188 / 533
9、球技大会〈4〉
詩乃はたじろいでいた。
A組の男子バスケットボールチームが決勝に残っていると聞き、ソフトボールの試合を終えた他の女子たちとともに体育館へと応援に駆けつけたのだが、二年生と三年生の学年総合優勝決定戦を見るために、すでに多くのギャラリーがコートの周りや二階の観覧席を取り囲んでいた。体育館の中は、一瞬入るのを躊躇うほどの異様な熱気に包まれている。
詩乃の友人たちはおとなしい者が多く、数人で固まって何とか前列の方へとやって来た。そして、コートの中でいきいきと動きまわり、パスをつないでシュートを放つ珠生を見て、詩乃は思わず息を飲む。
珠生がバスケットボールに出ることは聞いていたが、まさか決勝に残るほどの腕前ではないと思っていた。しかし、珠生はコートを身軽に走り回って大活躍だ。初めて見る珠生の俊敏な動きや、軽やかなステップ、そして友人たちとハイタッチをして得点を喜び合う爽やかな笑顔。詩乃はびっくりして目を丸くする。
珠生がこんなに活発に動き回るなんて……と目を見張っていると、ちょうどいいタイミングで珠生の放ったスリーポイントが決まる。そして更に驚いたことは、珠生に対する女子たちの熱い声援の量だ。
「きゃあああ! 沖野くーん!」
「カッコイイィィ!!」
「こっち向いてぇぇぇ!!!」
すぐ横で大声を上げてはしゃいでいる同級生の女子や、目をハート型にして珠生を見つめる一年生、三年生の女子生徒を見てまたまたぎょっとする。華やかな見た目で密かな人気があるのは知っていたが、表立った場所でこんなにも声援を浴び活躍する珠生が、えらく遠い人物のように見えた。
声援をものともせず、チームメイトと手を叩き合っている珠生の笑顔が眩しい。本当に楽しそうに動いている。
――わ、私……こんなに人気のある人を、好きでいていいのだろうか……。
ふと、詩乃は何となく、重たい気分になった。
ふと、ベンチの方を見ると、天道亜樹の姿が見えた。派手目な女子生徒たちの中で、亜樹も明るい笑顔を浮かべて応援をしている。
なんとなく、昼休みに聞いたうわさ話を思い出す。
亜樹にぶつかりかけたボールを、珠生の放ったボールが弾いて、亜樹を助けたという話。その真偽は分からないし、たまたま珠生が暴投しただけかもしれない。
でも、詩乃はその噂は真実であると直感的に思ったのだ。
――はぁ、また自信なくなってきた……。
と、詩乃は珠生の姿をときめきを感じながらも、どこか素直にそれを楽しめない自分を辟易しつつ、じっと珠生の活躍を見守った。
+
ぴったりと珠生のマークにつく彰を見上げて、珠生は久しぶりに息を弾ませていた。対する彰は、汗はかいているものの大して息を乱す様子もなく、いつもの余裕の笑みを浮かべて、ことごとく珠生の邪魔をした。
「……なかなかやるね、珠生」
「さっきから何もさせてもらえてませんけどね」
「当然だろ、こっちには三人バスケ部がいるんだから……ね!」
ひょいと身をかわしてパスを受け取り、いきなりその場からスリーポイントを放った彰のしなやかな動きに目を奪われる。センターラインぎりぎりの難しい場所から放たれたにもかかわらず、ボールは吸い込まれるようにリングに収まった。黄色い歓声のみならず、男子生徒の雄々しい声もが爆発し、「すげぇぇ!!! 会長ォォ!!」「かっごいぃぃい!」「キャァァア彰くーん!!!」と彼の名を呼ぶ女子生徒の声が耳に入ってくる。
とん、と身軽に着地した彰は、すぐにキュッとバッシュを鳴らしてその場から消えた。珠生は慌てて後を追う。
ゴール下で湊がすぐにボールを奪い返し、斗真にパスを通した。斗真は汗だくでそのボールを受け取ると、さらに壮太、佳史と小刻みにパスを回した。
「打てそうならもう、どっからでも撃て!」
と、斗真はぜいぜいと息を上げながらそう叫ぶ。
確かに三年生の三人組のチームプレイは流石だった。一度ボールを奪われてしまうと、流れるようにパスが通り、誰かが必ずシュートを決めた。外れることはほとんどなく、三人は涼しげに勝ち誇った笑みを浮かべて見せ、二年生達を煽るのだ。
「沖野、打て! 打ってまえ!」
センターサークルのあたりでボールを受け取った珠生は、ぐるりと敵に取り囲まれている状況に足を止めた。しかし壮太の声に反応してシュート体勢を取ると、すぐにボールを手放した。
斗真がゴール下へ猛然とダッシュしていく。珠生の放ったボールはリングに当たり、弾かれる。それと同時に斗真と努が同時に跳んだが、わずかに斗真のほうが高い。いっぱいに伸ばした腕で強引に、斗真はボールをリングの中へ叩き込んだ。
斗真のダンクが決まった瞬間、体育館に歓声が破裂した。それと同時に、前半終了のホイッスルが鳴り響く。
「よっしゃぁ!!」
斗真は駆け寄ってきた珠生に思い切り抱きついて、珠生の背中をバシバシと叩いた。
「ナイスナイス!! 同点や!!」
「苦、苦し……」
テンションの上がりきっている大柄な斗真の腕に首を絞められて、珠生がもがく。ぎゃあぎゃあとベンチに戻る二年生を見送りながら、彰はふっと微笑んだ。
+ +
亜樹はみすずたちとともに、珠生たちの応援に精を出していた。
体育館の熱気に身を任せていると、大声を出したり歓声を上げたりすることに抵抗を感じなくなってくる。二年生が点を入れたときは拍手をしながら声援を送ったし、三年生に点を取られたときは残念な声を皆で上げた。とても楽しかったし、気持ちが良かった。
それに何より、自分のよく知る三人が出ている試合なのだ。面白く無い訳がない。彰が思いの外バスケが上手く、かっこよく見えることや、彼に対する声援の多さにも驚いた。
珠生に対する、女子たちの悲鳴に近い声援を聞いていると、何だか妙に笑えてきた。集団になり、開放されている女子たちのむき出しの好奇心に対して、珠生がたまに居心地悪そうな顔をするのが面白かった。
後半になり、三年生がさらに本気を出したためか、二年との点差はどんどん開いていった。彰達の動きは見事で、勢いのある声援に後押しをされるように、走り、跳び、シュートを放つ。最終的には、彰のことなど全く興味のなかった愛実やさくらまで、「斎木先輩ー!! きゃぁああ! 素敵ーー!! 抱いてぇぇ!!」と黄色い声援を送る始末だ。
珠生と違い余裕のある彰は、そんな二人に目を留めて、にこやかに手を振ってみせた。二人は真っ赤になって「うぎゃぁああ! やだぁ!! カッコイイ!!」と色めきだっている。
亜樹が呆れながらそんな二人を見ていると、ちらりと微笑む彰と目があった。満足そうに亜樹を見て、彰はさっさと自陣へと戻っていく。
試合終了のホイッスルが鳴った途端、二年生たちはその場に座り込んで、ぜいぜいと苦しげに呼吸をした。結果は二十一点差。三年生のバスケット組はそんな二年生を見下ろしながら、腰に手を当てて爽やかに笑っている。
珍しく肩で息をしている珠生と彰が、目を見合わせて微笑み合う。隣で湊も静かに微笑んでいる。そんな様子を見て、亜樹も素直な気持ちで拍手を送った。
+
表彰式の後、その場でその日は解散となった。すぐに着替えに帰る者、もう少し残って遊んでいる者、自由な放課後が始まった。
亜樹たちはぞろぞろと教室へ戻りながら、まだコートにへたり込んでいるA組の男子たちを見やった。皆開放的に笑い合いながら、楽しげに喋っている。
みんなでお茶をして帰ろうというみすずの提案に乗り、亜樹はもう一度珠生たちをちらりと見てから、そのまま体育館を出ていった。
ともだちにシェアしよう!