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第2話
「おはようございます、若様」
開かれた扉の先、部屋の主は窓際で読書に励んでいたらしい。
俺とリオの声にぱっと顔をあげ、微笑んだ。
「ああ、おはよう」
ふぁ、と猫のような欠伸をした彼はしおりを挟み、本を閉じた。
朝日を受けキラキラと、灰茶色の髪が揺れる。
「お待たせしました……若様、眠たそうですね」
心配そうに訊ねるリオに「少しな」と、苦笑混じりに返答する若君。
「あまり御無理はなさらないで下さいね」
モーニングティーを準備しながら告げる。
「倒れてしまっては元も子もありませんから」
「……気をつける。ありがとう」
苦笑が残ったまま、頷いた彼にお待たせ致しました、と紅茶を差し出した。
「今朝はニルギリです」
「ん……今日も美味しいな」
「恐れ入ります」
そんないつもと変わらない会話。
けれど新聞を広げ朝日に照らされるその姿は日を、年を追う毎に、彼の父親の面影がより濃くなっているとしみじみ思う。
寝不足の原因はわかっている。
週末にあるパーティーのため、鳴神家次期当主としての責任感から、文字通り寝る間も惜しみ、勉学に励んでいるのだ。
(とはいえ、なあ……)
少しくらい休んでもバチは当たらないと思う。
(けど、たぶん休んで欲しいっつっても休まないだろうな……)
彼の父親を思い浮かべ、一人頷く。
若君とは違い、飄々として掴めない人物でありながら、根は真面目で人一倍努力家な人物だ。
『大丈夫大丈夫。ちゃんと倒れないように計算してるから!』
けらけら笑うその人の姿が頭に浮かび、若君に重なる。
丁寧に新聞を読み進めるその姿は笑ってこそいないが、やはり記憶の中にいる若い頃のあの人に瓜二つだった。
鳴神 司 。
鳴神家の現当主であり、俺の雇い主かつ恩人。
あの人との出会いがなければ、俺は道を踏み外していたかもしれない。
感謝してもしつくせない、彼の大切な一人息子。
だからこそ、俺は彼を守らなくてはいけないし、幸せになってほしいと思っている。
「龍生 ……?」
「……はい、何でしょうか。若様」
「今日の予定、聞かせてほしいんだが……」
昔の記憶に浸っていたことに気付き、こほんと咳払いをする。
「……失礼致しました」
懐から取り出した手帳を開き「本日のご予定は」 と読み上げる。
「午前中は十時よりピアノのレッスン、昼食後は十四時半まで経営学のお勉強を。その後は自由時間となっております」
「……わかった、ありがとう」
顎に手を当て、何やら考えていた彼はやがてまとまったのか、一人頷くと皿に残っていたトーストを口に運んだ。
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