138 / 533

四、中間試験の結果

 中間試験の結果が貼り出される時期となった。  三谷詩乃は、今回あまり勉強に集中できず、とても五十位以内などは狙える出来栄えではなかった。  沖野珠生と同じクラスになってからというもの、四月はその事実に浮かれて学習に身が入らず、五月は少しずつ珠生と話ができるようになったことが嬉しくて学習に身が入らず、六月は天道亜樹と珠生の関係が気になって落ち込み、学習に身が入らなかったのである。  沖野珠生との会話に一喜一憂している自分が馬鹿らしかったが、どうしようもなかった。  もっと自分に自信があれば、こんなにもふらふらすることもないのではないかと思うと、自分の容姿や学力に、さらに自信がなくなった。  しかし上位勢に興味はあったため、人混みのできている掲示板の前に立ってみる。  ”二位 天道亜樹 六九四点”  以前から、彼女の名前はあんな所にあったのだろうか。最近急に彼女のことを意識するようになったから、気づくようになっただけなのだろうか。  ――こんなに、頭のいい子なんだ……。沖野くんが楽しそうに話してるわけだな……と詩乃は思った。  実際には、珠生が亜樹と楽しく話したことなど一度もないのだが、迷える詩乃にとってはそう見えるのである。  ”三位 柏木 湊 六九二点”  珠生と仲の良い柏木は、今回は三位だ。一位は上位常連の才女である。湊に勝って、きっとさぞかし喜んでいることだろうと詩乃は思った。徐々に下を見ていくと、どきりとした。  ”三十三位 沖野珠生 五八七点”  名前を見ただけで心臓が跳ね上がるなんて、末期だと思った。かつて珠生に声をかけた時の自分が信じられない。  あの頃は、こんなにも彼のことで頭がいっぱいになるなど考えても見なかったというのに。話せば話すほど、珠生の姿を見れば見るほど、詩乃の心は奪われていく一方だ。  いっそ激しく幻滅して嫌いになれたらと思う。それでも珠生はいつもにこやかだし、話せばとても優しかった。  ――苦しいなぁ……。  結局掲示板に自分の名はなく、更に肩を落として詩乃は教室へと上がっていく。  間の悪いことに、A組の廊下で柏木湊と天道亜樹が何やら言い争いをしている様子が見えた。そして、廊下の窓を空けた状態で、苦笑しながら眺めている珠生の姿も。 「ざまぁ見ろ、柏木。今回はうちの勝ちや」 「……別に順位にこだわったことはなかったけど……なんかむっちゃ腹立つ……!」  冷静を絵に描いたような柏木湊が、ふるふると拳を握りしめて悔しがっている様を、亜樹はさも楽しげに腕組みをして見上げている。 「うちが本気出したらこれくらいチョロイわ。あー、気持よく夏休みを迎えられそうやなぁ」 「待て待て、まだ七月の期末があるやろ! 見とれよ天道、絶対次は俺が勝つ!」 「もうついていけないよ」  珠生はそう言って、窓枠に肘をついて二人を眺めていたが、詩乃の姿を見ると、笑顔で挨拶をしてきた。 「おはよ」 「あ、お、おはよう……」  詩乃はそそくさと教室に入り、真っ赤な顔をして俯く。席が隣の吉良佳史がそんな詩乃の様子を見て、なるほどといった顔で頷いた。 「あいつ最近、モテてんなぁ……」 「え?」  佳史の独り言に気づいた詩乃が、顔を上げてこちらを見ていた。佳史は取り繕うように笑ってみせる。 「あ、あはは。おはよ」 「おはよう……」  詩乃は少し微笑んでみせると、カバンから教科書を机に仕舞い込み始めた。  佳史から見れば、この大人しくてやさしい癒し系女子である詩乃は、相当ポイントが高い。勉強に集中するあまり容姿に全く気を使わないような女子とも違うし、ばっちり化粧をしているような派手な女子とも違うところが良いのである。  しかし様子を見ていると、珠生はさほどこの三谷詩乃に興味を持っているわけでもないようだ。  また最近、秀才・柏木湊と問題児・天道亜樹、そして学校一の美少年・珠生が、どういうわけかよく話をしているのを見かけるようになった。  珠生の人間関係は昔から謎が多い。  そもそも、なんで関東から来た珠生が生徒会長と仲良しなのかも分からずじまいだし、クリスマス会の時に珠生の腕を掴んだ、あの大学生風の男のことも謎である。  それに、なにやら珠生はモデルをしているという噂を聞いたこともあり、それで学校をサボることもあったという話を聞いたこともあった。  最近ずいぶんと人当たりが良くなってきたとはいえ、珠生は相変わらず謎の多い人物だ。佳史は三列ほど離れた席から珠生の後ろ姿を観察しつつ、ひとり首をひねった。  +  +  勝ち誇った顔の亜樹が教室に帰ってしまうと、湊は改まった顔で珠生を見た。 「ところでさ、斎木先輩の成績、見たか?」 「ううん。どうせ一位でしょ?」 「それがさ、今回どういうわけか五位やねん。俺、目がおかしくなったんかと思ったわ」 「まじで? 最近元気なかったけど……まさか成績まで落ちるなんて」 「まぁ入学してからずっと一位ってのが異常やねんけどな。ちょっと心配やな」 「うん……」  珠生の脳裏に、「二十位以内になったら教えてあげる」と言っていた時の彰の顔が浮かんだ。  結果は三十三位。教えてはくれないにせよ、何かしら心配していることは伝えてもいいかもしれない。

ともだちにシェアしよう!