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―― 幸せのいろどり(97)
札幌から戻って来て、神谷さんに手配してもらっていたマンションにやっと入居する事が出来た。
家具も何もない部屋だけど、ここからまた新しく始まる。そんな気がしていた。
準備や片付けなどに追われて、慌しく日々が過ぎていき、もうすぐ仕事が本格的に始まる。
…… 直くんには…… まだ連絡をしていない。
しようと思えばいつでも出来たのに、忙しくしていた事を理由にするのは自信が無いから。
出逢って惹かれて、曖昧に始めてしまった関係は、ほんの短い間の出来事だった。
だけど直くんの存在は、俺にとって深くて意味のあるものに変わっていった。
直くんに対する好きと想う気持ちは変わっていないけど、出逢った頃と今では、愛の形は確かに違う気がする。
―― あれから……もう3ヶ月も過ぎたのか。
『へぇ、そうなんだ。大学生だよね?何月生まれなの?』
『3月31日なんですよ。』
出逢ったあの日に、そんな会話をしたことがあった。
―― 19歳の誕生日……か。
今日、その事を思い出したのはただの偶然で、深い意味など何もない。
今も、自信なんてどこにも無い。
今も、直くんが俺の事を忘れずにいてくれているなんて思っていない。
だけど、ただ…… もう一度だけでいい…… 逢いたい。
今日は、夕方の早い時間から神谷さんと事務所のスタッフで俺の歓迎会をしてくれて、ほろ酔い加減で帰りの電車に揺られながら、窓の外の走る景色も目に入らずに、直くんの笑顔を思い浮かべていた。
あのカフェレストランに、毎週通うのが楽しみだった。 いつも知らず知らずに、彼の姿を目で追っていた。
逢えなくなってから時が経ち過ぎているから、直くんがまだあそこでバイトしているとは限らない。
でも、気が付いたら―― 自然に、あの店の最寄駅で電車を降りていた。
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