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一、連絡

 彰はふと、ベッドが揺れるのを感じて目を開いた。  夕暮れ時の西日がカーテンの隙間から差し込む中、白い背中に長く黒い髪を揺らして起き上がる葉山の背中を見つめる。  彰は手を伸ばし、西日を受けてくっきりと影を落とす背骨の筋を指でなぞった。葉山はぴくっと身体を揺らして、彰を振り返る。 「くすぐったいわ」 「……きれいだ」 「……それはどうも」  葉山は少し微笑んで、うつ伏せに横たわっている彰の髪を撫でる。気持ちよさそうに目を閉じる彰を見つめながら、葉山の心はとても穏やかだった。  去年のクリスマスイブ、突然尋ねてきた彰に抱かれた。抵抗しようと思えばできたのに、彰の気持ちが直接流れこんでくるようなキスに心を奪われ、そのまま関係を持ったのだった。  それから一年。  年末年始にかけて京都に滞在する葉山のもとへ、彰は突然やって来た。まだ真昼間だというのに彰は葉山を抱き締めて、そのままベッドに引きずり込んだのだった。  そしてことの後も、彰はいつまでも葉山の手を離さず、じっと目を閉じている。 「……彰くん、もうすぐ会議なのよ」 「分かってるよ」 「眠たいの?」 「いいや」 「疲れてるのね」 「……ううん、幸せなんだ」  すっと目を開き、葉山を見上げて微笑む彰の顔は、今まで見た中で一番素直な表情に見えた。葉山は不意打ちのそんな彰の台詞に、思わず赤面してしまう。 「どうしたの、急に……」  彰は裸の上半身を起こして葉山を抱きしめながら、長い髪を撫でた。柔らかく絡みつく葉山の髪を弄びながら、彰はそっと唇を重ねる。  なんと心地よいのかと思いつつ、しばらく彰のされるがままになっていたが、葉山の鉄の理性がそれを押しとどめる。 「ちょ……っと、もうだめよ。シャワー浴びるわ」 「もう終わり?」 「後三十分で会議よ。支度しないと」 「ああ、そっか。忘れてた」  葉山は彰の手からするりと抜け出すと、仄暗くなったホテルの部屋を裸で歩き、バスルームへ入ってシャワーを浴びた。先ほどの彰の表情を思い出すと、どきどきと胸が高鳴った。  たかだか高校三年生の少年に、いったいどうしてこんなにも惹かれていってしまうのなろう。彰の真っ直ぐな気持ちを言葉や行為で感じるたびに、葉山の中で、彼の言葉が現実味を帯びてくる。  ――結婚しようね。  まだ、高校二年生だった彰は、余裕たっぷりの笑みを浮かべてそう言った。十六夜結界発動前夜のことだ。  一年以上たった今でも、彰は変わらず自分を大切にしてくれている。彰ほどの男が、自分のどこに惹かれているのか未だに分からないが、彼の好意に嘘はない。葉山は、鏡に映る自分を見つめた。鏡の中の葉山は、とても満ち足りた表情をしている。  葉山もまた、とっくの昔に彰を愛おしく感じるようになっていたからだ。  バスルームを出ると、彰は暗いベッドルームの中で毛布にくるまりながら携帯電話を見ていた。葉山はため息をつく。 「ほら、彰くんも浴びなさいよ」 「うん……すぐ行くよ。ねぇ、葉山さん」 「なに?」 「業平様が、今から京都府警来いって」 「え!? どうして!?」 「今日喧嘩で補導された中学生の中に、ちょっと変な子がいるっていうんだ。……どうも、僕達寄りの人間らしい」 「え……? そうなの?」  葉山は驚いた。十六夜が落ち着いて久しいというのに、またこの時期になって新たな人物が現れたらしい。 「また、誰かの魂を引き継いでるのかしら……」 「まだ分からない。今その子は、警察病院に留め置かれているらしい。大人六人に大立ち回りをして、ぼろぼろなんだそうだ」 「すごいわね……」 「そのうち四人はICUに入るほどの重傷なんだそうだよ」  彰はベッドから出て葉山に背中を向け、するすると服を身につけつつそう言った。しなやかな背筋やほっそりとした腰のラインが美しく、真面目な話をしているというのに葉山はついつい彰の背中に見惚れてしまう。 「しかも、まだ中学三年生らしい。……やれやれ、きっと何かあるね。これから僕は業平様と面会に行ってくるよ。葉山さんは、ここで待機して」 「ちょっと待ちなさい。そういうのは私が行くべきでしょう?」 「どんな相手かも分からないんだ、危険だよ。僕が行く」  彰はきちんと服を身につけコートを羽織り、葉山の額に軽く唇を触れた。  そして、余裕たっぷりな笑みを残し、ホテルの部屋を出て行った。

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