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Double Blizzard 第10話
(催淫剤か――!?)
龍は素速くその意をくみ取ると、
「一番近いのは……ここからだとホテルzhuque だ! 急いでzhuqueへ着けろ!」
運転手にそう伝えた。帝斗には後のことを任せて、後続車で先に店へと戻ってもらう。そして助手席では、龍に忠実な男が運転手にテキパキと指示を出す。ここへ来る時にも同様にいろいろとナビゲーション役をしていた男である。
「老板 、ホテル最上階のプライベートルームを開けておくように伝えました。風呂もすぐに使えるように致しましたが、他に何か必要なものはございますか?」
男は後部座席の龍にそう訊きつつ、運転手には『駐車場へ入ったら専用エレベーターで車ごと最上階へ』と指示を出した。
ホテルzhuqueというのは、龍、もとい氷川白夜が経営している企業のひとつである。波濤が拉致されていた場所からは車を飛ばせば五分と掛からない位置だ。
最上階のペントハウスは、経営者である龍のプライベートスペースとなっている。宿泊客の駐車場とは別に、車ごと登れる専用エレベーターが備えられていて、誰とも会わずに最上階へと着けられる仕様になっている。龍がホストになる前には、経営状態などの視察で、月に数度は寝泊まりに使っていたこともある部屋であった。
そして龍のことを”老板”――つまりはボスという意であるが、そう呼ぶ助手席の男は何者なのか。波濤はおぼろげな意識の中で懐かしい広東語の混じった会話が、脳裏の奥深くでこだまするかのように余韻となっていくのを不思議に感じていた。
◇ ◇ ◇
部屋に着くと、龍と波濤を残して助手席の男と運転手の男は下がっていった。
とにかくは波濤を催淫剤から解放してやることが何より優先だ。龍は彼を姫抱きするように抱え上げ、ベッドルームへと連れて行った。
「何も心配するな。ここには俺とお前だけしかいない」
波濤をベッド上へと寝かせると、間髪入れずに彼のスラックスを剥ぎ取った。
よほど我慢していたのだろう、波濤の下着はぐっしょりと濡れて大きな染みがスラックスまでを湿らせていた。その先走りの液の量を見ただけでも、彼がどれほど辛かったのかが手に取るようだ。
「何も考えなくていい。俺に任せてお前は感じたままにしていればいい」
龍はとびきりのやさしい声音でそう言うと、刺激を避けるように濡れそぼった下着を丁寧に脱がせた。
「……やっ、は……、ああああッ……!」
我慢に我慢を重ねていたソコを晒されると同時に、波濤からは絶叫のような嬌声が漏れ出した。
これ以上ないくらいに腫れ上がっている波濤の雄を掴み上げ、口淫で裏筋に舌先を尖らせながら舐め上げれば、ビクビクと太腿を震わせ、すぐに絶頂を放ってしまった。
「や……龍、ダメ……俺……また……くる……! ああッ、んっ、んっ……はぁ……」
身体中を震わせながら、止め処ない快楽の波に抗えないことに少しの恐怖を覚えるのか、波濤の大きな双眸からは涙がこぼれ落ちる――龍はそんな様子を憐れに思えども、同時に愛しくてたまらない気持ちがこみ上げて、腕の中の恋人に持ち得るすべての愛情を注ぎ込んでやりたいと強く強く思ってやまなかった。
殆ど萎えないままで、再び頭をもたげて張り詰めていく雄を舌先で愛撫しながら、竿を包み込むように愛しげにしごいてやれば、鈴口からはとっぷりと透明な液がこぼれ出す。未だ涙声で、波濤は言った。
「龍、好き――俺、お前が好きだ。お前の傍にいたい……ずっとお前といたい……もう……独りになりたく……ねえよ」
それは初めて聞く彼の気持ちだった。幾度と身体を重ねようが、一度たりとて聞けなかった言葉でもある。
今までは彼独特のプライドが邪魔してなのか、あるいは恥ずかしさが先に立ってからか、言う機会を逃しているのかとも思っていたが、それは違う。今なら彼の真意が分かる気がしていた。
『好きだ』というそのひと言を、波濤は言いたくても言えなかったのだ。腹違いの兄、平井菊造に脅されながら金を無心され続け、その工面の為に客の男に身体を売っていたことで、誰かを好きになったり愛したりできる立場ではないと諦めていたのだろう。
本当は――どれほど伝えたかっただろうか。
どれほど縋りたかっただろう。どれほど甘えて寄り掛かりたかっただろう。
波濤との逢瀬を重ねる中で、彼とは相思相愛であろうことは明白だった。だが、その気持ちを言葉で伝えてくれることはなかった。
彼は我慢していたのだ。
愛しいと伝えることもできずに、たった一人で恐喝に苛まれながら、それでも身体を繋ぐ時だけはその温もりを預けてくれていた。どれほど辛かったことだろう――そんな波濤の胸の内を思えば、龍は堪らない気持ちに全身を掻き毟られるようだった。
普段はおおよそ見せることのない、龍の瞳にも涙が滲む――
「何も心配するな……。これからは俺がいる。ずっとお前の傍にいる。お前が迷惑だって言ってもぜってえ離してなんかやらねえ――! ずっと一緒だ、波濤。苦しいことも嬉しいことも全部俺に預けろ! 波濤……」
愛している――
ありったけの想いを込めて、龍は波濤を抱き締めた。
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