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光射す午後に7
ダメなのは引き返している自分だ。
冴香を待たせて、自分はいったい何をやっている?
でもダメなのだ。どうしても諦めきれない。このまま帰れば、自分は7年前のあの頃のように、また後悔して引きずり続ける。
外階段を2階まで駆け上がり、店の中に飛び込もうとして、薫はハッとして足を止めた。
店の2階部分の外側の通路に、白い服の人影が見えたのだ。そこは、さっきのバルコニーから続いている外部通路だった。
……っ、樹。
薫は立ち止まったまま、金縛りに遭っていた。向こうからゆっくりとこちらに向かって歩いてくるのは、さっきの2人だ。
女の子の方は、淡いアプリコットのワンピースの上に、短めの裾がふわふわしたコートを羽織っていた。
少女の顔を正面から見て、日本人ではないのかもしれないと思った。パッと見は日本人だが、顔立ちがくっきりしていて彫りが深い。もしかしたらハーフなのかもしれない。
冷静に2人を観察しているようで、薫の心臓は破裂しそうにドキドキしていた。
店の壁際に身を寄せている自分に、2人はまだ気づいていない。
ゆっくりと近づいてくる。
少女の弾むような声が聴こえた。
外国語だ。英語のようだった。
男が少女の方を見て何か答える。
それもたぶん、英語だ。
ふと、男が顔をあげてこちらを見た。
心臓が、ドキンっと跳ねる。
男は目を細めてじっと自分を見ている。
薫はその目を見返した。
少しずつ近づく距離が、離れていた月日を縮めていくような気がした。
数歩先で、男が足を止める。
傍らの少女が、不思議そうに男を見上げた。
「What's up?(どうしたの?)」
男の視線を追うようにして、こちらに目を向け、首を傾げる。
「Never mind.(なんでもないよ)」
男は明るい声で答えて、彼女の肩をぽんっと優しく叩くと、庇うように1歩前に出た。
向かい合い、見つめ合う。
薫が口を動かそうとした時
「お久しぶりです。兄さん」
先に、男の方が口を開いた。
にこっと柔らかく笑うその表情に、薫は開きかけた口を閉じる。
兄さん。と、自分を呼んだ。
間違いはない。
目の前にいるのは、樹だ。
7年前、自分をにいさんと呼んだ樹の声を思い出す。
あの頃よりちょっと低い声だが、同じだ。
樹の声だった。
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