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「早坂くん、この問題教えてもらえるかな?」 「俺も教えてほしい」 「分かった。じゃあ黒板使って教えるから、聞きたい人は前の席に座ってくれる?」 あの日心の中で誓ったことを守るべく、所謂優等生になることにした。ありがたいことに容姿には恵まれていたから、勉強もスポーツも何でもこなせるように努力し、完璧な人物を目指した。けれどそうなると、一方的に妬まれることもあるだろうからと、わざわざ底辺な会話にも合わせてきた。 俺に対して抱かれるイメージはそう思われるようにし向けた通りになり、把握している限りでは勝手なイメージを持たれることはなかった。あの時から、中学でも今の高校でも。 二年生に上がり半年経ったが、イメージに支配されてしまった彼と同じようなクラスメートは何人かいたものの、自分がそうなることは一切なかった。 けれど、自分が操作されないことが確実になった今、これ以上は何もする必要はなく、要は現状維持だけしていればいいわけで。それはそれで退屈だと目の前で俺の説明を聞いているクラスメートを見てそんなことを思った。 「ここで求められた解を……」 俺の説明が余程分かりやすいのか目を輝かせている彼らは、きっと脳内に「やっぱり早坂くんって頭が良くて優しいよなぁ」という考えを浮かべていて、でもそれは本人らが自然とそう思ったわけでもなく俺が操作したもの。だからと言って、彼らに何か影響を及ぼすかと言えばそんなことは決してない。 つまりはあの時からずっと俺が一人で怯えていただけじゃあないか。噂をされた彼のようになりたくはないと、俺の頭の中はそればかりだった。そのせいでつまらなくなったのだろう。俺が操作されることはないし、平和な日常しかやって来ないのだから。 「あ、ごめん。急用を思い出したから、ここまででいい? 後は自分たちでやってもらえるかな?」 俺は必死にメモを取っている彼らを前にしてチョークを走らせるのをやめた。急用なんて存在しない。けれど俺がこうして嘘をついたところで誰も疑いやしないのだ。教えるのが面倒になった、馬鹿馬鹿しくなったのだろうとは考えない。 「そうなんだ、ごめんね。後は自分たちでやっておくよ」 「すっげえ分かりやすかった。先生より授業するのうまいな」 一度は了解したことを途中で放棄し、さらにはまだ解いていない問題も複数残っているというのに誰一人責めることなく感謝を述べる。そうだ、ここまできたんじゃあないか。 先週だって課題をする気になれなくてサボった次の日に「解いたのに忘れました」と先生に嘘をついてもあっさり許された。「忘れたんじゃあなくて、解いてこなかっただけだろう」と疑いの目を向けられた生徒もいる中、「早坂は解いていて忘れたのだろうし、今日くらい問題ないよ」とそう言われた。俺が解いていることは前提で忘れたのなら仕方ないとそれだけだったのだ。 作り上げてきた優等生というイメージで人を騙しても責められない。些細な可愛い嘘でも嘘にはなり得ないだなんて。だとすればこんなちっぽけな嘘じゃあ勿体ないだろう?

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