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第1話 可愛いって、俺にだけ言って

「村上、今日のリボン可愛いじゃん!」 十月の昼休み。 文化祭の準備で賑わう廊下で、村上悠斗は友人に呼び止められた。 「だろ! 今日ちょっと変えてみた!」 悠斗は、得意げに胸元のリボンを指さした。 濃紺のセーラー服に、白い襟。 淡い青のリボンは、いつもより結び目を小さくして、左右をふんわり広げてある。 昨日、鏡の前で何度も練習した結び方だった。 「何かいつもより可愛いな」 「そこ、大事じゃん! 昨日、結構練習したんだから!」 友人が笑う。 悠斗も笑い返した。 そのとき、廊下の向こうから声がした。 「村上! ちょっといい?」 文化祭実行委員の一年生だった。 両手いっぱいに案内板を抱えている。 「どうした?」 「これ、どこに置けばいいかわかんなくて。担当の先輩も見つからないし……」 悠斗は、案内板をのぞき込んだ。 「これ、二階の展示案内じゃん。置き場所、俺わかるよ!」 「本当!?」 「おう! 半分持つから、一緒に行こうぜ!」 悠斗が案内板を受け取ると、相手はほっとした顔になった。 「助かった。ありがとう!」 「いいって! 困ったときはお互いさまじゃん!」 二人で案内板を運び、指定された場所に立てかける。 ついでに、向きがわかりにくかった矢印も直した。 「これなら迷わないだろ!」 悠斗が笑うと、相手も嬉しそうに笑った。 「村上って、ほんと頼りになるね」 「だろ!」 悠斗は得意げに胸を張った。 文化祭の準備は忙しい。 でも、誰かと一緒に何かを作り上げるのは楽しかった。 人に頼られるのも嫌いではない。 困っている人を見つけると、つい手伝いたくなる。 そのせいで、自分の仕事が後回しになることもあったけれど。 「……あっ!」 悠斗は時計を見て声を上げた。 「図書室の打ち合わせ!」 慌てて資料を抱え直す。 「じゃ、俺行くわ!」 友人たちに手を振って、廊下を駆け出した。 **** 「あ、岡本!」 図書室に入ると、受付カウンターの向こうに見慣れた男子がいた。 岡本直人。 一年生の学ラン組で、図書委員をしている。 悠斗とは制服が違うため、普段のクラスも別々だった。 文化祭の展示企画を通じて知り合い、最近は顔を合わせる機会が増えている。 直人は、いつも落ち着いていた。 話を最後まで聞いてくれるし、説明もわかりやすい。 にぎやかな悠斗とは、ずいぶん性格が違う。 「悠斗、来たんだ」 直人が顔を上げた。 「おう! 遅くなってごめん!」 「大丈夫。まだ時間あるよ」 直人はカウンターの下から資料を取り出した。 「昨日の展示案内、修正しておいた」 「マジ!? 助かる!」 悠斗は隣へ回り、資料をのぞき込んだ。 展示の開始時間。 案内図。 本の紹介文。 細かいところまで、きれいに整っている。 「おお! これなら印刷できるじゃん!」 「悠斗が書いてくれた案内文、読みやすかったから。そのまま使ったよ」 「そう?」 「うん。初めて来る人にもわかりやすいと思う」 悠斗は、ぱっと笑った。 「やった!」 自分なりに工夫した部分だった。 それを直人が気づいてくれたのが嬉しかった。 直人は、資料をそろえながら悠斗を見た。 それから、ふと胸元へ視線を落とした。 「……あれ」 「ん?」 「今日、リボンの結び方変えた?」 悠斗は、目を丸くした。 「……えっ、わかる?」 「うん。昨日より結び目が小さい。左右の形も少しふんわりしてる」 直人は、当たり前のことのように言った。 悠斗は、思わず自分のリボンを見下ろした。 朝から何人かに褒められた。 でも、昨日との違いを具体的に言い当てたのは、直人が初めてだった。 「……すげえな、お前」 「そう?」 「そうだよ! 昨日のリボンなんか、よく覚えてるな!」 直人は、少し不思議そうにした。 「見てればわかるよ」 「……見てるの?」 「うん」 直人は、悠斗の顔を見た。 「悠斗、いつもきれいに結んでるから」 悠斗は、返事に詰まった。 褒められるのには慣れている。 セーラー装は自分で選んだ制服だし、可愛いと言われるのも好きだった。 だから、いつもなら「だろ!」と笑うところだ。 なのに。 直人は、もう一度リボンを見た。 「今日のも似合ってる」 それから、まっすぐ悠斗を見つめる。 「可愛いよ」 「……っ!」 悠斗は、慌てて資料へ視線を落とした。 「……お、おう!」 直人が首をかしげる。 「悠斗?」 「いや! 何でもねえ!」 悠斗は、資料を抱え直した。 「じゃ、じゃあこれ! 印刷してくる!」 「うん。よろしく」 直人は、いつもどおりだった。 悠斗だけが、何だか落ち着かなかった。 図書室を出て、廊下の角を曲がる。 そこで、ようやく足を止めた。 「……何だ、今の」 胸元のリボンに、そっと触れる。 直人は、昨日の結び方まで覚えていた。 しかも、可愛いと言ってくれた。 ただ、それだけなのに。 (……ずるくない?) 悠斗は、誰もいない廊下で小さく呟いた。 自分でも、何がずるいのかわからなかった。 **** 文化祭まで、あと一週間。 放課後の図書室で、悠斗は数学のノートを広げていた。 「……やっべ」 明日提出する課題を、すっかり忘れていたのだ。 文化祭の仕事に夢中になり、気づけば提出前日になっていた。 途中までは解けた。 でも、その先がわからない。 「……これ、どっから計算すんだ?」 悠斗が首をかしげていると、隣から声がした。 「悠斗、まだ帰らないの?」 顔を上げると、直人が立っていた。 「岡本! 助けて!」 悠斗は、思わず手を合わせた。 「数学わかんない!」 直人はノートをのぞき込んだ。 「……ここまでできてるじゃん」 「この先がわかんねえんだって!」 「じゃあ、一緒に考えようか」 直人は、隣の椅子を引いた。 悠斗は、少しだけ嬉しくなった。 二人で並んで座る。 黒い学ランの袖が、セーラー服の袖のすぐ隣にある。 直人は、途中の式を指さした。 「ここで先にまとめると、計算が楽になるよ」 「……あ、そっか!」 「そう。あとは自分でできると思う」 悠斗は、もう一度問題を解き始めた。 直人は、横で自分の本を読んでいる。 ときどき悠斗が手を止めると、短くヒントをくれた。 答えをそのまま教えることはしない。 悠斗が自分で気づくまで、待ってくれる。 やがて、最後の問題まで解き終わった。 「……よっしゃ!」 悠斗は、勢いよくペンを置いた。 「できた!」 直人が顔を上げる。 「お疲れ」 「ありがとな! お前、教えるのうまい!」 直人は、少し笑った。 「悠斗がちゃんと考えたからだよ」 その言葉に、悠斗はまた落ち着かなくなった。 直人は、思ったことをそのまま言う。 だから、褒められると余計に嬉しい。 「……お前さ」 「何?」 「誰にでもそんな優しいの?」 直人は、少し考えた。 「困ってたら、手伝うと思うけど」 「だよな!」 悠斗は笑った。 直人らしい答えだった。 すると、直人が本を閉じた。 「でも、悠斗と話すのは楽しいよ」 悠斗は、思わず顔を上げた。 「……え?」 「最近、図書室によく来てくれるから」 直人は、少し照れたように笑った。 「俺、結構楽しみにしてる」 悠斗は、何も言えなくなった。 直人は、時計を確認している。 「そろそろ閉室だね」 「……お、おう!」 悠斗は、慌ててノートを鞄へしまった。 二人で図書室を出る。 夕方の光が差し込む廊下を、並んで歩いた。 「……なあ、岡本」 「何?」 「俺もさ」 悠斗は、少しだけ迷った。 「……お前と話すの、楽しい!」 直人が顔を上げた。 それから、嬉しそうに笑った。 「……そっか」 悠斗も笑った。 直人と話していると、何でもないことまで楽しくなる。 最近は、図書室へ行く理由を探すことも増えていた。 (……俺、こいつのこと結構好きかも) そう思った瞬間、悠斗は少し驚いた。 でも、嫌な気持ちはしなかった。 **** 文化祭当日。 朝から校内は、大勢の来場者で賑わっていた。 悠斗は、実行委員として案内や誘導を担当している。 「図書室の展示は二階でーす!」 大きな声で案内する。 「すみません、体育館ってどこですか?」 「そこの階段を下りて、右です! わかんなかったら、また聞いてください!」 「ありがとう!」 「楽しんでって!」 来場者が笑顔で歩いていく。 悠斗も笑った。 別の場所では、小さな子どもが案内図を見上げて困っていた。 悠斗は、しゃがんで目線を合わせた。 「どこ行きたい?」 「……お兄ちゃんの教室」 「何年生かわかる?」 子どもが答えると、悠斗は案内図を指さした。 「じゃあ、こっち! お母さんと一緒に行ける?」 子どもがうなずく。 「ありがと!」 悠斗は、手を振った。 「どういたしまして!」 そのあとも、次々に声をかけられた。 「セーラー姿、可愛いね!」 「ありがと! 展示も見てって!」 「案内、わかりやすかったよ!」 「マジ!? よかった!」 誰かが喜んでくれると、自分まで嬉しくなる。 気づけば、朝からずっと動き回っていた。 昼前。 悠斗は、案内板の一つが倒れていることに気づいた。 「……あー、これじゃ危ないな」 人の行き来が多く、何度もぶつかったらしい。 悠斗が立て直そうとしたところへ、声がかかった。 「悠斗」 振り向くと、直人がいた。 「岡本!」 「どうしたの?」 「案内板、倒れちゃってさ!」 直人は、通路を確認した。 「入口の横だと、またぶつかりそうだね」 「……確かに」 「少し奥へ動かそうか。そこなら見えるし、通路も空く」 「いいね!」 二人で案内板を持ち上げ、位置を調整する。 直人は、実行委員の用具箱から紐を取り出し、支柱を固定してくれた。 作業が終わると、悠斗は大きく息を吐いた。 「助かったー!」 直人は、悠斗の顔を見た。 「……悠斗」 「ん?」 「少し休まない?」 悠斗は、思わず笑った。 「大丈夫だって!」 「朝からずっと動いてるだろ」 「……え?」 直人は、近くのベンチを指さした。 「さっきも、困ってる人の案内してたし」 悠斗は、少し驚いた。 「……見てたの?」 「うん」 直人は、いつもどおりの声で答えた。 「みんなに声かけて、ずっと動いてるから」 悠斗は、返事に詰まった。 確かに、少し疲れていた。 足も重いし、喉も渇いている。 でも、文化祭は楽しい。 自分が頑張れば、誰かが喜んでくれる。 だから、つい動いてしまう。 直人は、鞄から未開封の飲み物を取り出した。 「これ、よかったら」 「……え、くれんの?」 「うん。俺はもう一本ある」 悠斗は、受け取った。 「……ありがと」 二人でベンチに座る。 飲み物をひと口飲むと、冷たさが喉に染みた。 「……あー、生き返る!」 悠斗が笑うと、直人も笑った。 少しの間、二人は校内の賑わいを眺めていた。 すると、直人が言った。 「悠斗って、すごいよね」 「……何が?」 「初めて会う人にも、あんなに楽しそうに話せるところ」 悠斗は、少し照れくさくなった。 「……まあ、人と話すの好きだし!」 直人は、ゆっくりうなずいた。 「困ってる人がいると、すぐ動くし」 「……お前だって、さっき手伝ってくれたじゃん!」 「俺は、悠斗が困ってたから」 悠斗は、思わず直人を見た。 直人は、まっすぐこちらを見ていた。 「悠斗、頑張ってるなって思ってたんだ」 いつもなら、得意げに笑える言葉だった。 でも、今はうまく返せなかった。 直人は、悠斗が笑っているところだけを見ているわけではない。 忙しく動き回っているところも。 疲れているところも。 気づいてくれる。 「……岡本」 「何?」 「……ありがとな」 直人は、優しく笑った。 「どういたしまして」 それから、悠斗の胸元へ目を向けた。 「……あ」 「ん?」 「リボン、少し緩んでる」 悠斗は、慌てて見下ろした。 「え、マジ!?」 朝はきれいに結んだはずだった。 動き回っているうちに、結び目がずれてしまったらしい。 直人が尋ねた。 「直そうか?」 悠斗は、少し迷った。 直人にリボンを結んでもらう。 そう考えただけで、何だか落ち着かなくなった。 でも。 「……じゃあ、頼む!」 直人は、悠斗の前へ立った。 リボンをそっとほどき、丁寧に結び直す。 指先が、胸元の近くで動く。 いつも落ち着いている直人が、真剣な顔で結び目を整えている。 悠斗は、その横顔をじっと見てしまった。 近い。 思っていたより、ずっと近い。 「……できた」 直人が顔を上げた。 悠斗は、慌てて視線をそらした。 「……あ、ありがと!」 直人は、少し笑った。 「うん。似合ってる」 悠斗は、頬が熱くなるのを感じた。 誰に褒められても嬉しい。 でも、直人に褒められると、どうしてこんなにどきどきするのだろう。 「……なあ、悠斗」 直人が言った。 「ん?」 「今日の仕事が終わったら、図書室の展示も見に来ない?」 悠斗は、顔を上げた。 「……え?」 「悠斗と一緒に準備したから。できれば、最後に一緒に見たい」 悠斗は、しばらく直人を見つめた。 直人から誘ってくれた。 それが、何だかとても嬉しかった。 「……もちろん!」 思わず笑顔になる。 「絶対行く!」 直人も、嬉しそうに笑った。 「待ってる」 悠斗は、飲み物を持ったまま何度もうなずいた。 その日、悠斗は最後まで元気に案内を続けた。 そして、実行委員の仕事が終わると、真っ先に図書室へ向かった。 直人が待っている。 そう思うだけで、足取りが軽くなった。 **** 十二月。 翌年度の制服希望調査が始まった。 悠斗は、教室で調査票を広げていた。 セーラー組。 学ラン組。 二つの選択肢を見比べる。 悠斗は、迷わずセーラー組へ丸をつけた。 この制服が好きだった。 白い襟も、プリーツスカートも、リボンも。 自分なりに工夫できるところが気に入っている。 来年もセーラー服を着たい。 その気持ちは変わらなかった。 ただ、一つだけ気になることがある。 (……岡本、来年どうすんのかな) 直人は学ラン組。 今の制服がよく似合っている。 でも、来年も同じとは限らない。 悠斗は、学校の公式ペア制度を思い出した。 セーラー組と学ラン組。 異なる制服の二人が登録できる、学校公認のペア。 恋人同士で組む者もいれば、友人同士で組む者もいる。 学校行事では、一緒に参加できる機会も増える。 悠斗は、以前から少し興味があった。 でも、誰とでも組みたいわけではなかった。 (……岡本とだったら、いいな) 公式ペアになれば、もっと一緒にいられる。 文化祭も、体育祭も。 それから、公式ペアには、手をつないで登校する習慣もある。 もちろん、義務ではない。 でも。 (……俺、岡本と手つなぎたいかも) そう考えた瞬間、顔が熱くなった。 「……いやいや!」 悠斗は、小さく首を振った。 手をつなぎたい。 もっと一緒にいたい。 図書室へ行く理由を探してしまう。 そんな自分の気持ちが、最近は少しずつわかってきていた。 その日の放課後。 悠斗は、図書室へ向かった。 直人は、いつものように本を整理していた。 「岡本!」 「悠斗、どうしたの?」 「来年の制服、もう決めた?」 直人は顔を上げた。 「うん。学ランのつもり」 悠斗は、ぱっと笑った。 「マジ!?」 直人が少し驚く。 「……そんなに嬉しい?」 「……いや!」 悠斗は、慌てて首を振った。 「ほら、俺、セーラー続けようと思ってるし!」 「うん。似合ってるもんね」 悠斗は、また照れくさくなった。 直人は、少し考えてから尋ねた。 「……それで、何かあるの?」 悠斗は、ゆっくり息を吸った。 「……なあ、岡本」 「何?」 「来年さ」 指先をぎゅっと握る。 「……俺と公式ペア、組まない?」 直人が、目を丸くした。 悠斗は、慌てて続けた。 「ほら、制服違うし! 文化祭とか、一緒に参加できる企画もあるし!」 直人は、黙って悠斗を見ている。 悠斗は、急に不安になった。 直人には、ほかに組みたい相手がいるかもしれない。 そもそも、公式ペアに興味がないかもしれない。 「……その、嫌なら――」 「悠斗」 直人が、静かに呼んだ。 悠斗は、顔を上げた。 直人は、少し照れたように笑っていた。 「……俺も、誘おうと思ってた」 悠斗は、目を丸くした。 「……え?」 「悠斗とペアになりたいなって」 直人は、まっすぐこちらを見た。 「だから、嬉しい」 悠斗は、しばらく動けなかった。 それから。 「……やった!」 思わず拳を握った。 「マジで!?」 直人が笑う。 「うん」 「俺も! お前と組みたかった!」 直人は、少しだけ頬を赤くした。 悠斗は、その顔を見て、胸が高鳴った。 いつも落ち着いている直人が、照れている。 しかも、自分とペアになりたいと言ってくれた。 それが嬉しくて仕方なかった。 「……じゃあ、来年よろしくな!」 「うん。ただ、まだ希望調査だよ」 「あ」 悠斗は、顔を上げた。 制服には、それぞれ定員がある。 希望者が定員を超えれば、抽選になる。 二人が違う制服になれなければ、公式ペアには登録できない。 悠斗は、少しだけ考えた。 それから、にっこり笑った。 「じゃあ、ちゃんと希望通そうぜ!」 直人が笑った。 「抽選になったら運だけどね」 「気合いも大事じゃん!」 「……そうだね」 直人は、楽しそうに笑った。 悠斗も笑った。 来年、直人と公式ペアになる。 そう考えるだけで、春が待ち遠しくなった。 **** 二月。 翌年度の制服希望者数が発表された。 セーラー組は希望者が定員を超えていた。 一方、学ラン組の希望者は定員内だったため、抽選になるのはセーラー組だけだった。 「……うわ、マジか」 悠斗は、掲示板の前で立ち止まった。 隣には直人がいる。 「俺、抽選じゃん!」 直人は、案内を確認した。 「そうだね」 「……落ちたら、学ランになっちゃうな」 「うん」 悠斗は、自分の胸元を見た。 白い襟。 淡い青のリボン。 一年間着続けて、すっかり馴染んだ制服だった。 来年も着たい。 それに。 直人と公式ペアになりたい。 「……俺、絶対セーラー続けたい!」 直人は、悠斗を見た。 「うん。知ってる」 その返事に、悠斗は少し驚いた。 直人は、静かに続けた。 「悠斗がこの制服好きなの、ずっと見てたから」 悠斗は、何だか嬉しくなった。 「……そっか」 直人は、少し笑った。 「希望が通るといいね」 悠斗は、にっこり笑った。 「おう!」 それから、拳を差し出した。 「岡本、応援して!」 直人が、少し驚いた顔をする。 そして、笑って拳を合わせてくれた。 「もちろん」 悠斗は、その小さな約束が嬉しかった。 **** 三月。 制服選択の結果が届いた。 悠斗は、封筒を開く手が少し震えていることに気づいた。 「……頼む!」 通知を取り出す。 『セーラー組・希望承認』 「……よっしゃあ!」 思わず声を上げた。 来年もセーラー組。 大好きな制服を着られる。 そして、直人と公式ペアになれる。 悠斗は、すぐにスマホを取り出した。 『岡本! 俺、セーラー通った!』 少しして、返事が届く。 『おめでとう!』 続けて、もう一通。 『よかったね、悠斗』 悠斗は、画面を見つめた。 それだけで嬉しかった。 でも、文字だけでは足りなくなった。 すぐに電話をかける。 『悠斗?』 「岡本!」 『うん』 「やったな! これで公式ペアだ!」 電話の向こうで、直人が笑った。 『そうだね』 悠斗は、嬉しくて部屋の中を歩き回った。 「四月になったら、すぐ登録行こうぜ!」 『うん。日程が出たら、一緒に確認しよう』 「頼む!」 少し間があった。 それから、直人が言った。 『……悠斗』 「ん?」 『俺も、ずっと楽しみにしてたんだ』 悠斗は、足を止めた。 『悠斗とペアになれるの』 声が、いつもより少し柔らかかった。 悠斗は、何だか胸がいっぱいになった。 「……そっか」 『うん』 悠斗は、少し照れながら笑った。 「……俺も!」 電話を切ったあと、ベッドへ倒れ込む。 スマホを胸に抱えた。 直人と公式ペアになれる。 それが、こんなに嬉しい。 悠斗は、天井を見上げながら笑った。 春が、待ち遠しかった。 **** 四月。 二年生の始業式。 悠斗は、いつもより早く寮を出た。 セーラー服の襟を整え、リボンを結び直す。 今日は、春らしく少しふんわりした形にしてある。 鏡の前で何度も確認した。 (……岡本、気づくかな) そう考えて、少し照れくさくなった。 直人は、きっと気づく。 これまでも、いつも気づいてくれた。 校門の前に着くと、見慣れた学ラン姿が立っていた。 「岡本!」 悠斗が手を振ると、直人が振り向いた。 「おはよう、悠斗」 「おはよ!」 悠斗は、直人の前に立った。 「どうよ! 今日の俺!」 直人は、少しだけ首をかしげた。 それから、胸元を見た。 「……リボン、結び方変えた?」 悠斗は、ぱっと笑った。 「わかる!?」 「うん。今日は少しふんわりしてる」 直人は、ゆっくり笑った。 「可愛いね」 悠斗は、また顔が熱くなった。 「……っ!」 直人が笑う。 「悠斗、最近褒めると照れるね」 「……お前のせいだろ!」 言ってから、悠斗は慌てた。 直人が、少し驚いた顔をする。 「……俺の?」 「……何でもねえ!」 直人は、しばらく悠斗を見ていた。 それから、少しだけ笑った。 「……そっか」 悠斗は、落ち着かない胸を押さえながら歩き出した。 「ほら、登録行こうぜ!」 直人も、隣に並んだ。 公式ペアの登録会場では、二人で申請書に名前を書いた。 セーラー組、村上悠斗。 学ラン組、岡本直人。 並んだ名前を見て、悠斗は満面の笑みになった。 「……やった!」 直人も笑った。 「これで正式にペアだね」 「おう!」 受付を出ると、悠斗は何となく直人の手を見た。 公式ペアになったら、やってみたかったことがある。 でも、いざとなると少し照れくさい。 悠斗が迷っていると、直人がふと立ち止まった。 「……悠斗」 「ん?」 直人は、少しだけ照れたように笑った。 「手、つなぐ?」 悠斗は、目を丸くした。 「……え?」 直人は、手を差し出した。 「公式ペアになったし」 悠斗は、その手を見つめた。 ずっとやってみたかった。 でも、直人から言ってくれるなんて思わなかった。 「……もちろん!」 悠斗は、勢いよく手を取った。 直人が、少し驚いたあとで笑った。 そして、自分から握り返してくれた。 悠斗は、胸がいっぱいになった。 直人の手は、思っていたより少し大きい。 指先が温かかった。 「……へへ」 思わず笑う。 直人が、隣から見た。 「嬉しい?」 「嬉しいに決まってるじゃん!」 直人も笑った。 「……俺も」 悠斗は、その言葉がまた嬉しかった。 二人は、手をつないで校舎へ向かった。 **** 六月。 二年生になって二か月。 悠斗と直人は、すっかり公式ペアとして学校生活に馴染んでいた。 朝は一緒に登校する。 昼休みには食堂で待ち合わせる。 放課後は図書室で、それぞれの仕事や勉強をする。 そして、二人で移動するときは、自然に手をつなぐようになっていた。 悠斗は、その毎日が大好きだった。 ただ、一つだけ困っていることがある。 直人と一緒にいるほど、もっと一緒にいたくなるのだ。 最近では、直人から誘ってくれることも増えた。 図書室に新しい本が入ったとき。 帰り道に、少し寄り道したいとき。 悠斗が文化祭の企画書を抱えているときには、隣に座って手伝ってくれる。 直人が、自分と過ごす時間を楽しみにしてくれている。 それがわかるたび、悠斗は嬉しくなった。 でも、公式ペアは恋人同士だけの制度ではない。 友達同士でも登録できる。 自分たちは、どちらなのだろう。 ある日の放課後。 悠斗は、図書室で今年の文化祭の企画書をまとめていた。 直人は、隣で図書委員の仕事をしている。 「……岡本」 「ん?」 「ここの文章、変じゃない?」 直人は、差し出された企画書を丁寧に読んだ。 「……少し長いかな。二つに分けると読みやすいと思う」 「お、確かに!」 悠斗は、すぐに書き直した。 「ありがと!」 直人は、少し笑った。 「どういたしまして」 そのとき、図書室へセーラー組の男子が入ってきた。 「岡本、ちょっといい?」 「うん。どうしたの?」 「展示の紹介カード、これで大丈夫かな」 直人はカードを受け取り、目を通した。 「うん。わかりやすいと思う」 「よかった!」 男子は、嬉しそうにカードを持って戻っていった。 悠斗は、そのやり取りを何となく見ていた。 直人は、誰にでも丁寧だ。 困っている人がいれば助ける。 頑張った人がいれば褒める。 それは、悠斗自身もよく知っている。 好きなところでもあった。 でも。 (……俺だけじゃ、ないんだよな) 直人は優しい。 誰にでも優しい。 自分が特別だと思いたいのに、確かめるのが怖かった。 悠斗は、机の上の企画書へ視線を落とした。 ふと、胸元のリボンが目に入る。 今日は、朝から少し形を工夫してきた。 直人に気づいてほしかったからだ。 可愛いと言ってほしかった。 最近は、直人に褒められることが、ほかの誰に褒められるより嬉しい。 そして、いつの間にか。 (……ほかの奴には、言ってほしくないかも) そう思うようになっていた。 自分でも、少し驚いた。 誰にでも可愛いと言ってもらえるのが好きだったのに。 直人の「可愛い」だけは、特別にしてほしい。 そんなことを考える自分が、何だか恥ずかしかった。 **** その日の夕方。 二人は図書室の仕事を終え、校舎を出た。 中庭には、まだ夕日の光が残っていた。 いつものように手をつなぐ。 直人の手は温かかった。 「……なあ、岡本」 悠斗は、歩きながら声をかけた。 「何?」 少しだけ迷う。 でも、もう聞かずにはいられなかった。 「……お前さ」 「うん」 「……誰にでも可愛いって言うの?」 直人が、目を丸くした。 「……え?」 悠斗は、少しだけ顔を赤くした。 「ほら、俺によく言うじゃん。リボン可愛いとか、似合ってるとか」 直人は、静かに聞いていた。 悠斗は、握っていた手に少し力を込めた。 「……ほかの奴にも、そんなこと言う?」 直人は、しばらく悠斗を見つめていた。 それから、少し首をかしげる。 「……どうして?」 悠斗は、思わず視線をそらした。 「……いや、別に!」 直人は、黙っている。 悠斗は、ますます落ち着かなくなった。 「……別に、じゃないけど!」 自分で言って、顔が熱くなる。 直人が、少し驚いた顔をした。 悠斗は、もう勢いで続けた。 「……お前が可愛いって言うの、俺にだけにしてほしい!」 言ってしまった。 悠斗は、ぴたりと口を閉じた。 (……やっべ) 何を言っているのだろう。 直人は、恋人ではない。 公式ペアではあるけれど、それだけだ。 こんなことを頼むのは、変かもしれない。 「……いや、今のは――」 「悠斗」 直人が、静かに呼んだ。 悠斗は、顔を上げた。 直人は、まっすぐこちらを見ていた。 「……俺、悠斗にしか言ってないよ」 悠斗は、目を丸くした。 「……え?」 「可愛いって、悠斗にしか言ってない」 直人は、少し照れたように笑った。 「ほかの人の制服も、似合ってるなとは思うけど」 「……うん」 「毎朝、今日はどんなふうにリボン結んでるかなって気になるのは、悠斗だけ」 悠斗の胸が、大きく跳ねた。 直人は、つないだ手をそっと握り直した。 「文化祭のときも、ずっと見てた」 悠斗は、何も言えなかった。 「みんなを笑顔にしてる悠斗を見るのが、好きだった」 直人は、少しだけ頬を赤くした。 「でも、疲れてるときは、俺が気づいてあげたかった」 悠斗は、直人を見つめた。 あの日。 直人は飲み物をくれた。 リボンを直してくれた。 そして、展示を一緒に見ようと誘ってくれた。 全部、覚えている。 直人は、ゆっくり続けた。 「俺、悠斗と一緒にいたくて、図書室に来るのを楽しみにしてたんだ」 悠斗の胸が、いっぱいになった。 「……岡本」 直人は、まっすぐ悠斗を見た。 「悠斗が好きだよ」 悠斗は、しばらく動けなかった。 「……マジ?」 直人が、ゆっくりうなずく。 「うん」 そして、少し照れくさそうに笑った。 「公式ペアになりたかったのも、悠斗ともっと一緒にいたかったから」 悠斗は、何も言えなかった。 ずっと考えていた。 直人は、自分のことをどう思っているのだろう。 自分だけが、こんなにどきどきしているのだろうか。 でも、違った。 直人も、同じ気持ちだった。 しかも、自分が思っていたよりずっと前から、特別に見てくれていた。 悠斗は、思わず笑った。 「……何だよ、それ!」 直人が、少し首をかしげる。 「……悠斗?」 悠斗は、つないだ手に力を込めた。 「……俺だって好きだよ!」 直人の目が、大きくなった。 悠斗は、少し照れながら笑った。 「ずっと好きだった!」 直人は、しばらく悠斗を見つめていた。 それから、嬉しそうに笑った。 「……そっか」 その笑顔を見て、悠斗はもう我慢できなくなった。 直人の学ランの袖をつかみ、ぐっと近づく。 直人が、少し驚いた顔をする。 でも、逃げなかった。 むしろ、悠斗のほうへ少し顔を寄せてくれた。 そのまま、二人の唇が触れた。 一瞬だけのキスだった。 悠斗は、すぐに顔を離した。 「……っ!」 直人が、少し目を丸くしている。 悠斗は、急に恥ずかしくなった。 「……い、今の!」 直人が、少し笑った。 「……うん」 「……勢いで!」 「うん」 「……その、嫌だった?」 直人は、首を振った。 それから、ゆっくり笑った。 「……嬉しかった」 悠斗は、胸がぎゅっとした。 直人は、つないだ手を少し持ち上げた。 「……悠斗」 「ん?」 「……俺も、もう一回したい」 悠斗は、目を丸くした。 直人がそんなことを言うとは思わなかった。 いつも落ち着いていて、何でも自然に受け止めてくれる直人。 でも、今は少しだけ照れている。 その顔を見て、悠斗は嬉しくなった。 「……もちろん!」 直人が笑う。 悠斗も笑った。 今度は、二人ともゆっくり近づいた。 直人の手が、悠斗の背中に回る。 悠斗も、直人の学ランをそっとつかんだ。 二人は、もう一度キスをした。 さっきより、少し長い。 慌てることも、すぐに離れることもなかった。 好きな相手が目の前にいる。 そして、その相手も自分を好きでいてくれる。 それが嬉しかった。 やがて、二人はゆっくり離れた。 直人が、優しく笑った。 「……悠斗」 「ん?」 「……可愛いね」 悠斗は、思わず笑った。 「……お前、今それ言う?」 直人も笑う。 「だって、可愛いから」 悠斗は、顔が熱くなるのを感じた。 でも、今度は逃げなかった。 直人の手をぎゅっと握り、にっこり笑う。 「……もっと言っていいぞ!」 直人が、少し驚いた顔をした。 それから、楽しそうに笑った。 「……うん」 悠斗は、嬉しくなって直人に抱きついた。 直人も、しっかり抱きしめ返してくれる。 セーラー服の白い襟が、直人の学ランに触れた。 悠斗は、そのまま直人の肩に顔を寄せた。 「……なあ、直人」 初めて、名前で呼んだ。 直人が、少しだけ顔を上げた。 「……何?」 悠斗は、少し照れながら続けた。 「……俺たち、今日から恋人でいいよな?」 直人は、まっすぐ悠斗を見た。 そして、嬉しそうに笑った。 「……もちろん」 悠斗は、満面の笑みになった。 「……やった!」 直人も笑った。 二人は、もう一度抱きしめ合った。 **** 翌朝。 校門の前。 悠斗は、いつもより少し早く待ち合わせ場所へ来ていた。 胸元のリボンを整える。 今日は、直人と恋人になって初めて登校する日だ。 昨日までと同じ制服。 同じ校門。 同じ待ち合わせ場所。 なのに、何もかもが少し特別に感じられた。 「悠斗」 顔を上げると、直人が歩いてきた。 黒い学ラン。 いつもの落ち着いた顔。 悠斗は、ぱっと笑った。 「直人! おはよ!」 「おはよう」 直人が、目の前に立つ。 悠斗は、にっと笑った。 「……なあ、今日の俺、どうよ!」 直人は、少しだけ首をかしげた。 それから、悠斗の胸元を見た。 「……今日も、きれいに結べてるね」 悠斗は、嬉しくなった。 「だろ!」 直人は、ゆっくり笑った。 「可愛いよ」 悠斗は、顔が熱くなるのを感じた。 でも、今度はちゃんと笑って返した。 「……ありがと!」 直人も笑った。 悠斗は、その手を取った。 直人が、しっかり握り返してくれる。 悠斗は、少しだけ考えた。 今までも、たくさんの人に可愛いと言ってもらった。 それは、これからもきっと嬉しい。 でも、直人の言葉は特別だった。 直人は、リボンをきれいに結んだ自分も、仕事を頑張っている自分も、疲れている自分も見てくれる。 悠斗は、つないだ手に少し力を込めた。 「……なあ、直人」 「何?」 「俺さ、お前に可愛いって言われるの、めっちゃ好き」 直人が、少しだけ頬を赤くした。 「……うん」 悠斗は、にっこり笑った。 「だから、これからもいっぱい言ってな!」 直人は、ゆっくり笑った。 「……もちろん」 そして、悠斗の手を握り直した。 「これからも、ちゃんと見てるよ」 悠斗は、胸がいっぱいになった。 「……そこ、大事じゃん!」 二人は、顔を見合わせて笑った。 セーラー服と学ラン。 違う制服を着た二人が、手をつないで校舎へ向かう。 悠斗は、隣を歩く直人を見た。 大好きな人が、自分を見てくれている。 それが、何より嬉しかった。 朝の光の中、悠斗のリボンが軽く揺れていた。

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