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月の光・星の光3
「概要……と言ったな。具体的な数字は出せるのか?」
樹は頷いて
「そのU字溝の形状はこの町工場の特許です。特にその溝の形状はここの社長のオリジナルで、強度と汎用性の高さは従来品とは比べ物にならないそうです。世界的にも注目を集めていて……」
「そういう細かい話はどうでもいい。聞いたって俺の頭じゃ分かりゃしねえからな。で、その社長は今、死にかけてるんだな?」
「ええ。二代目は箸にも棒にもかからないロクデナシの放蕩息子です。蒼葉会がそこに目をつけて…」
「酒と女と薬か。その辺の噂は俺の耳にも入ってきてた。なるほどな。そのバカ息子を抱き込んで特許ごと乗っ取っちまうつもりだな」
「小さな町工場ですが、やり方によっては巨額の金になる。その特許と技術のノウハウさえ手に入れば、海外の企業にM&Aで売り飛ばしてしまえばいいわけです」
淡々と説明する樹を、久我は胡散臭そうに眺めて
「で。おまえはどういう立ち位置だ。先代側か?M&Aの企業側か?まさか蒼葉会の繋がりじゃねえだろうな」
樹は首を横に振ると、
「先代と一緒に開発に携わってきた昔からの従業員が、せめて社長の特許だけでも守りたいと。蒼葉会のえげつないやり方では、工場がダメになるだけでなく特許自体も外国企業に奪われて好き勝手にされてしまうでしょうから」
久我はニヤリと笑って
「綺麗事だな。蒼葉会が俺らに代わったっておんなじことだ。結局は特許を失って工場は閉鎖。その従業員たちは路頭に迷うぜ」
樹は目を伏せた。
「ええ。分かってます。残念ですが、どっちに転んでも今のままでは結末は見えてます。ですが、対立組織の蒼葉会が勢いをつけるのを阻止して貴方が出し抜けば、広瀬組への手土産になりませんか?」
久我は黙り込み、また値踏みするような眼差しを向けてきた。
今回のネタは、久我の広瀬組での立場を下調べした上で用意した。久我は広瀬組から離反した蒼葉会の頭とは犬猿の間柄だ。ここ数年互いに牽制し合いながら、裏で縄張り争いを続けている。
「それで?この取り引きでおまえはどんな得をするんだ。分け前の金が狙いか?」
樹は内心ほっと胸を撫で下ろした。
関心が薄いような素振りをしながらも、久我は間違いなく食いついてきてる。
実はこのネタにはもうひとつ裏の事情があるのだ。久我が興味を持てば、そちらの餌も投げてみる。1回の取り引きでは終わらせず、継続的に久我の関心を引くことが出来れば、こちらの思惑通りになるはずだ。自分に話を持ちかけてくれた西浦社長の友人や従業員たちの願いも、上手くいけば果たせるかもしれない。これはひとつの賭けだった。
「いえ。お金は要りません。ボクの願いはひとつだけ」
樹は久我の目を誘うように見つめて、話を続けた。
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