23 / 37

第23話 女装

 僕の風邪が治らない内は、キスが出来ない。それはもう諦めたようで、慶二はお風呂から上がると、まだ汗の引かぬ身体で僕を抱き締めた。  chu、chuとリップノイズを立てて、昨夜(ゆうべ)みたいに僕の顔中に唇を落とす。  気持ち良くて瞳を閉じていたら、口付けが次第に身体を下がり始めた。 「ンッ!?」  鎖骨を甘噛みされ、ビックリして僕は声を跳ね上げる。  慶二はそのまま、僕の胸にも口付けた。 「あ・んっ……やぁ」  チュパチュパとしゃぶり付かれると、感じた事のない(えつ)が身を焦がす。  僕は瞳を潤ませて、慶二を見下ろした。  バスローブの僕の、脚の間に割り込んで、唇はどんどん下がっていく。  おへそにぬめる舌が入り込んでくると、内臓を直接舐められているような不思議な感覚がして、声が漏れた。 「やん・あ……慶二駄目、イっちゃう……!」  念入りに洗ったけど、分身をペロリと舐め上げられると、何だかイケナイ事をしているようで、心がざわざわする。  それとは別に、身体がビクンと大きく跳ねた。 「はぁん……っ」 「本当だ。もうイきそうだな。歩は感じやすいな。何処が感じる?」  裏筋から丁寧に舐められ、先っぽで舌が遊ぶ。 「や・そこ・駄目ぇっ」 「先端か。イきたくなったら、イって良いぞ」  唾液のたっぷり乗った舌で先っぽを(なぶ)られ、僕は思わず身を強ばらせて、足でシーツを蹴ってベッドをずり上がる。強過ぎる快感に、身体が無意識に逃げを打っていた。  慶二が僕の太ももに両腕を回し力を込めて、僕の身体を引き摺り下ろす。逃げられない。  イかないギリギリの所で、先っぽを責められて、僕はどうにかなりそうだった。 「ア・あんっ・や・おかしく、なっちゃうっ」 「なっても良いぞ。……可愛いな、歩」  だけど瞬間、悪夢がフラッシュバックした。 『可愛いねえ、歩くん……ひっひっ』  そう言って、僕を組み敷く親戚のおじさんの、悪魔みたいに歪んだ笑顔が慶二とダブる。  反射的に、僕は思いっきり、慶二の頭を蹴りつけていた。 「いたっ!」  上がったのは僕の好きなバリトンで、すぐに正気に戻る。 「あ! 慶二ごめっ、僕、『可愛い』って言われると……」 「ああ……そうだったな。すまない」  分身は縮こまってしまって、慶二は行為をやめると僕と並んで横になって、指の甲で頬を撫でた。 「ごめんなさい……」  涙を滲ませる僕の前髪に長く口付けてから、慶二は穏やかな声で訊いた。 「言いたくなければ言わなくて良いが……何があった?」  言おうかどうしようか悩んで沈黙してしまう僕の頬を、慶二が優しく撫でる。   「ああ、無理しなくていい……」 「中学生の時」  僕は思いきって口に出した。人に言うのは、初めてだった。  今度は慶二が沈黙して、僕の小さな声に耳を澄ます。その間も、ずっと頬は撫でられていた。 「両親が死んだ後……僕と姉ちゃんはいったん、唯一の親戚の家に引き取られたんだ。遠縁で、会った事もなくて、僕と姉ちゃんは遠慮しながら暮らしてた」  思い出して、僕の頬を撫でてくれてる、慶二の緩く握った拳に掌を重ねる。  大丈夫。今は、この拳が僕を守ってくれる。 「僕が脱衣所で服を脱いでる時、おじさんが間違って入ってくる事が何回かあって……嫌だったけど、僕の思い上がりだと思って、誰にも言えなかった」  慶二は黙って、聞いてる。 「僕らが引き取られて半年くらい経った頃……家に、僕とおじさんだけになった。そしたらおじさんは凄い力で僕を組み敷いて、言ったんだ。『可愛いねえ』って。何回も。ズボンを脱がされて……僕は、恐くて声も出せなくて……姉ちゃんが帰ってこなかったら、犯されてる所だった」  気付いたら、僕は泣いていた。慶二の親指の腹が涙を拭ってくれて、初めて気付く。 「姉ちゃんが僕の代わりに、児童相談所にかけ合ってくれて……僕らは二人っきりで、あしなが基金からお金を借りて、成人したんだ。僕のせいで……姉ちゃんに苦労かけたし、ずっとトラウマだった」  話し終わると、僕はふうっと細く息を吐いた。ずっと、誰にも言えずにいた罪悪感が、涙と一緒に流れてく。  慶二は……どう思うかな。 「歩のせいじゃない」  静かに、だけど力強く慶二は言った。 「幼少期のそういう体験は、自分が悪いんだと責めてしまう事があるけど、絶対に歩のせいじゃない。歩を襲った奴が、一方的に、圧倒的に悪いんだ。出来る事なら、その場で歩を守ってやりたかった。自分を責めるな」 「ありがとう、慶二……」 「良かった。お前は、笑ってるのが一番だ」 「え……」  瞳はまだ涙で濡れてたけど、十年間心に(わだかま)っていた罪悪感を吐き出したばかりだというのに、僕は笑っていたらしい。  慶二のお陰だ。  甘い雰囲気になりかけた時、インターフォンが鳴った。この鳴り方は、平良さんだ。  慶二はすぐに起き上がって、部屋の隅のボタンを押した。 「どうした」 『お邪魔して申し訳ありません』 「いい。何だ」 『実は、孝太郎様からご連絡がありまして』  孝太郎……って、確か、慶二のお父さんだ。 『明日、歩様とお会いになる時間を設けるとおっしゃいまして』 「そうか。実家でか?」 『フレンチの店をご予約されたそうです』  えっ。僕の苦手な、フランス料理? 「そうか……歩はフレンチが嫌いだが、我が儘を言うのは、第一印象が良くないな」  慶二は自分の顎を摘まんで考える。  覚えててくれたんだ。 『あと、大切な事でございますが……』  平良さんが、珍しく言い淀む。 「何だ」 『孝太郎様は、(あゆみ)様のお名前を聞いて、女性だと思ってらっしゃるようです。大変にお喜びでした。ここはしばらく、歩様に女性のふりをなさって頂いた方が、よろしいかと』 「何っ」  慶二の声が動揺する。  あ……創さんの言葉が蘇った。 『慶二は、女が本当に駄目なんだ。君に女装癖があるなんて知ったら、契約を破棄するかもしれないぞ?』  慶二のお父さんの為に女装するのは簡単だけど、慶二に僕がしょっちゅう女装してるって事は知られちゃいけない。  改めて危機感がわいた。 「そうか……仕方ない。分かった。歩には女の格好をさせよう」 『は。失礼致しました』  僕はベッドの上にぺたんと座って、成り行きを聞いてた。 「歩。聞いた通りだ。すまないが、女のふりをして欲しい」 「あ……うん。姉ちゃんがよく泊まりに来るから、アパートに綺麗めのスカートとか、メイク道具とか揃ってるよ」 「そうか。下手にブランド品で固めるより、そっちの方が好印象かもしれないな。じゃあ、それを着てくれ。フレンチは、食べられるか?」 「あ……うん。食べられるけど、マナーが苦手なんだ」 「ああ、それは夜までに、平良に仕込んで貰えば良いだろう。急な話ですまないな、歩」 「ううん。平良さんに習って、お父さんに気に入られるように頑張るね」  僕たちはハグし合って、その夜はそれぞれの部屋で眠った。  この時は、この女装で一騒動あるなんて、思いも寄らなかったのだった。

ともだちにシェアしよう!