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―― 幸せのいろどり(71)
アーリーアメリカン調の店内へ足を踏み入れると、暖かみのある柔らかいライトの落ち着いた雰囲気に、心がほぐされたような気がしてホッとする。
自分が知らずに緊張していたことに気付いて、心の中で苦笑した。
「いらっしゃいませ」
中へ入るとすぐに、30代半ば位の男が声をかけてきた。
洗いがかかったボタンダウンのシャンブレーシャツをラフに着こなしている男は、この店にやけに溶け込んでいる。
「待ち合わせですか?」
「いえ……。 マスターはいますか? 知り合いなんですが……」
「はい、奥におります。 呼んできますのでカウンター席でお待ち頂けますか?」
案内されたカウンター席に腰掛けて、ぼんやりと店内を眺めていた。
―― なんでバーのマスターなんて、やってるんだろう。 大学は医学部に入ったと噂に聞いた気がするが。
「やっと来たな、透」
考え込んでいると、不意に声をかけられて前に視線を戻した。
いつの間にかカウンターの中に光樹先輩が立っている。
「どうも」
軽く頭を下げて、なにを呑もうか考えていると、光樹先輩がカウンター越しに身を乗り出すように、俺の顔を覗き込む。
「お前、痩せた? いや、やつれてんな」
そう言うなり、一度奥のスタッフルームに入って行き、ジャケットに腕を通しながら戻ってくる。
「透、行くぞ」
いきなり言われて面食らってしまう。
「行くって何処へ?」
「俺のマンション」
「え? ちょっと、待ってください。 俺、光樹先輩のマンションになんか行きませんから!」
スタスタと出口へ歩いていく背中に慌てて言葉を投げつけた俺を、光樹先輩はのドアの前で立ち止まって振り返る。
「直の話を聞きたいんだろ? ここじゃ出来ないんだよ。 いいから従いてきなって」
そう言ったかと思うと、光樹先輩は俺の手首を掴んで、店の外へ連れ出してしまう。
そして、半ば強引に車の助手席に押し込められた。
―― この前、直くんがここに座っていた。
キスをしていた二人が乗っていた車に、 今自分が乗っている。 そう思うと、思い出したくない光景がまた頭を過ぎって、眉をひそめた。
「難しい顔、すんなって」
そう言いながら、光樹先輩はエンジンをかける。
「晩飯は食った?」
「はい…… 一応」
「そっか、じゃマンションに直行するよ」
そう言って、光樹先輩はアクセルをゆっくりと踏み込んた。 車は駐車場から出ると、路地を抜けてメインストリートに入っていく。
俺は、流れていく街灯りに視線を向けて、光樹先輩の顔を見ないようにしていた。
光樹先輩のマンションに行ったあの夏を思い出して、まさか同じ間違いは起こる筈はないと、自分に言い聞かせながら。
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