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Daydream Candy 第3話

 そんな男があろうことか目の前で突飛なことをほざいているのだから、硬直するのも当然か――。  一緒に飲まないかなどと誘ってきたこと自体にもすこぶるビックリしたというのに、いきなり自宅マンションに案内されたと思いきや、長財布から札束を引き出しながら未だ無表情でこちらの様子を窺っているこの状況に、何らかの反応をしろという方が無茶だ。波濤は唖然とし、眉を引きつらせながら立ち尽くしてしまった。 「どうした? 黙り込んじまって。もしか十万(じゅう)じゃ足りねえのか?」 「……何つったらいいか考えてた……。あんたさ、どーゆーつもりか知らねーが……なんか勘違いしてねえ? 第一、今日は一緒に飲むんじゃなかったの? ナンバーワン同士、もうちょい懇意になっといた方がいいとか何とか抜かしてやがったじゃん」 「――ああ、あんなのはただの口実だ」  クスッと鼻先で笑う。その口元は接客時に垣間見たのと同じように、薄い冷笑を伴っている。不本意にもカッと頬の熱が上がるような気がして、波濤は顔を背けた。  それを合図のように龍は波濤の真正面へと歩み寄ると、あろうことかクイとその顎先を掴んで持ち上げたのだから驚きもひとしおだ。 「ちょ……ッ、戯けんのもたいがいに……!」 「知ってるぜ。お前、店でも稼ぎ頭で後輩の面倒見もいい優等生みてえだけど。裏じゃ随分ご大層な秘密があるみてえじゃねえか。お前の客って女は勿論、(やろう)も案外多いのな? で、何? そいつらとアフターまで付き合うんだろ?」  意味ありげな瞳が薄く弧を描いている。侮蔑とも挑発とも取れないような視線で見流されて、頬は更に熱を持った。 「例えば昨夜の客――青年実業家ふうの結構な男前だったよな? まだ閉店前だってのに早々に引き上げて、こっそり抜け出して? 何処へ行ったんだ? 野郎二人で仲良く”(メシ)”ってわけでもねえだろ?」 「……ンなことっ、どうだっていいだろが……ッ! 他人(ひと)のアフター事情なんか知ってどーすんだって……!」  挑発に乗るつもりなど更々なかったが、動揺を隠す為か、波濤は咄嗟にそう怒鳴りあげてしまった。そんな態度を横目に、相反して龍の方は今までの意味深な冷笑をピタリと止めると、酷く落ち着いた調子で、 「――興味があるんだ」  低い声でそう言うなり、手を添えていた顎先を掴んでクイと持ち上げた。 「ちょ……ッ!」  逃げる暇もなく不意を突くように軽く唇を重ね合わされて、波濤はギョッとしたように瞳を見開いた。 「何しやがる、てめっ……何考えてっ……んだって……!」  抵抗の言葉をまるで無視するように、龍は顎先に添えていた指を首筋へと移動する。まるで慣れた手つきでネクタイの結び目が解かれるのを感じても、驚きが先に立って振り払うこともできずにいた。  器用にそのタイを乱しつつ、もう片方の手では長財布から札束を覗かせる。  波濤にしてみれば、自身自慢のマジックの技をもしのぐような巧みさだ。どんな技術を持っていやがる――と、つい邪な興味を引かれている内に、いつの間に外されたのか、シャツのボタンから覗いた胸板へと札びらを押し付けられて、更に唖然としてしまった。 「昨夜のあの男、あいつと寝たんだろ? あいつだけじゃねえよな? 俺が新宿店(みせ)に来てから一ヶ月、お前が野郎と一緒にアフターに消えるの三回くらい見たっけな? しかも毎度違う相手。器用な男だな」 「――――ッ」 「女を抱くだけじゃなくて野郎の相手もお手のモンか。さすがナンバーワン――なんて褒める気にもならねえな」 「てめ……ェっ、何をっ……」 「二十万(にじゅう)でどうだ? アフター代わりってのもナンだが――相手が俺じゃ不満か?」  矢継ぎ早に発せられる信じ難い言葉に瞬きすらままならない。普段のポーカーフェイスからは程遠いような強引さにも驚かされっ放しで、返答どころか抵抗すらもすっかり脳裏から抜け落ちて呆然状態――そんな様子を嘲笑うかのように、龍はわざと挑発的な視線で、今度は少々得意げな笑みを浮かべてみせた。 「けど――満更じゃねえだろ? お前、店でよく俺のこと見てるもんな? ちっとは気があるって証拠だろうが」  とんだ言い草にさすがに黙ってはいられず、 「ふざけんなっ……!」  されるがままを一転、波濤は龍の胸板を思い切り両の掌で突き飛ばした。

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