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Daydream Candy 第1話

「いくらだ――?」 「――は?」 「だから、お前。いくらでヤらせんだ。一発五万? それとも十万ってか?」  まるで感情の起伏が読み取れない、飄々(ひょうひょう)とした無表情でそんなことを訊く。突然の奇行に【波濤(はとう)】は驚き、怒りを通り越して唖然としてしまった。  この男が自身の勤めるホストクラブに入店してきたのは、ほんの一ヶ月前のことだ。初秋を告げる金木犀の香りが心地よく鼻につく、そんな季節だった。 ◇    ◇    ◇ 「おい、知ってっかッ!? ウチの(はす)向かいに新しい店が来るって話っ!」 「聞いた。十月オープンだってじゃん! 来週からは改装工事も始まるって。さっき現場確認に来てたぜ」 「マジかよー!」  普段はクールを装う華麗なホストたちが顔を揃えてそんな話で持ちきりになったのは猛暑もたけなわの七月中旬、此処は新宿歓楽街にあるホストクラブだ。店名を【club-xuanwu(クラブシェンウー)】という。  店の規模は業界内では中堅といったところだが、ルックスも性質も極上のスタッフが揃っているという口込みで、ここ最近はライバル店を軒並み抜いて業績を上げつつある――うなぎのぼりのように見えて、その裏では堅実な努力の結果、名を上げてきた店だ。  オーナーは三十代の半ばで面倒見の良い兄貴気質、スカウトから入店後も細やかにスタッフの教育に携わり、客の扱いは無論のこと、スタッフ同士の先輩後輩の礼儀までをも根気よく教え丁寧に面倒を見る。いわば地道な努力を欠かさず積み重ねてきた結果、年々経営も拡大して、現在は此処(ここ)新宿店を拠点に都内に三店舗を持つようになった規模だ。  その斜向かいに、やはり昨今名を上げてきているライバル店が開業するらしいという噂が広まったのが、つい先週末のことだった。  何でも元ナンバーワン上がりの若手経営者が半年ほど前から始めた店で、それこそ”うなぎのぼり”の急成長店舗だそうだ。現在は歓楽街の割合外れの地区で営業中だが、資金の目処が立ったのか、街区一等地に近いこの辺りに引っ越してくるというわけらしい。  いかに新参店とはいえ、そんな強力なライバルが出店となれば、少なからず焦らないではない。しかも立地が斜向かいというのはまるで挑発に他ならない。  有ること無いこと噂が飛んで、焦れるスタッフらの統率を含め、目下の対策として若きオーナーが采配したのは、都内にある他の三店舗から指名率の高いホストを一時的にでも新宿店に派遣(まわ)し、改めて店のイメージアップを図ろうということだった。  各店舗から助っ人としてホストたちが選ばれ、中でも六本木店からはナンバーワンを張っている男が入店してくるとあって、新宿本店では別の意味でちょっとした話題に浮き足立っていたりもした。 ◇    ◇    ◇  それがこの男だ。  先程から『抱く抱かない、料金はいくらだ』だのと突飛なことを言ってのけている男。本名を氷川白夜(ひかわびゃくや)、源氏名を【(りゅう)】といった。  一八六センチの長身に濡羽色のストレートを一糸乱さずバックにホールドして梳かし付けた髪。(まと)うスーツはすべて高級な繻子素材、一目で分かる質の良さそうな靴はオーダーメイドだろうか。大概のホストならば競って身につけたがりそうな派手な宝飾品には目もくれず、ノーアクセサリーできっちりとタイを着用したその出で立ちからは、隙のひとつも感じられない。無口であまり笑顔を見せない上に、進んで客の機嫌を取ろうともしない。軽快さやノリの良さも全くないこの男からは、おおよそホストとしての雰囲気など皆無に感じれらた。  新宿店のナンバーワンで活躍していた波濤にとっては、まるで自身と正反対のタイプのこの男が、ある種興味深い存在であったのは確かだ。そんな男だから、彼が入店してきた時分はちょっとした冷戦的空気が、店の中に流れたこともあった。

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