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第9話

「高王子、おい、高王子」 繰り返し呼ばれうっすら目を開けると矢崎先生が僕を見下ろしていた。 スーツ姿の、髪もちゃんと整えてある僕のクラスの担任の矢崎先生。 「もう帰る時間だぞ」 起きれるか、と先生が僕の背中に手を添えて起き上がらせてくれる。 そこで旧保健室のベッドだって知った。 ―――あれ、僕なんでここに。 ぼんやりと寝ぼけた頭。 「水飲むか?」 ペットボトルを頬に当てられ、ぼうっとしたままだったけど喉がからからになってるのに気づいて受取って飲んだ。 冷たい水が身体を通っていく感覚。 少しづつ思考がクリアになってくる。 あれ、僕、僕。 「こぼれてるぞ」 だらしなく口からこぼれた水、を、矢崎先生が舐め取った。 そこでようやくはっきり目が覚めた。 全部一気にこのベッドであったことが思い出される。 「せ、せんせっ」 真っ赤になってうろたえながら矢崎先生を見上げたところでドアが開く音。 「おい、帰る用意できたか?」 聞こえて来たのは樋山先生の声だった。 「ああ。ちょうど起きた」 「二時間も寝るとはな」 「まあ初めてにしては派手だったし?」 「確かに」 足音が近づき現れたスーツ姿は乱れなんてひとつもない樋山先生が矢崎先生と笑いあって僕へと視線を向けた。 「帰るぞ」 そっと胸元を握りしめてようやく自分もまたちゃんと制服を着こんでることに気づきながら問い返した。 「……どこに?」 先生相手だっていうのに混乱してた僕は普通にタメ口で訊いていた。 そんな僕の問いに先生たちが顔を見合わせ―――教師じゃない笑みで笑いあう。 「お前の家に送ってやるよ」 無理させたしな、と樋山先生。 僕の家なんだ、ってどうしてか寂しくなった。 「なに、まだシたりない?」 「……え」 頬に触れる矢崎先生の指が思わせぶりに唇まで下りてくる。 「今日は金曜だな。お前、外泊とかできるのか? 友達のうちに泊りにいったりとかあるか?」 「……あります」 一年のときから仲がいい京太くんと宗二くんの家にはたまに泊りに行ったことがある。 「俺んちにも泊りに来る? もちろん親御さんには俺の家なんて言うなよ」 「……」 矢崎先生の家に泊りに? 目をパチパチさせて先生のことを見つめる。 泊りに行ったらどうなるんだろう。 考えるより先に、身体が疼いた。 「まだシてないことたくさんあるしな」 樋山先生が矢崎先生の隣に立ち見下ろしてくる。 喉が、鳴った。 ドキドキ、する。 まだシてないこと―――。 「どうする? 美千」 甘ったるく矢崎先生が僕の名を呼ぶ。 甘くて、刺激的な予感を覚えさせる声音。 「……先生」 イキタイ、と言った僕の言葉は掠れて空気に溶けていった。 【END】

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