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第13話

「あのような目にあいながら悪党を庇うとは、なんというお心の優しい方だ。この権座、芯から胸を打たれました。どうぞお元気になるまでいくらでもこの(あば)ら屋にいらしてください」 権座は言うが早いか、しなだれかかった桃太郎を抱きかかえるようにして囲炉裏の傍へ座らせ、肩には薄い布団をかけました。そして、囲炉裏の真ん中で煮えている粥を欠けた椀に取ると、「粗末な粥ですが食べれば少しは元気が出ます」と、励ますような表情で差し出したのでした。 あまりにも勝手が違って面食らった桃太郎は、思わず椀と箸を受け取ってしまいます。当然食べられるわけはございませんので、口をつけもせずに固まっておりますと、権座は心配げな顔で横からじいっと見つめてきます。 「なんとお優しい方なのでしょう。けれど、ご恩を返さずにこれ以上のお情けを受けるわけにはまいりません。どうぞ、先に私にお礼をさせてくださいませ」 平次の子種を大量に飲んだのでまださほど空腹ではありませんでしたが、今後の策を練るためにもとりあえず権座の摩羅を見ておきたい桃太郎は頑強に言い張ります。しかし、その頑なさに更に心を動かされた権座は、桃太郎が食べるまで自分も一切食べ物を口にしないとまで言い出しました。 「とにかく、食べて体を休めるのが大事です。食べつけぬ粗末な粥でしょうが、どうぞ一口食べてください」 港町らしく小魚が入った粥でしたが、他には野菜の切れ端しか入っておらず、確かに粗末なものでした。それでも、鍋に残った粥よりも桃太郎に渡された椀の粥の方が、はるかにたくさんの小魚と野菜が入っております。本当に自分に元気になってほしいと思っているのだとわかり、桃太郎は狼狽しました。 ――であれば早ぅ子種を寄こせと。 「お礼だなんだと申しましたが、私は本当はそんな立派な志があるわけではないのです。ただ、尺八が好きなのです。どうぞ私を助けると思って、権座さんに尺八を吹かせてくださいませ」 どうも権座は色事に疎いらしいと、清らかな風情をかなぐり捨て、桃太郎ははっきりと要求を口にしました。すると権座は悲しそうな顔をして、「見ての通りの荒ら屋で、桃太郎殿に吹いていただけるような笛がないのです」などと見当違いなことを言い出します。 「そうではなくて!私はお摩羅が好きなのです。お摩羅をしゃぶり、子種を吸い出し、それを飲むのが好きなのです。だから権座さんのお摩羅をしゃぶらせてくれと、そう言うておるのです」 完全に焦れた桃太郎は、言うが早いか椀と箸を置いて、権座の足の間に躍り掛かりました。しかし、一息早く権座が避け、桃太郎の両手首をがしりと掴みます。 「そのようにはしたない言葉を使えば、儂が桃太郎殿のお礼を受けると思われましたか。それとも、狼藉をはたらかれて自棄になっておられるのですか。あなた様にそのようなことは似合いません。どうぞお気を楽に、粥を食うてください。温かい物を食えば、気持ちも落ち着きます」 尚も真剣に桃太郎を気遣う権座に、桃太郎は生まれて初めて怒髪天をつきました。 「摩羅をしゃぶらせろと言うておるのじゃあぁぁ!」 両腕を捕まれたまま大暴れをする桃太郎を、権座は悲しそうな目で見つめます。そして首を振り、「あなたは疲れているのです。今宵は無理に食事をせずともよいので、もうお休みください」と宥めるように言って、桃太郎を床に連れて行こうとします。 桃太郎はもう半狂乱です。こんなに思い通りにいかなかったことはこれまで一度もありませんでした。 無理やり床に寝かされ、薄い布団を掛けられて、宥めるように布団の上からぽんぽんと軽く叩かれます。その間も桃太郎の両腕は権座の片手で戒められており、権座の褌に手を伸ばすことができません。 飲めないとなると余計に飲みたくなるもので、桃太郎は子種が欲しくて悲しくすらなってきました。 うっうっと嗚咽する桃太郎が眠りに落ちるまで、権座はひたすら優しく布団の上からぽんぽんと慰め続けました。

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