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第1話

「別れよう」  そう言われて頷いた。  それから数日して、女の子と手を繋いで歩いているあいつのことを見て、ああ、そうなのかって。オレとじゃあんなこと、出来ないもんな。 ☆ ☆ ☆  先輩とぽちぽちとリバーシをする。  いつもイイ線行くんだけどなあ。最後にぱたぱたされて負ける。  ぽたって落ちた涙に先輩が 「どーした?負けんのなんて、いつものことだろ?」  って。  焦るでもなく、ふつ~の声だよな。んだから、なんとなく。 「ふられちゃった」  ぽろっと言ってしまった。ああ、馬鹿だなって思って。取りかえしたいって思ったけど、そんなのはやっぱり無理だから、馬鹿だな、馬鹿だなって俺は涙を流しつづける。 「へえ。まあ、あいつじゃなあ」  うん、すごくかっこいいもんな。オレなんか、だったよなあ。  向こうから告って来たのに、いつの間にか好きになってたのは自分で。  ずうっと隠されてて、好きなようにされてて、それでもすごく好きだったから、いいやって、我慢して。  そんでいきなり捨てられちゃうんだもんなあ。  悔し泣きのふりして泣いたっていいよな。  先輩がかちゃかちゃとリバーシの駒を積んで、オレに渡す。  先輩は囲碁将棋部の部長で、バカで囲碁も将棋もルールを覚えれないオレといつもリバーシしてくれる。 「で?」 「やります」 「へえ……本気?」 「ほんき、ですよ」  まあ、本気出したって勝てないけど。 「じゃ、いこ?」  先輩は駒を溝のとこに置くと、立ち上がる。  は? って顔したオレの手から駒を取ると、それもしまってしまった。 「帰る」  部室のあちこちから、うぃーすとか、お疲れ~とか聞こえてきて、何が起きてるんだかわかんないまま、先輩と廊下を歩いていた。  やるって、もしかして、そっちのことか。  いや、でも、まさか。  普通に歩いていた足がだんだん鈍くなって、先輩の背中が遠くなる。  このまま逃げようか。  思った瞬間、先輩の足が止まって振りかえる。  すって手が差し出された。  まさか、って思う。男同士で、とか。  よぼよぼと近づいたオレの手を、なんでもないことみたいに先輩が握る。  まじか、まじか。これはまじなのか。  動揺するんだけど、なんとなく手を振りほどくことはできなくて、先輩の後ろを売られていく牛みたいにドナドナついていく。  先輩の手は少し冷たい。んで乾いている。  外に出ても、先輩はオレの手を離さなかった。  女の人が物凄い勢いで二度見して来る。うわって感じのリーマンもいた。でもほとんどの人は気がつきもしない。  何かリアクションがある度にオレの手は緩む。だけど、その度に、からかうみたいに先輩がぎゅうぎゅうって手を握るから、オレの手は離れることはなくて。  ちょっと猫背の、だけどしっかりとした先輩の背中を見ていた。  ずっとうつむいていたのに。あいつとつきあっている間も、振られてからも。下ばかり見ていたのに、今、オレは先輩の背中を見ていた。  もーやられちゃってもいいかな。  軽いか。  でもいいかって思った。  だって先輩の手、冷たいけど、あったかいし。  気分あがるし。  んで、なんでファミレスにいるんだ。  隣に先輩が座ってるんだ。  なんで、から揚げとかポテトとかあーんってされてるんだ。  先輩がポテトにケチャップをつける。先輩ってケチャップ派なんだな、オレはマヨネーズ派だ。  一瞬ためらうと、ケチャップのついたポテトで口の横をつつかれた。 「あ」  あいた口にポテトがつっこまれたから、仕方がなくもぐもぐ食べる。  先輩がオレの口の横にわざとつけたケチャップを指でぬぐって舐めた。  ざわって周りがざわめいた気がするけど、先輩の表情は変わらなかった。  くっついてる足の間の手を先輩が握って、反対の手が機械的にポテトをオレの口に運ぶ。  自分は全然食べないで、先輩はポテトを延々と俺の口に突っこみ続ける。 「オレ、マヨネーズ派なんですけど」  もぐもぐしながら言った。 「へえ」  ケチャップをつけた先輩がポテトを差し出す。  おとなしくそれを食べると、次のポテトにもやっぱりケチャップがついていて、なんでまたケチャップなんだって頬が緩む。 「赤いの……やらしいよね」  あばばばって赤くなるオレに先輩が微笑む。  それから先輩の表情が消えた。  先輩がつけすぎだろってくらいマヨをつけて差しだした。  なんでいきなり。  そう思ったけど、マヨつきポテトを素直に食べる。  うわ、これ、量が多すぎだろ。唇にマヨがつく。  先輩の指は動かなかったから、自分で唇についたマヨを舐めとる。 「白いのもエロかったわ」  白いの?エロい?は?  つまり、その……あれのことだよな。  ますます赤くなるオレの顔に、また先輩は微笑んだ。  お腹のぽんぽんになったオレと先輩は駅に向かって歩き出す。 「家、どこ?」  オレん家でやるってことなのかな。  親、いたっけ?  そう思いながら家の場所を教える。  にぎにぎしながらオレたちはオレの家にむかった。 「また明日」  家の前で先輩は言った。  なんだったんだ。  また明日ってなんだ。  ぐるぐる考えていると、メールが来た。 「明日、お前んとこの駅前一〇時」  これは、明日はやるってことだろうか。  考えれば考えるほどわからなくなって、でも聞くのは怖いし、だからタイマーをかけてそのまま寝ることにした。 ☆ ☆ ☆  駅前につくと、先輩が手を差し出す。  まじか、って思ったけど、もう手は先輩の手に握りこまれていた。  どこ行くんだろ。  電車に揺られながら考えるけど、よくわかんない。  映画館に入ったらもっとわからなくなった。  アクション映画を見て、飯食って。  また家の前まで送ってくれて。  王様ランドに連れて行かれてびっくりした。絶叫乗っても先輩は無表情だった。先輩の家に連れて行かれて、膝枕してたら、先輩のお母さんがお茶持ってにやにやしながら入ってきて超びっくりした。写メくれって言われて、駄目って先輩が言って。気をきかせたのか、お母さんは出かけてしまって、それで、やるのかな~って思ったら、普通に家まで送られて。  先輩って変わってるよな、とか。何考えてるんだろ、とか。結局、やんないのか?とか。  そんなことばっかになって。  先輩のこと考えていたから、あいつのことで泣かなくなった。そう気がついたのは、結構な時間がたってから。  その日もクラブの帰り、リバーシに負けてぷんぷんするオレと先輩は一緒で。  それでも手を繋いでいた。  だっていつものことだし。 「へえ?」  その声を聞いてびくんとした。  バカにしたみたいな声に反射的に手を離そうとする。だけど、いつも通り、先輩は手をにぎにぎした。 「おれのお下がりと何してんの?」  あいつがオレと先輩を見比べてやな感じで笑った。  なんで、なんで。  目の前が真っ暗になるような気がした。あっさりと言われた別れの言葉が耳に蘇る。  足が、がくがくした。 「お前こそ、また、捨てたものが惜しくなったのか?」  先輩が聞いたことのないような、冷たい声で言った。  また?  またってなんだ。どういう、こと? 「な、戻って来いよ。今度はちゃんと可愛がってやるから」  先輩の言葉には答えずに、あいつは言った。  今度は、優しくしてくれるのか。  今度は、手を繋いでくれるのか。  今度は、今度は……  ぐるぐると、頭の中をあいつとオレが回る。  好きだったんだ。本当に。  そして、気がついた。  オレは下を見ていた。うつむいていた。  あいつといた間いつもそうしていたように。  何をしていても、寂しくて、不安で、好きだったけど、怖かった。怖くてしかたがなかった。  だって、あいつはオレのこと好きじゃなかった。 「来いよ」  手が、差し出された。うつむいた視線の下からそれを見る。  あいつの大きい手と、ブランドもののスニーカー。  先輩の手が少しだけゆるくなった。  オレが何か言われるたび、びびって離しそうになる手をいつだって先輩は離さなかったのに。  なのに、先輩の手はオレのこと、離そうとしてる。  きっとそれは、オレがこいつのこと好きだって思っているからだ。  ぱたっぱたっと音がする。  先輩とするリバーシの音。  先輩はいつだって、最後に全部をひっくり返してしまう。  それは、オレがバカだからなんだけど。  どんなに勝ってるとオレが思っても、気がついたら駒はぱたぱたとひっくり返る。  どんなにオレの気持ちが真っ黒になっていても、先輩はそれを白くひっくり返していたんだ。  どうして、そんなこと。  理由はわかんないけど、緩んだこの手はオレの為だっていうのはわかった。  でも、オレ、あいつと行ったら、また真っ黒になっちゃうよ。  んで、その時は先輩はきっと、オレのそばにはいないんだろ?  そんなの嫌だよ。  だからオレは、先輩の手をにぎにぎした。いつも先輩がするみたいに、にぎにぎ。  それから、勇気をふりしぼって声を出した。 「いかない」  オレが下を見たまま呟くと、先輩がにぎにぎし返した。  にぎにぎ、にぎにぎ。  なんだこれ、バカップルか。  でも、それがすごく嬉しい。  オレは、目をあげてへらりと笑った。  あいつがなんか凄い怖い顔をしてる。  その顔を見て、なんでかっこいいとか思ってたかなとか思う。 「こんなすぐ、気持ちが変わるとか、このビッチが!」 「浮気してたくせに、おまえが言うな」  先輩が冷静に突っ込む。  だよなあ。  けらけらと笑うと、あいつの顔が赤黒くなった。  やっぱ、あいつがかっこいいと思ってたのは幻想だったなと思う。  先輩に手を引かれて、にぎにぎしながら歩く。  ドナドナと歩くオレの足はスキップ出来るんじゃないかってくらい軽かった。 「良かったのか?」  あいつが見えなくなると、先輩が手をにぎにぎしながらつぶやいた。 「あいつ、大事にしてくれたかもしれないぞ?」 「だいじ?……なのかな」 「まあ、八割がた、俺に対するあてつけだろうけど、な。あいつ、前に囲碁やってたんだ。辞めてからも、いろいろ嫌がらせされてて」  ふうって先輩が息を吐く。 「俺がお前ばっかり構ってたから、見透かされて……盗られた」 「え?」 「幽霊部員のお前にルールも教えないで……毎回、リバーシやってて……見え見えだったんだろうな」 「は?」 「すげえにぶいし」  ぎゅうううってすごい力で手を握られた。 「いいいいったぃい」  ぐるぐる考えるんだけど、オレ、バカだからわかんない。  先輩がまたにぎにぎ手を握るから、にぎにぎし返す。 「先輩と、あいつ、知り合い?」 「ちょっとした、ライバルだったんじゃないか?あいつは、辞めたけどな」 「囲碁で?」 「そう」 「先輩、もしかして、偉い人?」 「さーな。一応、段とかは持ってるけど、プロになれるかって言われたら微妙。だから、趣味。あいつは本気でなりたかったみたいだけど。俺に勝てないんじゃ無理だろ」  ん?プロになれるか微妙な先輩と、プロになりたかったあいつで、先輩に勝てなかった?  んあ?よくわかんないって顔のオレに先輩が微笑む。  てか、先輩の声、こんなに聞いたの、はじめてな気がする。  低くて、なんか、腰に来るってっか。 「あいつには、さ、嫌われてるってこと」 「そっか」 「ごめんな」 「何が?」 「何も出来なかった。ただ見てるだけで」  ぎゅって握った手が震えてる。 「俺が、嫌な顔すれば……あいつ、もっと酷いことしたと思うんだ。だから、知らないふりしてた。いつもと同じ、平常心、っての?」 「そ、なんだ」 「無反応でいたら、そのうち飽きるんじゃないかって思ってて……その通りになったら……おまえ、泣くし」 「好きだって、思ってたから」  震える指先に、力が無くなる。  オレはその手をぎゅって握った。 「でも、先輩といたら、忘れちゃったよ。オレ、バカだし」  ぶんとつないだ手を振った。先輩がつられてよろめく。 「でもさ~さっき、なんで行かせようとしたの? 行かせようとしたよね?」 「お前が、あいつのこと好きなら、それもいいかって思った。  俺がお前に執着してるなら、多分、手放さないだろうし」 「え~やだよ。あいつ意地悪だもん」  へらへらって笑うと、今度は先輩が手をぶんと振り回した。  うわ、こけるって。 「俺だって、腹黒いぞ」 「どこがあ?」 「お前に、あいつのこと、考えられなくした。興味を引く為に煙に巻いて、さ」 「やるって、あれ?」 「そ、それも」  先輩がしてくれたことを思い出す。映画つれて行ってくれたりとか、飯奢ってくれたりとか、王様ランドとか、お母さんにあわせてくれたりとか……いつもどきどきした。  どきどきして、先輩でいっぱいになって。  うん、オレ、今、先輩でいっぱいだ。  リバーシでぜーんぶ白で負けちゃったみたいな。  もうそんな負け方しちゃったら、惚れたっていいよな。 「オレと先輩はやるの?」 「やるよ」  先輩がオレを見てにやって笑った。  えへって笑うと、先輩が握ったままの手の甲でぽんぽんって頭を撫でる。 「好きだから、やるよ。色んなこと」  ぶわ~って顔が赤くなった。 「お前は?」 「やるよ!」 「へえ?」  先輩がいつもの調子でそう言った。 「好きだし!」  先輩の頬がちょっとだけ赤くなった。 <くるくるまわるしろとくろ おしまい>

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