね」
ララはちょっとバツが悪そうにペロ、と舌を出し、皆が笑う。
「まだ乾杯まで時間があるわ。せっかくだから写真を撮りましょう」
マリルーが言い、通り掛かった人に頼んで五人一緒の写真を撮ってもらい、順番に一人ずつのソロショットも撮影した。集合写真は写っている皆に、ソロショットは本人に送る。そしてユリウスに兄のソロショットをこっそり送っておいた。
開始時間になり、パーティー会場のドアが開いた。エントランスにいた学生たちが一斉に中へと入って行き、いよいよパーティーが始まる。パーティーの開始と同時にハロウィン定番のBGM“スリラー”が流れ出した。
テーブルにはソーセージのパイ包みをハロウィン風にアレンジしたミイラのソーセージロール、振り掛けたパプリカパウダーを飛び散る血に見立てたデビルド・エッグ、お化けの顔が描かれたミニハンバーガー、墓石の形のクラッカーを突き立てた墓場ディップ&チップスなどハロウィンの定番料理やパンプキン・ケサディージャ、スパイシーディップが添えられたスイートポテト・フライ、南瓜や薩摩芋、芽キャベツ、小玉ねぎなど秋野菜のローストと言った旬のものを使った料理、生地を指の形にして焼いた魔女の指クッキー、焼きリンゴのパイ包み、アップル・サイダー・ドーナツ、パンプキン・バーなどのデザートが並んでいた。
「おお、すげえ! 早速飲み物を取りに行こうぜ!」
ライリーが歓声を上げ、皆で会場の端のカウンターへ向かう。
カウンター脇に設置された台にはアップルサイダー・パンチ、魔女の鍋のように見える魔女の劇薬パンチ、真っ赤なヴァンパイア・モクテルなどのノンアルコールドリンクが既に所狭しと大量に置かれていた。
学生たちがわらわらと好きなドリンクを手に取っては離れていく。エドウィンたちも飲み物を取ると次は食べ物の方へ向かった。
五人は食べ物を取ると会場の片隅に集まった。飲み食いしながら話すうちに、BGMはいつの間にか明るくポップでノリが良い、映画『ゴーストバスターズ』のテーマ曲に変わっていた。
「エド、仮装、すっごい気合入ってるね!」
片手にアップルサイダー・パンチを持ったベティがミイラのソーセージロールを齧りながら、感嘆したように言うと、当のエドウィンはぎこちなくハハ、と笑った。
「ルーに『大学時代のハロウィンは一生の思い出になる』って言われて……」
「ねえ、そんなにクオリティ高いなら、ベスト仮装コンテストにエントリーしてみない?」
ハロウィン・パーティーではベスト仮装コンテストが行われることになっており、様々な賞と賞品が用意されていた。
「えっ……? でも、俺……」
春の学園祭で武道演武を披露したものの、今のように完全な娯楽の場でステージに上がるのにエドウィンは抵抗があった。のだが……
「大丈夫、エントリーはグループ単位だから。それならハードル低いでしょ?」
単に彼が恥ずかしがっていると思ったのか、ララが提案する。
「みんなはどう? いい思い出になるわ」
「いいわね!」
「いいわよ!」
「いいぜ!」
「よっし、じゃあ皆でエントリー受付デスクに行きましょ!」
エドウィン以外の四人はノリノリで参加を決め、あまり乗り気ではなかった彼も結局参加することにしたのだった。
五人は受付デスクで名前・連絡先・仮装のテーマを登録してエントリーし、傍に設置されたフォトブースで写真を撮る。写真は審査側が参加者を把握し易くするためのもので、それによりステージ進行もスムーズに行えるというメリットがあった。
エントリー手続きを終えた後、五人は食べ物と飲み物を片手に談笑していた。……のだが。
「あ、そうだ。写真による一次審査をパスしてファイナリストに選出されると、ステージに上がってパフォーマンスしなきゃいけないわよ」
「へ!?」
ふいにララが言い、エドウィンは持っていたミニハンバーガーを落としそうになった。
「パ、パフォーマンス?」
「ええ。お姉ちゃんに聞いた話だから間違いないわ。ポーズを決めたり、キャラクターになりきった短い演技をするの」
「ポーズ……演技……」
「心配すんなって! 五人一緒なんだからよ!」
「エド。腰のイミテーションの短剣を抜いて構えるくらいで大丈夫だと思うわ」
とライリーとマリルーが言った。
「うん! きっと大丈夫!」
ベティも励ますようにガッツポーズを取る。
――ま、まあ、一次審査を通過するとは限らないよな……
内心そんなことを思いながら、エドウィンはまたぎこちなく笑ったのだった。
そしてパーティーも中盤に差し掛かり、ベスト仮装コンテストのファイナリストが発表された。
「エントリーナンバー8! 俺たち、ファイナリストに選ばれたぜ!」
ライリーがグッと拳を握る。
「じゃあみんなで舞台袖に移動しましょ」
「……」
マリルーについて皆が笑顔で歩き出すが、一人エドウィンは当惑した顔で後からついて行った。
舞台袖にはファイナリストである十数組のグループが集まった。
「ほえー、ファイナリストになるだけあって皆、すげえな」
ライリーがライバルたちの凝った仮装にキョロキョロする。
「では、これよりベスト仮装コンテストを開催します! エントリーナンバー1番のグループはステージにどうぞ!」
司会の声が高らかに響き、ナンバー1のグループが壇上に上がった。
ファイナリストたちが次々とパフォーマンスをこなしていき、ついにエントリーナンバー8・エドウィンたちのグループの番になった。
「いい? エド、オーバーな演技はしなくていいから。そのままでも十分いい線いってるわ」
司会に呼ばれたとき、マリルーが兄に素早く耳打ちし、五人はぞろぞろと登壇した。
「では、右端の方から順にパフォーマンスを、どうぞ!」
司会の合図とともに、大きめの赤い頭巾を被ったベティが勢いよく一歩前に出た。バスケットをお腹の前に持ち直し、とびきりの笑顔で手を振ると、会場から『可愛いー!』と歓声が上がる。
続いてララが頭の猫耳を揺らしながら、ピンヒールをカツカツと鳴らしてしなやかに前へ出た。そして観客に向かって爪を立てたシャープなキャットポーズを決め、『にゃん』と言ってペロリと小さく舌を出した途端、会場全体がどよめく。
マリルーは緩いウェーブ髪をふわりと揺らしながら中央に進み出ると一礼し、優雅に杖を振った。魔法をかけるかのように観客席に突き出して、ドキュン♡と効果音が聴こえそうな、魅惑的なウィンクを飛ばすと、会場から『おぉ……!』とため息混じりの歓声が上がる。
ライリーは『次は俺だ!』とばかりに、前に出るとカウボーイハットのフチを持ち上げ、キザにサムズアップを決めて会場の笑いと拍手をさらう。
──そして、最後。順番が巡ってきたエドウィンは、ゆっくりとステージ中央へ踏み出した。妹の助言通り、腰のホルダーからイミテーションの短剣を静かに抜き放ち、目の前の敵と相対しているかのように構える。その瞬間──エドウィンから放たれたのは、息を呑むほど危険な海賊の色香だった。
一瞬の静寂の後、『キャーーッ!!』と会場中に響き渡るような黄色い悲鳴と大歓声が湧き起こった。
結果として、歓声判定により、エドウィンのグループは優勝した。その賞品としてメンバー全員に大学の購買部で使えるギフトカードが贈られたのであった。
表彰式を終えた後もパーティーは続き、最後のダンスタイムではクラブミュージックが流れる中、皆でリズムに乗って体を揺らす。
「へーい!」
そんな中、ハイテンションになったライリーがふざけてマリルーの片手を取り、彼女の頭の上に持ち上げて回転させる。
「ふあっ!?」
マリルーは驚いたものの、すぐに合わせてライリーの肩に片腕を回し、彼に腰を支えてもらい、互いが空いた手をジャーン! という風に左右斜め下へ伸ばして決めポーズを取った。それを見た他の三人は心から楽しそうに笑う。
……そしてダンスタイムが過ぎ、ついにパーティーは終わりを迎えた。
「……あっ、ユリウスさんからLINEが来てた」
友人たちと別れた後、マリルーと車に乗り込んだエドウィンはスマホを確認してユリウスからのメッセージに気づいた。
Julius:海賊衣装の写真、ありがとう。とても素敵だ。今夜のパーティーで君に見惚れる者がいたのではないかと心配になる。仮装した君がこんなに魅力的だと知っていたら、他の誰にも見せたくなかったのだが。これからは私の前でだけ着るようにしてくれ。愛しているよ
「……」
「ん? どうしたの、エド。あっ、ユリウスさんからね。……あちゃー、せっかく高い衣装を買ったのに、これじゃ来年は着れないかな」
兄のスマホを覗き込んでマリルーが言うと、エドウィンが彼女を見た。
「……お前、ユリウスさんに俺の写真、送ったのか?」
「ええ。送るって言ったじゃない」
悪びれずに言うマリルーにエドウィンは溜息を吐いた。
「……もういい。帰ろう」
エドウィンが車を発進させる。二人は星の瞬く夜空の下、ハーバータウンへの帰途に就いた。
~終わり~
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