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プロローグ

 金曜日の仕事終わり。中園|桜生《おうき》は、後輩でよく書類を作って貰っている三城|結翔《ゆいと》と居酒屋に来ていた。しかし結翔はなにかを思いつめたような表情で、それは注文した料理が全て来ても変わらなかった。なにか悩みでもあるのではないか。だいたい今日だって結翔の方から誘ってきたのだ。もし仕事上の悩みがあるのなら、きちんと聞いてやらないと、そう思った。でも、いつまでもこの空気感のままでは居づらいだろう。そう思ってこちらから切り出してやることにした。 「三城。なにかあったのか? 悩みでもあるのなら聞くぞ」  桜生がそう言うと結翔はハッと顔を上げる。自分が黙ったままだったことに今頃気づいたみたいだ。 「すいません。僕の方から誘っておきながら」 「いや、別に用事があるわけじゃないから俺はいいんだけど、なにか思い詰めた表情してるからさ。なにか話でもあるんだろうなと思って」  そう言うと結翔は軽く唇を噛んだ後、息を吸い込んで一気に言葉にした。まるでそうでないと話せなくなってしまうかのように。いや、実際に話せなくなってしまうのかもしれない。 「僕……中園さんのことが好きです!」  一息に言葉にした結翔は俯いてしまう。そして告白された桜生の方はといえば告白されるとは思ってもいなかったので目を見開いて、固まってしまった。なにを言ってるんだ、こいつは。てっきり仕事上の悩みだと思っていた。でも結翔の口から出てきたきたのは仕事のことではなく、プライベートもプライベートのことだった。一瞬、冗談でも言っているのではないかと思ったけれど、結翔は思い詰めたような|表情《かお》をしていて、それが冗談などではなく真面目な話しだとわかる。桜生がなにも言わないことから結翔は焦ってしまったようだ。 「ごめんなさい。いきなりこんなことを言われても困りますよね。でも、本気なんです。あの、でも……」  でも、なんだろう。結翔はそこでまた黙ってしまった。でも、自分が黙ってしまったから結翔が焦ってしまったわけだ。そう思い、こちらも焦って言葉にする。焦って……。でも、大事なことを。 「違う。困ったわけじゃない。ただ、驚いただけだから。仕事上の悩みかな、と思ってたから。えっと……本気なんだよな? そうしたら、多分、俺じゃダメだ」 「あ、お付き合いしている人がいますか?」 「いや、違う。そうじゃない。今は誰とも付き合ってない。ただ、三城はオメガだよな?」 「はい」 「俺はベータだ」 「はい?」  急に俗にいう第二性を出したことで結翔は首を傾げて桜生を見る。 「オメガはアルファと付き合った方がいい」  結翔はしばらく黙っていた。そしてそのあとゆっくりと口を開いた。 「中園さん、ベータだったんですね。でも、性別ってそんなに大事ですか?」 「大事だろう。もしなにかあったときに俺では役に立たないことがあるかもしれない……」  ぼやかして言っているけれど、ヒートのときのことだ。ベータでもオメガのヒート時の熱を逃してやることはできるのだろうか。もしできたとして、それでもオメガとアルファは番うことができるし、運命の番というものも存在するらしい。でも、自分はベータだ。だから結翔と番うことはできない。だからいつまでも多くのアルファを誘惑するフェロモンを出すことになるのだ。番のいるオメガはそういったことがなくなるというけれど。 「性別のことは抜きで答えてください。ただ、好きか嫌いかで答えてください」  そう言われて思わず口をつぐんでしまう。性別を考えずに。そう言われて言ってしまってもいいのだろうか。それは自分もまた結翔のことを想っているから。 「……好きだよ」  ぽつりと小さな声で答える。その答えを聞いた結翔はそれまでの思い詰めたような表情ではなく、花が咲いたような表情を見せた。 「本当ですか?!」 「ああ。本当だよ」  今度ははっきりと桜生が言い切ると結翔は嬉しそうな顔を見せる。 「嬉しい。ダメだと思っていたから」 「でも、ほんとに俺でいいのか? 番にはなれないんだぞ」 「わかってます。でも、フェロモンを落ち着けるために好きでもない人と番うのも恋人になるのも嫌なんです。それなら例えベータであっても好きな人と付き合いたいです」 「そっか」 「はい。あー、緊張しました」 「じゃあ食べよう。ほら、刺身」 「お刺身美味しいですよね。いただきます」  そう言って結翔は笑顔を見せて刺身に手をつける。桜生はそんな結翔の表情を見て、小さく微笑んだ。 「中園さんも食べてください。美味しいですよ、カツオ」 「ああ、食べるよ」 「あの……2人のときは桜生さんって呼んでもいいですか? 僕のことは結翔でいいです」  頬をピンク色に染めて結翔がいう。その顔が可愛いと思う。 「ああ。じゃあ結翔って呼ぶな」 「はい!」  店に入ったときの表情とは大違いだな、と思うけれど笑っている顔の方がいい。桜生も密かに結翔のことを想っていたけれど、まさかこうなるとは思わなかった。それでも、オメガはアルファを求めると言うから、ベータでもいいと言ってくれたことは、ただただ嬉しかった。  これが2人が付き合うようになったときのことだった。

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