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第42話 サプライズ

 午後四時半。陽の傾き始めた新宿の街を抜けて、昨日みたいにドライブする。  早い時間だから、まださほど渋滞はしていなく、駅前もスムーズに通り抜けた。 「何処行くんだ?」 「内緒だ」  意外な言葉に、目を見張る。 「綾人、サプライズなんかするんだな」 「俺が、学校での私と違う事は、もう知ってるだろう?」  リラックスした口調から、『学校での私』と言った時、少しクールな声になった。  確かに、あの映画CMじゃないけど、綾人は『俺』の時と『私』の時がある。 「俺の事は、お前が一番よく知ってる、四季」  嘘でも、嬉しかった。沢山女と付き合ってきただろうに、そう言ってくれる優しい嘘が。  まるでたった今観た、『狼少年と暁の姫君』だ。  ビル群の間を、謎の目的地に向かって車は滑る。  二十分ほど行くと、辺りは閑静な住宅地になってきた。  うわ……立派な門構えの、一軒家ばっかり。都心からも近いし、高級住宅地ってやつだな。 「ここ何処?」  サプライズなんだけど、思わず窓から景色を眺めながら訊く。 「青山だ」 「へぇえ」  聞いた事のある地名に、感嘆の声を上げる。  長年の夢を、愛しい人と沢山叶えて、俺自身が恋愛ものの登場人物になったような気分になる。  綾人は、少しワイルドな隣国の王様。俺は、口が悪くて貰い手のつかない末の王子。  そこから始まる、ラブストーリー。そんな事を、ぼんやりと妄想してた。 「四季」  車の速度が少し緩むと、綾人が楽しそうな声を出した。 「目を閉じてくれ。俺が良いと言うまで」 「う、うん」  俺は言葉通り、瞼を閉じる。夕焼けのオレンジ色が透けて、ちょっと眩しかったから、俯いた。  車は、角を曲がったようだった。そこで、停まる。 「まだ目を開けるなよ」  言い置いて、運転席のドアが開閉し、綾人の気配は消えた。  ちょっと不安になったけど、すぐに助手席のドアが開けられて、綾人の声がした。 「降りろ。目は開けるな」  綾人の逞しい掌が、それこそ姫君にするみたいに下から俺の掌を取って、エスコートしてくれる。 「階段が七段ある」 「うん」   数えながら上って、ドアの開く音がした。足元は、絨毯の感触。 「まだか?」 「もうちょっとだ」  話すと、声が反響する。ホールみたいな所だと、検討はついた。  一歩一歩、綾人に引かれて歩く。目を瞑って歩くのは、意外と恐い。  やがて立ち止まり、衣擦れの音が微かにして、綾人が言った。 「もう開けても良いぞ」 「……わぁ」  まず目に飛び込んできた、色鮮やかなステンドグラスに感動する。夕焼けの陽射しが、色合いを絶妙に柔らかくして、赤い絨毯の上に光を投げかけていた。   「綺麗だな」  横に立ってる筈の綾人を見るけど、綾人は何故か片膝をついて下から俺を見上げてた。  手には、ベルベットの蒼い小箱。 「お前の方が綺麗だ。四季、結婚してくれるか?」  小箱が開かれると、見た事もない大きさの、仄かにピンクがかった宝石が現れた。  これ、婚約指輪? 夢なら、覚めないで欲しい。 「四季、返事は?」  呆然としていると、綾人に急かされた。  俺は発情期の不安定さで、ボロボロと涙を零し始める。 「っく……はい」 「ああ……泣くな、四季。笑ってくれ」  綾人が立ち上がり、指輪を取り出して、スマートに俺の左薬指に通す。  大き過ぎる事も小さ過ぎる事もなく、ピッタリと嵌まり、それは夕陽を反射してキラキラと輝いた。 「な、んで……ピッタリ」 「四季が俺の部屋で寝てた時、サイズを計らせて貰った」 「これ、ローズクォーツ?」  十月の誕生石がローズクォーツだっていうのは、何かの時母さんに教えられて知ってたから、訊いてみる。 「いや。ピンクダイヤだ」 「ピンクダイヤ? ダイヤなのに、ピンクなのか?」 「ああ。ピンクダイヤには、『完結された愛』という意味がある。婚約指輪を贈るなら、ピンクダイヤにしようと決めていた」  俺のまだ未発達な細い指の上で、雫型にカットされたピンクダイヤは、夢幻(ゆめまぼろし)みたいにさんざめく。  消えてしまわないように、俺はキュッと左手を握り締めて、上から右掌で覆った。 「四季」  綾人の親指が、俺のふたつ並んだ涙ぼくろを撫でる。綾人に会ってから、そこはまさに『涙』ぼくろで、何回も泣かされた。  だけど今は、哀しみではなく嬉しさに涙が止まらない。 「キスしてくれ。誓いのキスだ」  俺は濡れた瞳で綾人を見上げ、項に手を回し背伸びして唇を押し当てた。 「四季、愛している」 「俺も……愛してる」  頬が燃えるように熱かったけど、綾人のサプライズが嬉しくて、俺も小さな声で応えた。  門限までにキッチリ家へ送り届けてくれた綾人に礼を言い、俺たちは名残惜しく手を握り合って別れる。  幸せ過ぎて、何か忘れてる事には気付かなかった。

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