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第七幕 ー断つべきもの、守るべきものー

 プロローグ  水無瀬菊江は、重たい瞼を必死で開いた。  部屋の中の寒さに、ぶるりと身体を震わせつつ、ようやく天井の蛍光灯に焦点を結ぶ。  暗い部屋。殺風景な天井。部屋の中だというのに、吐く息が白くなる。 「菊江。ようやく目覚したんか」  嗄れた声に、菊江は首を巡らせてそちらを見た。枕元に、小さな老婆が腰掛けているのを認め、菊江はなんとか身体を起こそうと試みたが、それはうまくは行かなかった。 「いい、いい。そのままでいい」 「はい……」  老婆は枯れ木のように乾いた手を差し出して、菊江の行動を諌める。老婆は落ち窪んだ目を微かに動かすと、そっと黄味かかった白目を開く。淀んだ黒い瞳は、全く光を映していないようだ。 「……あの子鬼、いよいよ本気で目覚めたようだね」 「はい、伝説のとおりでした。こちらの技など全て焼きつくすような業火……それが千珠の妖気」 「さぞかし、美しい色をしていたろうね」 「……青白く、どこまでも透き通るような色をした炎……そのような、見てくれをしておりました」 「そうかい……そうかい……欲しいねぇ、ぜひとも欲しい……」  老婆はじゅるりと涎を拭うと、ほとんどはの抜け落ちた口でにいと不気味に笑った。 「次は、必ず。同じ時代に生まれついたんです、こんどこそ必ず、我らのものに」  菊江は力強くそう言い切ると、少し苦しげに咳き込んだ。思わず上半身を起こして更に咳き込むと、赤い血が掌に付着するのが目に映った。 「……まぁ、とりあえずは身体を癒やせ。若いもの向かわせるよ」 「……文哉は?」 「文哉はすでにこっちへ戻っている。傷も癒えてきておる」 「そうですか……」  菊江は息を吐いて、ドサリと枕に頭を落とす。老婆はぎし、と軋む木の椅子から立ち上がると、杖をつきながら部屋を出ていった。  一人になり、菊江は奥歯を噛み締めた。  娘に憑依し相田舜平を襲ったあの日から、すでに四ヶ月の月日が流れているというのに、一向に体の調子が上がらないのだ。  忌々しい陰陽師衆たちの術によって叩きのめされた菊江の魂魄は、命からがらこの能登へと舞い戻った。  自分の肉体に入り込んだ瞬間、娘である水無瀬紗夜香の体に襲いかかっていたであろう痛みが全てその身に蘇り、菊江は悶え苦しんで倒れ伏した。      その霊力も、ほぼすべてを失いかけた。なんとか持ち堪えたが、回復は思うようには進まず、菊江は苛立っている。  掌に握り締めているのは、相田舜平の霊力を封じた、小さな石。  その霊力を食って力としようとしたが、それはうまくは行かなかった。力のみになっても、舜海の霊力は意思を持っているかのように、菊江を拒む。まるでこちらを攻撃するかのように、ばちばちと火花を散らすのだ。それは、菊江を更に苛立たせた。  法師の霊力は、祓い人の力とは相反するものだということに、ようやく気づいた。舜海の力は、迷える魂をその先の世界へと送る力だ。祓い人のように、人魂を無理矢理戒め、現世に引き摺るような力とは、まるで逆のもの。  誰も彼もが忌々しい。  邪魔をした千珠も、舜海の霊力も、自分の肉体さえも……。  五百年前から祓い人を排斥し続けてきた陰陽師衆たちも、思うように働かなかった我が弟のことも。  ――忌々しい。腹立たしい……。  菊江はぎゅっと目を閉じた。  目を閉じた暗闇の中に、はっきりと銀色の光が見えた気がした。

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