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第3話 塩味と苦味

『ハマると地獄を見るぞ』 …言われても、何を大袈裟な!と笑って流した数時間前の自分を恨めしく思った。 恐る恐る舌先で触れ、隠れた苦味…というか、不純物の味を探る。 隠された微かなエグ味。知ってるものと違う。こんなに違うんだと再確認する。  熱い。想像以上の熱に不意を突かれ、握る手を思わず緩めてしまう。 ここまで来てやめるなんて言わないよね?と軽く睨みつけられ、気を取り直して塊に手を伸ばした。 事の発端は、会社を出てすぐ、寮の先輩土井さんに逢ったところから。 寮と言っても、会社で一棟借り上げているワンルームマンションなので、食事は自己管理。 せっかくの金曜だから、と、土井さんの馴染の店に立ち寄ることになった。 スナック「Venus」は俺達の寮のすぐ近く。ママの那須さんと土井さんが同郷だとかで意気投合し、決まってカウンターに陣取る。 気さくな店で、野郎ふたりの雑な会話。 「“過ぎたるは及ばざるが如し”っていうだろ?何事もあんばいってのがあるんだよ。」 …はい。 「乾いたままじゃ役に立たない!中指の腹だよ!その加減が大事なんだよ!」 …はい。 アルコールの所為か、いつもより熱くなる土井さんを、ママがたしなめる。 「土井ちゃん、無茶よぅ。話だけでどうやって伝えようってのw」 あたしはお役に立てないわよ~♪と陽気に立ち去るママ。 「那須ママの言うとおりだ。話だけじゃ、な?」 ??? 「船山、俺の部屋行くぞ!」 !?!?!? 。。。。。。。。。。。。。。。。。。 そして、土井さんの部屋で炊きたての新米をひたすら握る俺がいる。 土井さん自慢の、全国津々浦々の天然塩がずらりと並び、試して米と相性の良い塩を選べと言う。 米の甘みを引き立てる、荒塩に隠れた苦味、雑味。 選び方一つで、同じ手で握っていると思えないほど別物のように味を変える。 シンプルだからこそこだわりたくなる。塩の産地も、米の銘柄、水加減も。 『嵌ると地獄を見るぞ』と囁かれたのも今なら解る。地獄?いや天国だ! きっとこの週末は、密林で炊飯器のレビューを読み漁るんだろ。わかってるよ、抗うのは無駄だよ。 その日から、やたらに米の減りが早い。 独身男子が、食費に、しかも家飯代に補填する羽目になるなんて…っ! 禁断のメニュー 塩むすび は天国……いや、やっぱり地獄だったのかもしれない。 <塩むすび編おしまい>

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