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Double Blizzard 第16話

 すぐには上手い言葉など見つからず、ただただうつむくだけしかできない。 「俺と一緒に生きるのは……嫌か?」  嫌なわけはない。  だが、何と答えてよいか、咄嗟には言葉にならずに、その思いの代わりに波濤は龍の広い胸へとしがみつき、顔をうずめるように抱き付いた。 「お……お前こそ、嫌じゃねえのかよ……。俺、俺は……汚ねえこといっぱいしてきたん……だし……今でも厄介事抱えて……」  言葉に詰まった彼が言いたいのは菊造への金の工面のことだろうか。今後も金の為に身を売るようなマネをせざるを得ないかも知れない――そんなことを思っているのか、切なげに眉を歪める波濤を、龍はより一層強く抱き寄せた。 「菊造のことなら何も心配するな。ヤツのことは俺が引き受けると言ったろう?」 「引き受けるって……そんなこと」  まさか自身に代って金を払ってくれるとでも言い出すつもりなのか。 「これは俺自身の問題だし……お前に迷惑は掛けたくねえよ」  そんなことは以ての外だと言いたげな瞳が、苦しそうに揺れている。  穏やかに龍は笑った。 「別に俺が金の工面を肩代わりするわけじゃねえから安心しろ。実はさっきな、お前が寝ている間にお前の親父さんに会ってきたんだ」  その言葉に波濤はガバッと身を起こし、驚いたように龍を見つめた。 「親父に会ったって……俺の……?」 「そうだ。お前の実の父親、平井剛造氏だ。お前がこの日本にいることを知って喜んでいたぞ。お前に会いたいと言っていた」 「親父が……本当に?」 「ああ。それに――お前は望まないかも知れねえが、菊造のこともきちんと伝えた。ヤツがやったことは隠してうやむやにしていいことじゃない。親父さんが心を痛めるかも知れないから、お前は黙っていてくれと言うだろうと思ったが、俺の判断で勝手をさせてもらった」  またしても波濤は驚いた。確かに、いつか父親に会うことが叶う時がきたとしても、菊造のことは黙っていようと思っていたからだ。腹違いとはいえ、兄が弟に金の無心をしていたなどと知れば、父が心穏やかではいられないだろうと考えてのことだった。  一度も会ったことはないとはいえ、父と母とは大分年齢も離れていたと聞いている。もう老年の父に余計な心配などさせたくなかったのだ。 「お前に何の相談もなく勝手なことをして済まないと思っている。だが菊造をこのまま野放しにすればいいかというと、それは違うと思う。金の無心だけでも許し難いってのに、未遂とはいえお前にいかがわしい商売をさせようとしたことは許せねえことだ。分かってくれ、波濤――」  真剣な眼差しで見つめてくる龍の瞳が、彼の中の葛藤や正直な思いを物語っているのが伝わってくる。波濤は再び龍の胸元へと顔を埋めると、 「いいんだ……。お前が俺ンこと、すっげえ考えてくれたのは分かる……。親父にまで会いに行ってくれて……感謝してる」 「波濤――」  しがみついてくる身体を両の腕で思い切り抱き返しながら、龍は言った。 「俺だって――正直なところ、世間一般的には褒められたもんじゃねえことをたくさんしてきた。お前に言えねえような、それこそ汚ねえっていわれることにも手を染めてきた。それでも――いいか? こんな俺を、お前は……」 「好きだよ……! お前が何をしてようが……マフィアだろうが、そんなのどうでも……いんだ。俺は……」  お前といたい――! 「お前と一緒に……生きていきたい……」 「――(ひょう)」  いつもの源氏名『波濤』ではなく、本名の『冰』と呼ばれたことが心臓を跳ね上げた。  見つめ合い、どちらからともなく引き寄せられるように唇を重ね合う。瞳を閉じ、触れるだけのキスをして、額と額をコツリと合わせた。 「冰――愛してるぜ」 「ん、うん。俺……俺も」 「こんな気持ちになる日が来るなんてな。若い頃は想像もつかなかった」  そうだ。誰かを真剣に愛しいと思う気持ちを、他人事なら理解できなくもないが、まさか自分自身にこれほど大切に思える相手ができるなどとは思ってもみなかったのだ。 「けど龍さ……お前、モテたろ? カッコいいし頼りがいありそうだし、男らしいしさ」  腕の中でもぞもぞと動きながら、波濤がそんなふうに訊いてくるのが可笑しくて、龍はフッと鼻を鳴らしてしまった。 「なんだ、妬いてくれるのか?」 「バッ……! 違えって! 俺はただ……一般的に見て、多少モテたんだろうなって思っただけで」 「気になるか?」  ニヤニヤと嬉しそうにする様子は、まるで子供っぽい。そんなところも魅力に思えてしまうから、尚タチが悪かった。 「なっ……らねえよ! ホントお前って……タチ悪ィ」  普段はつけ入る隙もないような仏頂面の男が、自分の前でだけ見せる少年のような悪戯な微笑みが眩しくてどうしょうもない。 「その”タチの悪い”男がお前の旦那だろ?」 「だ……旦那って……!」  こういうことを恥ずかしげもなく、しれっと言ってのけるところは、出会った当初から変わらない。 「そう恥ずかしがるこたぁねえだろ? そうだ、揃いの指輪でも作るか? なあ、冰」 「ゆ、指輪……!?」  全くもって気の早い男である。

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