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九十九、弱いところ

 珠生と舜平を中に残して、彰と葉山は紫宸殿の階段に座っていた。  膝の上に掌を置いて、彰は無言で葉山の治療を受けている。  じっと自らの掌を見下ろす彰は、何を考えているのか分からない表情をしていた。 「……デートは、なしだな」 「え?」  ぽつりと呟く彰の言葉に、考え事をしていた葉山は我に返った。 「珠生に、あんな怪我させちゃって……どう謝ればいいのか」 「彰くんのせいじゃないですよ。あんな術、防ぎようがないわ」 「……うん、でも……僕は猿之助の言葉に動揺してしまった。情けないよ」 「そうだったの?」 「聞いてなかった?」 「内容までは」  彰は少しほっとしたようにため息をつき、そしていつになく素直に、暗い表情を見せた。  葉山は驚いていた。いつものように、調子のいい返事が帰ってくると思っていたのに拍子抜けてしまう。葉山は軽くため息をついた。 「でも、そんなあなたが見れて、私は少し安心した」 「……え?」 「彰くんも、人間だったんだなって。普段のあなたは完璧で、何でも知ってて、調子が良くて。でも……弱いところもあるのね」 「……まぁ、人並にね」  彰は、疲れたようにそう言った。 「デートはしないけど……一時間くらい、仕事の合間にお茶くらい付き合ってあげてもいいわよ」 「……ほんと?」  ぱっと彰は顔を上げた。その表情は、分かりやすく嬉しそうだ。本当に喜んでいる様子が見て取れることに、葉山はまた驚いた。 「……本当よ」 「やった」  彰が笑った。それはいつもの隙のない笑ではなく、本心から笑っている素直な笑顔だった。どきん、と葉山の胸が高鳴る。  すると彰は、掌の上にかざされていた葉山の手を、いきなり握りしめた。 「ちょっと……まだ」 「もう治った」  葉山の手を握りしめたまま、彰は微笑みを浮かべて見つめている。一回り年下の少年に見つめられているだけだと分かっていても、葉山の心臓は妙に高鳴ってしまう。 「葉山さん、好きだよ」 「へっ? ……あなた、そういうのが分かんないって……」 「うんまぁ、よくは分かんないけど、今はそう言いたいなと思ったんだ」 「あ、そう……」 「よし、やる気出てきた」  彰はすっくと立ち上がって、伸びをした。立ち上がった先に、うっすら白み始めた山の端が見える。  その時、背後で扉が開いて珠生と舜平が姿を見せた。  すでに立ち歩いている珠生を見て、葉山は仰天している。 「た、珠生くん? もういいの? 歩けるの!?」 「あ、はい、もういけます」 「へ、へぇ……舜平くん、すごいのね」 「え?あ、はぁ、まぁ……」  舜平は苦笑しながら頬を掻く。三人を振り返った彰が、にっこりと笑った。 「さぁ、やろうか。五百年ぶりに、この国を護る結界を張るんだ」 「はい」 と、珠生は微笑んだ。 「よっしゃ」 と、舜平も笑う。 「行こう」 と、彰は陣を見下ろして、一歩、足を踏み出した。

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