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第1話
「ただいまー。あれ?まだ帰ってないのか…」
『ナ~、ナ~…』
慎は遠くで猫の鳴き声が聞こえた気がした。
出かける時に戸締めしちまったか?と、自室と裕介の部屋のドアを開けて確認すると
裕介の部屋からやっと出れた!というように鳴きながら足下に擦り寄って来た。
「ごめんな、トイレ大丈夫だったか?水、変えような」
返事がある訳もないが、慎は猫相手に話しかけていた。
水を入れ換え、エサ入れに好物のカリカリを入れると文字通り、カリカリといい音を立てながら食べ始める。
その様子を見届け、慎もお茶と台本を手にソファーに座った。
パラパラと一通り読んでから赤ペンで細かくチェック項目を記入していく。
気付けば窓の向こうは真っ暗でかなり集中していたのかお茶はすっかり冷めていた。
そしてソファーの傍らに猫が丸くなっていた。
そっと撫でると嬉しそうにもっと、もっととせがむように頭を手に擦り寄せる。
慎はその仕草がたまらなくなり、のど元や耳の後ろを何回も撫で回した。
「はぁ…お前のご主人様もこれくらい俺に甘えてくれたらなぁ」
別に今の状況に不満はない。
ただ、裕介は考えもしっかりしていて落ち度もなく、非の打ち所がない性格で支えたい、
守りたいが逆に守られているような気さえしている。
「俺にできることはないのかなぁ…」
と苦笑いしながら猫に話していた。
その様子を見ていた猫はペロッと手の甲を舐めて自分の体を慎の太ももに触れながら丸くなり、スースーと静かに寝息を立て始めた。
そしてその猫の温もりもあってか慎もウトウトとし始めた。
しばらくして猫がすっと起き、立ち上がった。
その姿は猫…ではなく、耳と尻尾が生えた人型だった。
ソファーの横のカゴからひざ掛けを取り、慎に掛けた。
このところ休みなく仕事が立て込んでいることもあり疲れているのか目の下に薄らとクマが見える。
『お疲れ様。いつもお前の存在に助かってる。悩んで迷った時、お前だったらどうするかなとか考えたらふっと心が軽くなる。そばに居てくれるだけでいい、安心する。
あ…でも、もっとお前に触れたいし触れて欲しい。
どこか遠慮がちな所があるお前こそもっと色々言って欲しい。
大切なお前のこと、もっと知りたい』
そう言って寝ている慎にそっと口づけた。
「ん?!」
ふと感じたぬくもりにびっくりしてか慎は飛び起きた。
「あれ?夢?いま猫が俺に…あれ?」
「おはよ!って時間じゃないけど」
と、キッチンに立つ裕介の姿が見えた。
「今、猫が喋りかけてきて俺にキスを…」
「は?何言ってんの?猫が喋る訳ないじゃない。そんな馬鹿なこと言ってないでテーブル片付けて。もうご飯できたよ」
「そうだよなぁ…猫が喋る訳ないよなぁ…やっぱり夢かぁ…裕介に耳が生える訳ないもんなぁ」
独り言をこぼしながら慎は自室に台本やカバンを置きに行った。
その後ろ姿を見て裕介はしゃがみ込む。
「今日はありがとう。こんなカタチじゃないと素直になれないけど大切に想ってる気持ちは伝わったらいいなぁ。あいつにあちこち撫でられてかなりむず痒かったけどね」
裕介は足下にいた猫の頭を撫でながら微笑んだ。
『互に想ってる気持ちが同じことに早く気づけよ』
「今、何か言った?」
「いや、別に?」
「あ…そう…」
「じゃ、いただきまーす!」
その様子を見ながら猫は優しく鳴いた。
ふさふさの先が二つに分かれた尻尾を振りながら…。
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