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第23話 女装
僕の風邪が治らない内は、キスが出来ない。それはもう諦めたようで、慶二はお風呂から上がると、まだ汗の引かぬ身体で僕を抱き締めた。
chu、chuとリップノイズを立てて、昨夜 みたいに僕の顔中に唇を落とす。
気持ち良くて瞳を閉じていたら、口付けが次第に身体を下がり始めた。
「ンッ!?」
鎖骨を甘噛みされ、ビックリして僕は声を跳ね上げる。
慶二はそのまま、僕の胸にも口付けた。
「あ・んっ……やぁ」
チュパチュパとしゃぶり付かれると、感じた事のない悦 が身を焦がす。
僕は瞳を潤ませて、慶二を見下ろした。
バスローブの僕の、脚の間に割り込んで、唇はどんどん下がっていく。
おへそにぬめる舌が入り込んでくると、内臓を直接舐められているような不思議な感覚がして、声が漏れた。
「やん・あ……慶二駄目、イっちゃう……!」
念入りに洗ったけど、分身をペロリと舐め上げられると、何だかイケナイ事をしているようで、心がざわざわする。
それとは別に、身体がビクンと大きく跳ねた。
「はぁん……っ」
「本当だ。もうイきそうだな。歩は感じやすいな。何処が感じる?」
裏筋から丁寧に舐められ、先っぽで舌が遊ぶ。
「や・そこ・駄目ぇっ」
「先端か。イきたくなったら、イって良いぞ」
唾液のたっぷり乗った舌で先っぽを嬲 られ、僕は思わず身を強ばらせて、足でシーツを蹴ってベッドをずり上がる。強過ぎる快感に、身体が無意識に逃げを打っていた。
慶二が僕の太ももに両腕を回し力を込めて、僕の身体を引き摺り下ろす。逃げられない。
イかないギリギリの所で、先っぽを責められて、僕はどうにかなりそうだった。
「ア・あんっ・や・おかしく、なっちゃうっ」
「なっても良いぞ。……可愛いな、歩」
だけど瞬間、悪夢がフラッシュバックした。
『可愛いねえ、歩くん……ひっひっ』
そう言って、僕を組み敷く親戚のおじさんの、悪魔みたいに歪んだ笑顔が慶二とダブる。
反射的に、僕は思いっきり、慶二の頭を蹴りつけていた。
「いたっ!」
上がったのは僕の好きなバリトンで、すぐに正気に戻る。
「あ! 慶二ごめっ、僕、『可愛い』って言われると……」
「ああ……そうだったな。すまない」
分身は縮こまってしまって、慶二は行為をやめると僕と並んで横になって、指の甲で頬を撫でた。
「ごめんなさい……」
涙を滲ませる僕の前髪に長く口付けてから、慶二は穏やかな声で訊いた。
「言いたくなければ言わなくて良いが……何があった?」
言おうかどうしようか悩んで沈黙してしまう僕の頬を、慶二が優しく撫でる。
「ああ、無理しなくていい……」
「中学生の時」
僕は思いきって口に出した。人に言うのは、初めてだった。
今度は慶二が沈黙して、僕の小さな声に耳を澄ます。その間も、ずっと頬は撫でられていた。
「両親が死んだ後……僕と姉ちゃんはいったん、唯一の親戚の家に引き取られたんだ。遠縁で、会った事もなくて、僕と姉ちゃんは遠慮しながら暮らしてた」
思い出して、僕の頬を撫でてくれてる、慶二の緩く握った拳に掌を重ねる。
大丈夫。今は、この拳が僕を守ってくれる。
「僕が脱衣所で服を脱いでる時、おじさんが間違って入ってくる事が何回かあって……嫌だったけど、僕の思い上がりだと思って、誰にも言えなかった」
慶二は黙って、聞いてる。
「僕らが引き取られて半年くらい経った頃……家に、僕とおじさんだけになった。そしたらおじさんは凄い力で僕を組み敷いて、言ったんだ。『可愛いねえ』って。何回も。ズボンを脱がされて……僕は、恐くて声も出せなくて……姉ちゃんが帰ってこなかったら、犯されてる所だった」
気付いたら、僕は泣いていた。慶二の親指の腹が涙を拭ってくれて、初めて気付く。
「姉ちゃんが僕の代わりに、児童相談所にかけ合ってくれて……僕らは二人っきりで、あしなが基金からお金を借りて、成人したんだ。僕のせいで……姉ちゃんに苦労かけたし、ずっとトラウマだった」
話し終わると、僕はふうっと細く息を吐いた。ずっと、誰にも言えずにいた罪悪感が、涙と一緒に流れてく。
慶二は……どう思うかな。
「歩のせいじゃない」
静かに、だけど力強く慶二は言った。
「幼少期のそういう体験は、自分が悪いんだと責めてしまう事があるけど、絶対に歩のせいじゃない。歩を襲った奴が、一方的に、圧倒的に悪いんだ。出来る事なら、その場で歩を守ってやりたかった。自分を責めるな」
「ありがとう、慶二……」
「良かった。お前は、笑ってるのが一番だ」
「え……」
瞳はまだ涙で濡れてたけど、十年間心に蟠 っていた罪悪感を吐き出したばかりだというのに、僕は笑っていたらしい。
慶二のお陰だ。
甘い雰囲気になりかけた時、インターフォンが鳴った。この鳴り方は、平良さんだ。
慶二はすぐに起き上がって、部屋の隅のボタンを押した。
「どうした」
『お邪魔して申し訳ありません』
「いい。何だ」
『実は、孝太郎様からご連絡がありまして』
孝太郎……って、確か、慶二のお父さんだ。
『明日、歩様とお会いになる時間を設けるとおっしゃいまして』
「そうか。実家でか?」
『フレンチの店をご予約されたそうです』
えっ。僕の苦手な、フランス料理?
「そうか……歩はフレンチが嫌いだが、我が儘を言うのは、第一印象が良くないな」
慶二は自分の顎を摘まんで考える。
覚えててくれたんだ。
『あと、大切な事でございますが……』
平良さんが、珍しく言い淀む。
「何だ」
『孝太郎様は、歩 様のお名前を聞いて、女性だと思ってらっしゃるようです。大変にお喜びでした。ここはしばらく、歩様に女性のふりをなさって頂いた方が、よろしいかと』
「何っ」
慶二の声が動揺する。
あ……創さんの言葉が蘇った。
『慶二は、女が本当に駄目なんだ。君に女装癖があるなんて知ったら、契約を破棄するかもしれないぞ?』
慶二のお父さんの為に女装するのは簡単だけど、慶二に僕がしょっちゅう女装してるって事は知られちゃいけない。
改めて危機感がわいた。
「そうか……仕方ない。分かった。歩には女の格好をさせよう」
『は。失礼致しました』
僕はベッドの上にぺたんと座って、成り行きを聞いてた。
「歩。聞いた通りだ。すまないが、女のふりをして欲しい」
「あ……うん。姉ちゃんがよく泊まりに来るから、アパートに綺麗めのスカートとか、メイク道具とか揃ってるよ」
「そうか。下手にブランド品で固めるより、そっちの方が好印象かもしれないな。じゃあ、それを着てくれ。フレンチは、食べられるか?」
「あ……うん。食べられるけど、マナーが苦手なんだ」
「ああ、それは夜までに、平良に仕込んで貰えば良いだろう。急な話ですまないな、歩」
「ううん。平良さんに習って、お父さんに気に入られるように頑張るね」
僕たちはハグし合って、その夜はそれぞれの部屋で眠った。
この時は、この女装で一騒動あるなんて、思いも寄らなかったのだった。
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