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九十四、舜平の戦い

 守清の怨霊が憑依しているのは、指名手配中の強盗犯だった。  その暗く淀んだ身体を、佐々木守清はえらく気に入っていた。ぐるぐると渦巻くこの男の負の感情が、自分の霊気を高めてくれる。  眼の前に立つ舜平など、一瞬で殺せる気がしていた。 「……お前、誰や」  苛立ちを抑えない不機嫌な声で、舜海の魂を持つ青年がそう言った。守清は、ふっと笑う。 「佐々木守清だ。お初にお目にかかる」 「ああ……夜顔事件の時、尻尾巻いて逃げた奴やろ」 「……逃げたのではない。時機を窺っていたのだ」 「猿之助が死んだと聞いて、怖なって逃げたんやろ? この腰抜けが」 「なんだと……。この急拵えの陰陽師風情が、生意気な口を」  ぎらぎらと、黒く大きな瞳に怒りを写して、その青年は守清を睨みつけた。 「お前みたいな雑魚、相手にしてる暇ないねん。さっさと往ねや」  早く、珠生に加勢したい。早く、猿之助から梨香子の身体を取り戻したい………。  二つの焦りで、舜平はひどく苛ついていた。間の前に現れて自分の行く手を阻むこの男が忌々しくてならないのである。 「なんだと! この……」  守清は奥歯を噛み締めて印を結んだ。それよりも早く、舜平の術が守清を襲う。 「金色雷光(こんじきらいこう)!! 急急如律令!!」  鋭い稲光のような光が、まっすぐに守清に向かって突き刺さる。守清は(すんで)の所でそれを避けると、尻もちをついて今まで自分が立っていた場所を見た。  ぷすぷす、と黒く炭化した砂利から、黒い煙が立ち上っている。 「おい! この肉体、黒焦げになってもいいのか! 人間の体だぞ!」 「はぁ? そんくらい余裕で避けれるやろ? お前は本物の陰陽師なんやからなぁ!」 「くそ……調子に乗りやがって! ……光閃火!! 急急如律令!」  守清の術が舜平に襲いかかろうとしたが、舜平は眉毛一つ動かさず、崩御壁の印を結んだ。  舜平に襲いかかろうとしていた炎が、一瞬にして霧散する。もくもくと立ち昇る土煙を見て、守清はまた目を見張った。 「……っらぁ!!」  土煙の向こうから、舜平の拳が守清を捉える。思い切り殴り飛ばされた守清は、鈍い音を立てて土壁に激突した。  鼻の骨が折れ、大量の鼻血が流れ出す生暖かい感覚があった。あまりの痛みに目眩覚えながら、ふらふらと立ち上がる。  そして、はっとする。目の前にはすでに、舜平が立っていたのだ。  舜平は、ポケットから藤原の作った札を取り出すと、守清の額にばしっと貼りつけた。 「あ……あぁあ……!!」  まるで内蔵を引き摺り出されるような痛みが、守清を襲う。地面に倒れてのたうち回っているうち、徐々に徐々に自分の霊魂が肉体から剥がされていっていることに気付く。 「これは……なんだ……!」 「幽体剥離の術や。そんなことも知らへんのか」 「く……くそ……!!」 「守清。俺はな、お前みたいに、調子のええ時だけ上にへこへこして、分が悪くなったらすぐにとんずらするようなセコい奴が、むっちゃ嫌いやねん」  舜平は、冷ややかな目付きで、肉体から抜けかけた守清を見下ろした。守りの薄くなった霊体の姿になり、舜平の燃えるような霊気を直に感じた守清は、真っ青になる。 「あ……やめてくれ……」 「やめてやと? 向こうで大将が戦ってる時に、よう言えんな、そんなことが」  舜平は印を結び、「縛!」と大声で唱えた。金色の鎖に縛り付けられた守清の霊体を、肉体から無理やり引き摺り出す。 「ぎゃぁあああ!!」  あまりの痛みに、守清が白目をむいて叫び声を上げた。舜平は容赦なく、守清の霊体を地面に叩きつけると、陰陽術とは違う印を結ぶ。 「せめて、やり直すチャンスをやるわ。成仏せぇ、ど阿呆」 「や、やめてくれ……!」 「とっとと成仏せぇ、このど阿呆が!!」 「あぁあああ!!」  舜平の結んだ印から、真っ白な光が放たれ、守清の歪んだ顔を覆い隠すように広がっていく。  悲鳴をかき消し、全てを洗い清めるような光の中、守清の霊魂が消滅した。  辺りは再び真っ暗闇で、何事もなかったかのように静かだ。  印を解くと、舜平は肩で息をして汗を拭った。 「……五百年ぶりでも、出来るもんやな」   守清を相手にしているうち、建礼門からは少し離れてしまった。しかし、激しく動きまわる皆の気配を感じる。燃え上がる霊気、そして珠生の妖力を。  転がった指名手配の男の身体を見下ろし、その男のシャツを割いて手と脚を縛り付けると、舜平は建礼門の方へと走り出した。

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