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線香の香りがする指先が、そろりと僕の頬を撫でた。 少し色の薄い榛色の目が、気遣わしげに僕の目を覗きこんでくる。 心の奥を見透かされそうな気がして、僕は目を伏せた。 「泣いても、いいんだぜ」 優しい声と共に、仄かに煙草の匂いがした。 「……僕を、施設に返しますか?」 試しにそう言ってみると、頭上から息を飲む声が降ってくる。 そっと顔を上げてみると、傷付いたような、痛ましいような、そんな悲しい顔をした男の人が僕を見下ろしていた。 髪を整える習慣がないのか、ボサボサの短髪で、なんとなくがさつそうな男性だ。 五年前まで警察官だったのだけれど、今は辞めて小さな書店の店主をしてるそうだ。 今でも体は鍛えているようで、体格はがっしりとしていた。顔立ちも精悍で、もう四十五歳のはずだが本来の年より五歳は若く見える。 この人は、僕を施設から引き取ってくれた養母の、兄だ。 つまり、僕の伯父という事になる。 「返さねぇよ。お前は、由里子の……妹の忘れ形見だ」 両親の棺へと視線を移し、伯父は悲しみに顔を歪めた。涙を見せないのは、僕が隣に居るからだろう。 伯父が灯し直したばかりの線香から、すうっと糸のような煙が天井に向かって伸びていく。 寝ずの番をする者は、僕と伯父の二人しか居ない。この伯父にとって、養母はたった一人の家族だったのだ。 少し席を外して一人にしてあげた方がいいのは、まだ子供の僕にも分かる。 だが、そうする気には、ならなかった。 喪服がわりの学ランの裾を引っ張る。少し、丈が小さい。もうすぐ高校に入るから、買い換えずにいた物だ。 「でも、僕は……これから学費とかで、お金がかかります。お養母(かあ)さん達の遺産を、僕なんかが」 「そんな心配しなくていい。俺が面倒見てやるから」 「でも……僕は先月引き取られたばかりで、伯父さんとは、今日が初対面みたいなものです。そんな僕が、迷惑をかけるわけには」 「関係ねぇ。養子縁組の手続きは済んでんだ。確かにお前は俺の甥だ。細かい事、気にすんな」 「でも」 「でもは、もういい。お前はどうしてぇんだ?」 優しい手が、裾を摘む僕の手を握った。脂気の無い、かさりとした冷たい手。うっすらと血管の浮いたその手の甲に、そっと反対の手を伸ばす。 筋に沿って、指先を滑らせてみた。 「んっ」 少し擽ったそうに、手の甲が逃げる。それを捕まえて、伯父の目を見上げた。 その力強い瞳は、決して僕から目を逸らさない。年齢と共に刻まれた目元の皺は、微笑むとより深まった。 「僕は……汚い子です。だから、駄目です」 「……は?」 「分かりませんか?つまり……僕が引き取られたのは、そういう事をさせるため、です」 驚愕に、伯父の目は見開かれた。 養母の棺の隣に置かれた、養父のそれへとその視線が向けられる。 「おい、まさか」 数秒呆けたようになった後、伯父はすっくと立ち上がり、拳を握り締めて唸った。今にも、養父の棺にその拳を叩きつけんとして、その腕を自分で掴んで止めていた。 怒りと失望に震える背中を、僕はじっと見詰める。喪服に包まれたその背中は、広く逞しい。 その大きな背中が、僕の為に小さく丸まっているのだと思うと、不思議な気持ちだった。 「ぐ、……あの野郎、まさか、そんな。……ああ、くそっ!」 「お養母(かあ)さんもですよ」 ばっとこちらを振り返り、伯父は固まってしまった。 その綺麗に澄んだ目には、絶望と、僕の姿が映り込んでいる。 僕の顔はまるで女の子のようだ。まつげが長くて、唇が薄い。身体も、ほっそりしていた。 だけど、最近は少し筋肉も付きはじめ、少年らしくなってきたと思う。 僕くらいが、ちょうど『美味しい』時期だ。 「でも……二人は良い義両親でした。僕は、まだ引き取られたばかりだったけど、施設に来る前や、施設で職員にされた事に比べたら……ずっとずっと良くしてくれました。だから、二人が、事故にあって亡くなって、凄く悲しいです……」 そう言いながら、僕はゆっくりと学ランの上着を脱いだ。 中のシャツの釦を、一個ずつ外していく。 「っ、な、何を」 「……僕は、汚い子だから」 「止めろ、バカか!そんな……」 「夜は、人肌の温もりが無いと、おかしくなるんです。セックスの中毒なんですよ。そんな風に、されたんです。小さな頃から……こんな僕を、引き取られますか?」 揺れる瞳には、欲望は無い。 彼は理性ある大人で、子供を性欲対象にするような下衆な真似は、決して出来ないのだろう。 むしろ同情と、深い悲しみに染まっていた。 「……俺が引き取らねぇと、まさかお前は……」 「はい、また施設に帰って……そして、夜は毎晩、職員のベッドで……」 浮き出した喉仏が、緊張でごろりと動く。 震える指先が、喪服のポケットから煙草のパッケージを摘み出した。 一本咥えて、火を付ける。 苦々しい表情で、伯父は灰色の煙を吐き出した。 苦渋の決断を下した彼は、今にも煙草のフィルターを噛み切りそうなくらいに、噛み締める。 「……分かった、相手をしてやる」 すっかり前をはだけた僕は、両腕を伯父に向かい差し出した。抱擁を求める仕草に、ぎこちなく応じてくれる。 そろそろと背中に回された冷たい手から、優しさが流れ込んで来る。 僕は、目の前にある伯父の首筋に唇を寄せた。乾いた肌は、まるで和紙のような滑らかな感触だ。そこを、強く吸う。 「……ッ」 「ありがとう、ございます、伯父さん」 「……ああ、だが、そのな……勃つか分からねぇぜ」 「大丈夫です」 そう言って、僕はその厚い胸板を包むシャツを、軽く喰む。口で釦を外していくと、伯父は少し頬を赤らめた。 隆起した胸板が露出すると、僕はその先端にある突起に吸い付く。 「え!?な、あ!?」 ちゅうと優しく吸いながら、舌で乳首の周りくるくるとなぞる。慣れない感覚のせいか、胸板がピクピクと震えた。 「な、止めろ、そんな事」 「どうしてですか?気持ちよく、無いですか?」 「いい訳っ、ねぇだろ」 「でも……勃ってます」 そう指摘すると伯父は眉間に皺を寄せ、悔しそうに目を逸らした。伯父の股間は、確かに膨らんでいる。僕の愛撫で、ちゃんと感じてくれたのだ。 僕は、ゆっくりと伯父の身体を床に押し倒す。 「待て、ここじゃあ……」 「少しだけ、お願いします。僕、もう」 妹の棺の隣で、その養子といやらしい事をするなんて、きっと伯父の倫理観ではありえないのだろう。 だけど、僕がもう堪え切れなくなっているのを理解してくれたのか、伯父も緊張に身体を強張らせていたが抵抗はしなかった。 床に仰向けになった伯父にのし掛かり、そろりと下腹部に手を伸ばす。 「勃つかなって、言ってましたけど、やっぱり大丈夫でした」 「うるせぇなっ、仕方ねぇだろ……もう、何年も……」 「そうですよね。五年前、警察を辞めてから、ずっと性的な事を避けてきたんですよね?」 目を丸くしたまま、伯父は固まった。 その隙に、ベルトを外して下着ごとズボンを下ろす。完全にでは無いが、首を擡げている性器が飛び出してきた。 そこに、そっと口付けをする。 蒸れた性器と雄の臭気に、僕の欲望も硬く張り詰めた。 「な、んで」 「お養母(かあ)さんから、聞きました」 「あいつに、そんな話したか、あ、ッ」 れろっと敏感な裏筋を舐め上げると、伯父の男根はびくんと跳ねて一回り膨れ上がる。一気にガチガチになったそこに唾液を絡め、手淫をした。 「い、っ、う」 「気持ちいいですか?」 「あ、ああ。気持ち、いい」 「良かった。僕、嬉しいです」 素直にそう思える。嬉しくて、嬉しくて、僕は自分の前をくつろげて勃起を取り出した。 そしてそれを……乾いたままの、伯父の後孔に押し当てる。 「………へあ!?」 伯父が素っ頓狂な声をあげた。 まさか、自分が挿れられる方だとは、考えもしなかったのだろう。 先走りを塗りつけるように、その窄まりを亀頭の先で撫で回しながら、僕はできるだけ妖艶に微笑んで見せた。 「伯父さん、僕を受け入れてくれて、ありがとうございます。他の大人みたいに、僕を性処理に使うんじゃなくて……僕を受け入れてくれたのは、伯父さんだけです」 伯父は、恐怖に顔を強張らせていた。 だが、相手をすると言った手前、僕を止める事は出来ない。自分が僕を抱くとも、言えない。それでは、他の大人と同じになってしまうから。 それを分かっていて、僕は腰を進めた。 プチッと、引き攣れた痛みと共に何かが切れた感触。 それは、僕が伯父の純潔を奪った感触だった。 ※※※※※ 冷蔵庫から冷えたコーラを取り出して、一気に呷る。カッと喉を焼く炭酸が、心地よい。半分くらい飲み干して、はーっと爽快なため息を吐いた。 心身ともに、すっきりしている。 チラッと、棺桶の側に横たわり気絶している伯父を見た。 「ちょっとヤり過ぎた、かな?」 伯父は、ひっくり返ったカエルのような格好だ。足はM字にぱかりと開いたまま、閉じなくなっている。股を開いた状態で、ずっと揺さぶっていたからだろう。 快楽の余韻にぴくぴくと身体を震わせている伯父は、さっきまでアナル処女だったとは思えない淫蕩な表情をしていた。 失神するほど良かったのだろう。 当たり前だ。 僕の技術全てを駆使して、責め抜いたのだから。何年も他人に触れられていない敏感な身体が、耐えられる筈がない。簡単に昂ぶりきって、僕の愛撫に溺れ蕩けていた。 乳首は女のように熟れてツンと立ち上がり、尻たぶは叩き過ぎて真っ赤に腫れ、その奥の雌穴からは僕の出したザーメンがドロドロ垂れている。 薄桃色だったそこは、たった一晩で赤く熟れてしまっていた。 「……思ってたより、もっと、興奮しちゃって。手加減できなくて、ごめんね伯父さん」 妹の屍の前で、その養子に抱かれて女にされていく伯父は、素晴らしかった。 男の矜持や大人の余裕。倫理観や貞操感など、僕の性技の前では無意味だ。 由里子ごめんと繰り返していた伯父が、最後は言葉すら忘れて善がり狂い、僕に抱きついて泣きじゃくりながら絶頂し、ついに気を失ったのだ。 とても、素敵だった。 「……ごめんね、お養母(かあ)さん。でも、仕方ないよね。僕、どうしてもこの人が欲しかったんだもの。五年も前から」 養母の棺を撫でて、僕は囁いた。 中から、怨嗟の声が聞こえてくる気がする。 『よくも』 『よくも』 『よくも わたしたちを ころしたな』 それは、幻聴だ。 確かに、僕が両親の乗る車に細工をして、事故を起こさせた。だが、それを養母は知らないのだから、僕を責めようがない。 そもそも、僕の持つ金と性技に溺れ、騙されて養子縁組したこの夫婦が悪いんだ。罪ならば、先にこの二人が犯している。 この日本では、未成年者とセックスをすれば、無条件で罪は成年者にあるのだから。 (多少は、悪かったと思ってるよ……貴女達は巻き込まれただけなんだから。でも……) 気絶している伯父の上に覆い被さり、その胸に耳朶を押し付ける。 とくん、とくんと心地よい音がした。懐かしい音だ。 五年前、初めて出逢った時と同じ。 僕は物心ついた時から、幼い子供を売る店に居た。 そこは秘密の店で、何か巨大な組織、おそらくマフィアか何かだろう。そういうものに運営されていたようだ。詳しい事は知らない。僕がどこから連れてこられたのかも、分からない。 毎晩毎晩男どもの相手をし、彼らを骨抜きにした。それが当たり前で、子供の役目だと思っていた。 だけど。 あの日、この人がその店に踏み込んできた。おそらく、ほとんど独断だろう。 彼はこの胸に宿る熱い正義感に則り、子供達を助けにきたのだ。 彼は、僕を抱き締めてくれた。 『もう、平気だぞ。なんにも、怖い事はねぇからな』 逞しい腕。柔らかい胸。熱い鼓動。彼の清廉さを映した、澄んだ眼差し。 あんな綺麗なものに触れた事は、無かった。 それに、僕を抱き締めておいて、セックスをしない大人は彼が初めてだった。 それから、すぐに僕らは『保護』された。 だが、店の客か、関係者に相当地位の高い人が居たようだ。経営者は逮捕できず、店は場所を変え子供を仕入れ直して再開された。 そして、彼は警察を辞めた。 彼の正義感は裏切られ、踏みにじられたんだ。 それから、彼は性的なものを避けるようになっている。毎週借りていたアダルトビデオを一切借りなくなったし、ネットの閲覧履歴もクリーンだ。その手の本も、買ってはいない。 彼は深く傷付いた。大人の欲望の犠牲になる子供の姿がトラウマになっていたんだ。 自分の性欲も、許せなくなっていたんだろう。 僕はというと、施設に移ってもやる事は変わらなかった。施設の職員の性欲処理に使われ、小遣い稼ぎの道具にされたのだ。 前より衣食住は良くなったし、学校にも行けるようになったが、客の質は落ちた。 店ではされなかったような、酷く屈辱的な事もされた。僕は品質を保つ必要のある商品では無く、好き勝手していい玩具になったんだろう。 だが、頭の悪い客達は、簡単に騙せた。 金も、情報も自由になった。 貢がせた金で興信所を雇った。 この人の全てを、監視した。 この人の妹夫婦を金とセックスで誑かし、養子にさせた。本当はこの人の養子になりたいんだけど、独身の彼は養子を引き取る事は出来ないだろう。 だから、こんな回りくどい事をしなきゃならなくなった。 全ては今日、この日の為に。 五年前から、ずっと用意してきたんだ。 この男に罪を犯させる為に。 僕が女にした身体を、さわさわと撫でる。脂気の抜けた、さらりとした大人の肌。僕は、この感触が大好きだ。 涙とよだれでどろどろの顔には、あの日の清廉さは微塵もない。 汚しきった。 汚れないまま四十五年生きてきた彼を、快楽の虜に貶めた。 彼は、自分が軽蔑し憎んできた、性犯罪者になったんだ。 僕と同じ場所にまで引き摺り下ろした。 満足だった。 「僕の心を奪った、貴方が悪い。僕も、貴方から全部奪うよ」 チュッと唇を奪い、意識の無いまま伯父の腿を掴んで身体を折り曲げた。 ぷちゅっと、後ろから精子が漏れ出す。 「心も身体も、全部ちょうだいね」 甘い支配欲にうっとりしながら、人形のようになった伯父を犯した。 意識が無いのに、びくびくと下腹部を痙攣させてイく伯父が可愛らしくて、とても憐れだ。 僕は、これからの二人きりでの生活は、素晴らしいものになると確信した。 彼の胎内(なか)が、僕の新しい居場所なんだ。 ――とある寄生虫の罪 完――

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