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第23話 男の浪漫(2)

 お預けを食らったものの、目の前に佇むのは、しっとりと手に吸い付くようなモチ肌の主。  それを覆い隠す、いや、隠すよりも際立たせる意味合いの方が濃いサラリと滑る一枚の守り。防御力は皆無だと気付いていないのだろう。土井の目を盗んで少し捲り、移り香を味わう。  浮き出た脈に沿って指先を滑らせると、張りつめた誇張の内に潜む柔らかな弾力が伝わり、かえって煽情的だ。ボタニカルカラーの滑らかな誂えの上から歯を立てたらどんな鳴き方をするだろう。かぶりつきたくなるのを、理性を総動員してぐっと堪えた。 「さ、お茶が入ったよ。……手は洗ったか?」  土井が湯呑みを配るよりも早く、船山の手が伸びる。  塩漬けの葉ごと齧り付くなんて、お里が知れるぞ。俺は意地でも剥いてやる! 「で? 土井はどっちだ?  桜餅  葉っぱ食べる派? 引ん剝く派?」 「今日のは駅前の海苔巻き屋さんの桜餅と道明寺だから、そのまま葉ごといただく。」  船山は土井の賛同を得て満面の笑み。 「でも、浅草長命寺の桜餅なら葉を剥がす。  あれは初めから剥がして食べる計算で、塩漬けの葉二枚で挟んでいるからな。移り香で充分なんだよ」 「ああ、だから、一枚だったり二枚だったりするのか。俺のよく食べるのは二枚だった」 「…服部さん、ほんとにお育ちが良いんですね。  うちで食べるのいっつも一枚ですよ? 生粋の庶民です」  船山が二つ目の道明寺に手を伸ばした。有名でも高級でもない、おばちゃん一人で切り盛りする海苔巻き屋だが、この店の和菓子は少し緩めの餡が絶妙に美味いのだ。  本物の桜の開花は来週だろうか。今日のところは花より団子、ということで。  うかうかしていると食べ損ねそうな勢いに、俺も自分の分の桜餅を手に取ってキープした。土井が用意してくれた黒塗りの菓子皿と姫フォークはすっかり出番を失い、テーブルの隅に追いやられてしまった。 <桜餅編 おしまい>

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