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二、新居にて
「舜平さん、起きてよ」
「うっ……まぶし……」
先に起きていた珠生が容赦なくカーテンを開くと、舜平はさも迷惑そうな声を出して布団にくるまってしまった。
昨夜、佐久間主催で開かれた花見へと参加していた舜平は、明け方近くまで敦の絡み酒に付き合っていたのである。
桜の花が咲ききる少し前に、敦は一ヶ月交際した女性に振られてしまったらしい。悲嘆にくれる敦を励ますべく催されたのみの席に、その日たまたま早上がりだった舜平が巻き込まれたというわけだ。
ちなみに珠生は、福知山のほうへ出張に出ていたため、引っ張り込まれずに済んだ。舜平からのメールを読みながら、交際疑惑のあった常盤莉央と敦は、一体どうなっているのだろうと珠生は思った。
朝起きてみると、ベッドの上で寝息を立てている舜平の寝顔がすぐそばにあった。眠っている間に帰宅したらしい。
いつになく深い眠りに落ちている舜平の寝顔を、珠生はしばし、愛おしげに見つめていた。少し伸びた前髪を眉の上へかき上げてみると、凛々しく整った目鼻立ちがはっきりと見え、なぜだか無性に懐かしい気持ちになる。
その郷愁にも似た感情の正体は、珠生にもよく分からない。舜平が舜海であった頃、時折こうして、薄暗い中寝顔を見つめたことがある。その記憶のせいだろうか。
こうしてようやく、二人で暮らしを一つにするようになった今も、舜平が当たり前のように隣で眠っているいう現実が、夢ではないかという気分になる。
前世では叶わなかった二人きりの穏やかな生活が、今はこうして手の中にあるのに、時折どうしても、互いに手を取り合えなかった過去を思い出し、無性に切ない気持ちになる。
だからこそ、今のこの生活が、幸せで幸せで、たまらない。
誰に憚ることなく、舜平と手を取り合って生きてゆくことのできる未来……それが今、現実になったのだから。
+
三月下旬から、二人は晴れて、一つ屋根の下で寝起きを共にするようになった。
健介に許しを得てすぐに、舜平と珠生は物件選びを始めたのである。
伏見のマンションの更新も迫っていたと言うこともあり、舜平は先んじて色々と検討を重ねていたらしく、思っていたよりもずっとスムーズに新居は決まった。というか、珠生は舜平の提示するいくつかの物件を見て選択するだけ、というところまで話が進んでいたのである。
そうして決定したのが、京都市北区、上賀茂神社からも程近い場所にある分譲マンションだった。
住宅事情にさほど明るくない珠生であるが、舜平は前もって湊や藤原にがっちりとアドバイスをもらい、家を購入する方向で話を進めていたらしい。住宅ローンの審査などもすでに完了済みで、舜平名義で分譲マンションを購入する運びとなっていたのである。
珠生が父親のことで悩んでいる間も、舜平は着々と二人で暮らすための下準備を進めていたのだという。これでもし健介からの許可が下りなかったらどうするつもりだったんだろう……と思ったりもしたが、珠生にはない舜平の強靭な行動力には、感謝してもしきれない。
二人の新居の周囲は、閑静な住宅地だ。
だが、ちらほらと学生向けのマンションやアパートも混在しており、そこそこに大きなスーパーやコンビニもある。路地を入ればなかなかに小洒落た飲食店も多く見られ、住みやすそうな雰囲気に親しみを感じた。
間取りは2LDK、築二年と築浅で駐車場があり、南向きで広めのリビングが魅力的な部屋だ。最寄駅である北山駅からは徒歩十五分と少し歩くが、駐車場がそこそこ良心的な値段である。駐車場代がやたら高くつく京都においては、ありがたい物件だった。
何より珠生が重視したことは、健介の住む松ヶ崎のマンションからの距離だった。ちなみにふたりの新居から健介の家までは車で約十分程度、珠生が本気を出せば、ものの二、三秒で走っていける距離だ。
物件選びの最中、健介の寂しげな背中がまぶたの裏にこびりついていたこともあり、その条件だけは譲れなかった。といっても、舜平も健介のことには理解が深いため、珠生の実家からの距離については最優先で考えてくれていた。
荷物をまとめる珠生をもの悲しげに見つめる健介の表情であるとか、取り繕うように微笑む寂しげな表情であるとか、不器用なくせに料理の練習をしているところであるとか……憐れを誘う父の姿を見てしまうと、引っ越しを先延ばしにした方がいいのではないか……という気持ちに何度もなった。
さほど荷物もないため、珠生は業者には依頼せず、自分で荷物を運ぶことにしていた。そういった意味で時間に縛りがなかったということもあり、ついつい、折に触れて捨てられた子犬のような目をする父親のことを放っておけず、三月なかばまで動くに動けなかったのである。
舜平は早々に伏見から越して来ていたため、家具家電の設置はほとんど舜平に任せきりになってしまった。それが申し訳なくてたまらなかったが、舜平は鷹揚に「先生の気持ちの整理がつくまで、そばにおってあげたらいいんちゃうかな」と言って、健介のそばにいさせてくれた。
……といっても、別に遠く離れるわけではないのだ。会おうと思えばいつだって会える距離なのだから、こうまでウェットになる必要はないのだが。
とはいえ、いつまでもズルズルと甘えていては埒があかない。珠生はようやく踏ん切りをつけ、ようやく舜平の待つ新居へと引っ越したのだった。
荷物を抱えて新居にやって来た珠生を、舜平は「おかえり」と言って出迎えた。
そして、心から幸せそうな笑みを浮かべて、ぎゅっと珠生を抱きしめたのであった。
そこからはずっと、それこそ四六時中、舜平は珠生を離さなかった。五百年越しの悲願がようやく叶った高揚感から、珠生も夢中になって舜平を求めた。
恋人として、家族として、番 として……ようやく、二人で暮らすための居場所を得た。
この日が来ることを、何よりも切望していた二人の熱は、なかなか冷める気配を見せない。
+
舜平を起こさないように腕の中からすり抜けて、顔を洗い、朝食の準備をする。
今日は仕事だ。来月から京都国立博物館で『国宝展』が開催されるにあたり、特別警護担当官らも警備の中に組み込まれているのである。なので、いつまでも舜平を寝かせておくわけにはいかない。
「こら、起きろって! 朝ごはんできてるよ」
「うう……頭いって……」
「全く、どんだけ飲んだんだよ……ほら、水」
「すまん……」
スヌーズにしていたアラームが鳴っている。
電子音を止めようと腕を伸ばす珠生を、舜平が素早く抱きすくめる。背中から抱きかかえられる格好になったかと思うと、脇腹にするりと舜平の腕が絡みついてきた。ためらう様子もなくシャツの中に入り込んでくる舜平の指先に、珠生はぴくりと肌を震わせた。
「ちょ、だめだって……」
「……ちょっとだけ」
「ばか! 仕事あるだろ仕事!! ちょ、っ……」
後ろから回された指先で両胸をいじられてしまえば、珠生はあっという間にふにゃふにゃととろけてしまう。舜平も手馴れたもので、すでに隆起した性器をいやらしく珠生の尻に押し付けながら、耳元で甘い言葉を囁くのである。
「もうっ……! ぁうっ……ンっ……」
「好きやで、珠生」
「な、なんだよ……そ、そんなこと言ったって、しないんだからな!」
「分かってる分かってる」
「分かってないだろ! も、どこ触って……っ」
まだ部屋着だったこともあり、舜平はあっさりと珠生のハーフパンツの中へと手を差し込んできた。そして、珠生の耳孔を舌先でいやらしく舐めくすぐりながら、珠生のペニスを手のひらで弄び始める。さらには乳首までくにくにといじめられて、珠生はたまらず甘い声を漏らした。
「ん……っ……調子に、乗ってっ……」
「そんなん言うてても、ほら、もうこんなやで。イきたなってきたやろ?」
「ァっ……ぁ、あんっ……ん」
「ほら、もうぬるぬる。……乳首も、ほら」
「あっ……!」
はしたなく体液を滲ませる鈴口を親指でなぞられながら、きゅうっとしこった胸の尖をつねられる。珠生はビクンっと全身を震わせつつも、文句を言ってやろうと舜平のほうを振り返った。
するとすぐさま、唇を塞がれる。深く挿入された舜平の舌に翻弄されてしまえば、珠生は蕩けるような快楽に絡め取られてしまう。ちゅく、ちゅっ……といやらしい水音をさせながら舌を蠢かせつつ、舜平は手の動きを速くして、珠生を追い立てた。
「ん、んっ……ぅ、ァっ、あ……」
「めっちゃ腰振ってるやん。昨日エロいことせぇへんかったから、溜まってたんか?」
「ばっ……ばか! そんなわけないじゃん! ていうかっ……毎晩毎晩、しつこいっ……ン、ぁっ」
「しつこいはないやろ。今だってほら、こんなエロい尻で俺を誘ってるくせに」
「あ、ああっ……ん」
ぐり、と尻の谷間に押し付けられ、上下する舜平のペニス。幾度となく珠生を昂ぶらせてきたその怒張に触れるだけで、珠生の内壁はいやらしく疼いてしまう。
ここへ越して来てから毎晩のように、休みの日はそれこそ一日中、珠生は舜平とのセックスに溺れていた。口ではいくら文句を言ってみても、身体は何より正直だ。
舜平にこうしても求められ、激しく抱かれることが嬉しくて、幸せで、自ら脚を開いて腰を振り、舜平の体液を欲して肉をひくつかせてしまう。
「はぁっ……ぁっ、アん,っ、ん……も、でちゃうよ……っ……」
「もう? そんなに気持ちええか」
「そ、そんなこと、言わせるなって……! ァっ、あ、あ、あんっ……!」
「ふふっ、イってええよ。夜はちゃんとコレ、挿れてやるから」
耳を舐められながらそんなことを囁かれ、仕上げとばかりに激しくペニスを扱かれて、気づけば頭が真っ白になっていた。唐突に訪れた絶頂に全身が甘く痺れて、熱い白濁が迸る。
「あ、んンっ……ふぅっ…………ンっ……!!」
震えながら吐精する珠生の身体を抱きしめたまま、舜平は白い首筋に優しいキスを落とした。そして、ハーフパンツから手を抜いて、白濁に濡れた大きな手を、珠生の前でゆっくりと動かして見せる。珠生はかぁぁっと顔を赤くした。
「な、なんだよ……っ」
「こんなに出して……昨日ひとりでせぇへんかったん?」
「す、す、するわけないじゃん! 毎晩毎晩あんなにされてるんだから、一人の時くらいゆっくり寝たい……ぅっ」
文句を言おうと身体を反転させた珠生の唇を、舜平がまたふわりと塞いだ。軽やかなキスで言葉を奪われ、珠生は再び黙らされてしまった。
「ごめんな、寝かせてやれへんで」
「……うう」
「でも、幸せでしゃーないねん。一緒に飯食ったり、お前が『おかえり』って出迎えてくれたり、『ただいま』って言いながら、お前がここに帰ってきたり……なんていうやろ、そういうの、めっちゃ嬉しいねんな」
「……舜平さん」
「だからつい、な。嬉しすぎて手が出てまうっていうか」
舜平はそう言って、柔らかな笑顔を浮かべた。こんなにも幸せそうで、満ち足りた舜平の笑顔を見ていると、泣きたくなるほどの幸福感が溢れてくる。
珠生はちょっと怒ったような顔で照れ隠しをしながら、自ら身体を伸ばして舜平にキスをした。
「……そんなこと言われたら、何も言い返せないだろ」
「ははっ、そうか?」
「俺だって……幸せだもん。まだ、なんか、夢の中にいるみたいな気分だ」
「そっか」
愛おしげに見つめられ、舜平の力強い双眸から目が離せなくなる。
このまま深く身体を繋げたいという衝動に襲われそうになるが、ふと、再び鳴り出す電子音に、二人はハッと我に返った。このままのんびりしていては遅刻してしまう。
「とりあえず……手、洗ったほうがいいんじゃない?」
「おう、せやな……あ、俺もっかいシャワーも浴びたかったのに……」
「もうそんな時間ないから! 今日は公的行事なんだからビシっとしていかないと! テレビも来るって言ってたし」
「テレビか……お前はグラサンとかしといたほうがええんちゃうか」
「えー、やだよ。てかなんで?」
「ファンが増えたら困るやん」
「いやいや増えないって。……ってそんなこと言ってる場合じゃないから! ほら支度支度!!」
そんなことを言い合いながらも、二人で迎える春の朝は、とても穏やかなものであった。
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