44 / 60

Double Blizzard 第8話

「や……っ、っう……ああ……放……っ!」 「うはぁ、たまんね! すっげイイ声で啼きやがる……! おい、早く脱がしちまえって!」 「……やめろッ! よせっつってんだろうが!」  乱暴にされる度に顔を出す欲情を振り払うように、波濤はひたすら叫び続けた。例えそれが凶暴な野獣共を更に煽り立てるだけだとしても、そうする以外に術はないのだ。  こんな酷い状況の中で、ふと脳裏に浮かんだのは自らを育ててくれた黄老人のやさしい笑顔だった。  笑っていなさい。どんなに辛い時でも他人にやさしく、思いやりを持てる男でいなさい。笑顔は皆を幸せに導いてくれるのだよ――  そう言って、頼る身内のない自分にとびきりの愛情を注ぎ育ててくれた老人の笑顔を思い出せば、無情にも涙腺を緩ませた。  じいちゃん――  じい……ちゃん……!  こんな時、あんたならどうするってんだ――  俺は……どうすりゃいいんだ――!  そしてまた一人、脳裏に浮かんだのは唯一人の男の顔だった。  自らを求め、抱き、黄老人とは別の意味での愛を注いでくれた男の顔―― 「……っ、う……りゅう……」  龍ーーーーッ!  無意識に、波濤は一人の男の名を絶叫した。この場にいない彼に、この声が届かないと知りつつも、例え幻でもいい、今すぐここに来て欲しいと願う気持ちを一心に込めた魂の叫びだった。  その後も容赦なく、男たちは襲い来た。下肢を押さえ付けられ、ズボンをずり下ろされて、両の脚を開脚させられる。見下ろしてくるニヤけ顔の野獣たちが、逸ったように彼ら自身のベルトを緩めて舌舐めずりをする形相が地獄に思えた。と同時に自らを裏切る一人歩きした欲情が恨めしい。 「うっほ! 何だかんだ言って、あんたももう勃ってんじゃん、オニーサン!」 「ほーんとだ! 高そうなお洒落なパンツに沁みまで作っちゃってるぜ! 催淫剤効果、すげえな! 撮影係、ちゃんと撮っとけよ?」 「なぁ、おい! 突っ込む前にもうちょい遊んでやろうぜ。ちっとは可愛がってやんなきゃ色男のオニーサンも気の毒じゃね?」  好き勝手な言葉が悪寒と欲情を増殖させる。 「……そ、クソッ……よせ! やめてくれ……頼むから……!」  もう涙を隠す余裕もなく泣き濡れて懇願する波濤を見下ろしながら、男たちの興奮も最高潮に達していった。 ◇    ◇    ◇  同じ頃――  どこかしこを捜せども静まり返って人の気配がしない建設中の建物の中で、龍と帝斗、そして龍が呼び寄せた男たちが必死に波濤の行方を追っていた。完成間近と思えるビル内には灯りが漏れていそうな所すら見当たらない。さすがに焦燥感が苛立ちを煽った、その時だった。上の階から物音がしたようだと龍の元に報告が入ったのだ。 「どの階だ!」 「はい、だいぶ音が遠かったので、結構な上層階かと思われます」  聞くなり、龍は凄まじい勢いで階段を駆け上がった。  各階毎に廊下を覗きながら捜す内に、とあるフロアの一室から薄明かりが漏れているのを発見して息を殺した。  部屋に近付いてみれば、中には確かに人の気配――龍は間髪入れずに扉を蹴破った。  悶々とした濁る空気が嫌悪感と焦燥感を炙るようだ。  今の今まで、数人がいただろう気配を感じれども、そこには誰もいない。一足遅かったということか――そう思って更に部屋の奥へと足を踏み入れた瞬間、床に投げ出されていた眩しい程のライトが驚愕の光景を映し出して、龍は一瞬絶句させられた。  そこには乱れた服装の波濤が、床に転がるようにして倒れていたからだ。 「波濤ッ――!」  龍は絶叫と共に駆け寄り、愛しい者を抱き起こした。 「波濤! おい、しっかりしろッ! 波濤!」  引き裂かれたようなシャツとジッパーの下ろされたスラックス、腹や胸には引っ掻かれたような傷痕があちこちに浮かび上がっている。何をされたのか、彼のこの格好を目にしただけで想像がついた。  脳裏に浮かぶ腹立たしい光景に、煮えたぎるような怒りを抑えつつも、先ずは彼の容態を把握するのが先決だ。怪我はしていないか、意識はあるのかと身体中を探る。すると、 「……う、龍……じゃねえ……か、お前……」  苦しげに顔を歪めながらではあるが、はっきりとした意識で波濤がそう言った。 「――ッ波濤!」  とてつもなく安堵すると共に、何故もっと早く来てやれなかったかと後悔が自身を苛む――  だが、そんなこちらの意に反して、腕の中の波濤は余裕のある表情でクスリと苦笑してみせると、 「来て……くれたんだ。さんきゅ……な、龍――」  嬉しそうに言った。 「波濤、大丈夫か! 怪我はしてねえか? お前をかっさらった連中はどうした!?」  ここには波濤しか見当たらない。では、犯人たちは既に逃げてしまったということだろうか。 「ん、あいつらはそこ……。隣の部屋でノビてる……」  波濤は苦しげに息を上げながらも、自嘲するように顎先で扉口を指してよこした。その視線の先に目をやれば、確かにコネクティングルームのような次の間らしき部屋の扉が真新しいソファで塞がれている。まだビニールシートを被せたままの新品の家具類だ。それらで扉を塞いで、彼らを閉じ込めたというわけか。 「まさか、お前が……一人でやったのか?」  波濤と扉口とを忙しなく交互に見やりながら龍は訊いた。

ともだちにシェアしよう!